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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第四章:遭遇篇
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厄災の根源

第4章です。

 世界最大の財団<アーカディア財団>の跡取りとして生を受けたカルロス・アーカディアは、<色家>と並んで裏の世界三大勢力とされる<元老院>の総本山のあるモスクワへと空路で向かっていた。

 金髪紅眼の青年は、その道すがら大柄で黒髪の日本人を思い出す。

――彼の裏に、腹の底には何があるのかがわからない以上、彼を……黒ノ宮大蛇を見逃してはいけないんだ。

 旧式のタブレット端末をバッグの中から取り出した。日付は四月十三日を示している。適度な重さと利便性からホログラムシステムが普及した現在でも旧式端末を使う者は多く、カルロスもその一人だった。

 彼が今目を通している資料は八年前の黒ノ宮大蛇に関する書類だった。

――この事件が彼を突き動かしてしまった。連邦も<元老院>も判断を誤ったんだ。その後だって……。

 いまや<東亜連合>の国力は少数精鋭、などと呼べる国ではなく、人材の育成や適材適所の配置、更には民衆の団結や士気の向上が大蛇や国家元首たる天皇によって促進される傾向にあり、三大陣営分裂後に一歩遅れていると言われてきた雪辱を完全に果たしている。

「それにまんまと『天海』はしくじった、か。――となると完全に先鋒はお怒りだろうな、幼少期からずっとコケにされていたのだから無理もないか……」

 スクロールしながら大蛇の動向を、調査した範囲で書かれた報告書を読む。大抵の動きはわかるが、何の形跡もなく気づかないうちに天野を始末していた彼ならばもう少し慎重にやれたのではと思いカルロスは驚き、疑問に思った。

 独り言として口に出したり、あるいはペンで紙に書いたり、キーボードで打ち込んだりして自身の脳の思考回路が弾き出す可能性を整理していく。

 一番ありえそうだ、と彼が思ったのは――、

「……もっと大きなものを隠しているってところか? 今までの一連の行動は全て陽動で、我々の注意を逸らすため、だとか? だとしたら一体それはなんだ、なにを隠匿しているんだ……」

 隠したら隠したでそれを暴くのに大変な労力と財力をつぎこまねばならないし、大っぴらにすればそれはそれで複数の場合を想定できてしまう。

「流石は日本政府ご自慢の実行部隊だ。付け入る隙がないが――逆に向こうから攻めてきてくれるならそっちの方がわざわざおびき寄せる必要もなくて楽かもしれないな……」

 財団に属する親や親戚、兄弟たちはみな正しく大蛇の脅威を認識できているのか、カルロスには不安だった。皆一様にして財力で<ブリタニア>政府を動かせば済むと思っている。先日日本に送った准将に暗殺を命じることだって考えているはずだ。そうでもしなければ彼女の親類縁者がどうなるか――と脅すだろう。

「まずい……本当にまずい。〝あの時〟は彼もまだ子供だったから対処ができたんだろうが、今の彼に果たして<聖槍>は効くのか? というより、大体そんなこと恐れずに突っ込んできたらどうするんだ……?」

 現在の<色家>棟梁の戦場における猪武者っぷりを思い出す。相手は大陸横断の後、単独でイギリスを半壊させた男の孫だ。第百九十九代目の彼が幾万もの屍を積み上げようと不思議はない。

 カルロスを知る者はみな、彼を慎重の度が過ぎた臆病者だと誹るが、実のところ彼が最も黒ノ宮大蛇という名のリスクをよく理解していた。

 だが、大蛇とは違いカルロスには一家を統率し、傘下の者たちを率いることができるような地位にはなく、権力も彼の足元にも及ばない。

 力が欲しい、とカルロスは思った。力さえあれば、大蛇と交戦状態になろうとも渡り合うことはできるだろう。互角は無理であろうと、少なくとも幾らかの時間稼ぎはできるはずだ。それで誰かがとどめを刺してくれればいい。

 これから会いに行く女性はきっとそんな彼の悩みを解決に導ける人物であろうとカルロスは半ば確信めいたものを感じていた。

「『氷雪の女帝』アナスタシア二世、か……」

 ロマノフ朝最後の皇女アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァの子孫として生を受けた女性。<元老院>議長を務めており、凍て刺すようなアイスブルーの瞳と足元まで伸びた雪景色に溶け込む銀髪が彼女の荘厳さを引き立てる。初めて会った時、カルロスはそんな印象を抱いた。

――アナスタシアの助力で俺が<財団>のトップになれれば、事を前に大きく動かせる。

 心の中で呟いた時、ふと彼は一枚の写真の存在を思い出し、胸ポケットのホルダーの中から取り出した。

 ……それは、かつて彼が高校生であった時、日本に留学していた頃に校内で撮影した写真だった。

 カルロスの右隣には黒髪の青年が表情を崩すことなく真顔で映っていた。左隣には銀髪の美少女が穏やかな微笑みで収まっている。

――あの時はもっと近くにいた。なのに、随分遠くに来てしまったもんだな。

 大蛇が、二年ほど前に会った時のような狂気に満ち満ちた笑みを浮かべていることなど、当時は微塵も想像できなかった。

 きっと彼は自分を殺しに来る。殺意こそ隠していたが、きっと……。

「俺たち<財団>や<元老院>のせいとはいえ、一体何がどうなったらあんな男になるんだよ。てっきり完全に心が折れるものだと思っていたのに」

 その方がよかった。心が壊れてしまえば、もうこれ以上友人だと信じていた長身の男と敵対せずに済む。

 それはあくまで、カルロスの良心を蝕まないための願いでしかない。

 罪悪感が湧いてくる。親の罪が子に及ぶわけではないが、できることなら彼に何かしてやるべきだった。それはカルロス自身が<アーカディア財団>の敵となる男の勢力を少しでも削ぎ落しておきたいという目的と同時に、孤独と裏切りに苛まれた彼への贖罪を果たしたかった気持ちが確かにあった。あるいはそれは拡大と拡張を続け、それでもなお飽き足らず膨張し続ける狂人に引導を渡すことがけじめをつけることだと言い聞かせているだけかもしれない。

――だが、いづれにしても、いつか俺は友達だと思ってたやつを殺さなきゃいけないのは確実だ……それはそれで辛いな。

 だが――、

「そうまでして裏の二大勢力が<色家>を――黒ノ宮家を潰そうとする理由はなんだ? そもそも一体あの一族には何が隠されている?」

 それは果たして今回の一件に関するカルロスの疑問の答えと関連を持つものなのか、それとも全くもって無関係なものなのか……。

 とにかく情報量が足りない、とカルロスは思考を一旦停止する。

 すると一つのとある記憶を思い出す。そこは病室で、けれどまるで自室を思わせるほどに漂う生活感はそこら中においてある本のせいだろう。その本の山脈連なる中で、山吹色の輝く頭髪の整った顔立ちの美しい少女はこう言った。

「私は知りたいのよ。どうしてイギリスは黒ノ宮大蛇に負けたのか。どうして戦争を引き分けまで持っていけたのか――きっと私たちじゃ想像できない何かがあるはずよ」

 カルロスもまた、オリヴィアと同様『プロジェクトBB』の結末に辿り着くには、大蛇という通過点を必須とするであろうことは想像していた。

 その時だった。

「カルロス様!」

 御付きの男が叫んだ。同時に機体が大きく左右に揺れる。椅子の肘掛けをぎゅっと握って衝撃に耐える。薄っすらと目を開けて窓の外を見ると黒い影が数十ほど確認できた。

 男を呼び、その影を調査するよう手配しておくように言いつける。機体の揺れが収まりはじめ、機内のスクリーンに黒い影が空を突っ切る姿が映し出される。

「なんだ……あれは?」

 拡大や縮小、明度や彩度の調整を行いながらスクリーンに見入っていると通信が入った。アナスタシア直々のものだった。

「久しぶりね、カルロス」

「久しぶり、アーニャ。君から通話ってのは滅多にないな」

「ええ、先程あなたの乗るジェットで衝突事故が起きたって聞いてビックリしてかけたのよ。大丈夫だった?」

「ああ……そっちだと何かつかめたか?」

「まだ詳細な映像や画像は届いてないの。こっちでも調べてみるから、何かあったら連絡する。あなたたちは気を付けて来て」

「わかった、そっちに任せる。予定通りモスクワ空港に降りるからよろしく頼んだよ」

 ええ、と頷いたアナスタシアは、通話を切り、席を立って自室を後にした。モスクワ郊外にある大豪邸は黒ノ宮邸に負けず劣らずの広さと施設を有している。

 永久凍土――。

 地下に降りた彼女の前に広がっていたのは土すら凍る極寒の地。遥かな過去、太古の時代の遺物がそこには眠っている。

 温度を調節し、ミイラとなった〝それ〟の保存状態を維持してもう何年が経つだろうか。歴代共和国書記長が〝それ〟を知った時、誰もが驚愕と否定の言葉が第一声だった。<元老院>に情報を共有した時も、やはり動揺が真っ先に彼らの心を支配した。

 ――ゲートが開く。

 どれほど気温が下がろうと、アナスタシアの身体は凍らない。寒さは感じるが、それ以上でもそれ以下でもない。痛さや感覚の麻痺など、生まれてこの方一度たりともその苦痛が彼女を襲うことはなかった。

 人類より強大で、生態系の頂点に君臨したであろう種族の端くれがアナスタシアの邸宅の地下に保管されている。

 はぁ――と彼女は白い吐息と共に声に出して、その骸に聞こえるように言った。「お前も、シベリアに保管された〝あれ〟も、一体いつどこから来て、どこへ向かう? お前たちの仲間はどの程度いて、知性はどのくらいあって、どんな生態系を築いていたの?」

 人間の数百倍もの生命力を持つであろう〝それ〟の力を持ってすれば、万に一つでもアナスタシアの言葉に反応を示すような威厳に満ち溢れていた。

「――想像上の生き物であったお前たちが、なぜこの世界にいた!?」

 それはその骸への怒りだろうか、疑問を解明できない自分や部下や駒への怒りだろうか、口にしている本人ですらはっきりとはわからない。どちらもきっとあるのだろう。

 彼女の叫びと共に、ドンっと地面が縦横に揺れた。

「<アーク>の起動? それとも……」

 二十四年前、世界を震撼させた天変地異<大凶変>から、断続的に世界各地でその余震が確認されている。今回もその一つであろうか?

 そしてもう一つ、彼女の脳裏をよぎったものがあった。荒唐無稽だが、けれど現実味があるのではないかという根拠が目の前にいるのだから、切り捨てるわけにはいかない。

「――来るか、〝終焉の渦〟、天より降りし大いなる龍よ……遂にラッパは鳴り、騎士たちは旗を掲げるか!」

 一瞬だけイメージが見えた。その全体像は彼女では決して見きれるものではない。黒く、それでいて金色の輝きを纏った怪物が三体、紅い三条の光を放ちながら万象を灰燼と帰している――。

 地獄の底から這い上がり、あるいは天より舞い降りた龍の星。人類の敵……。

――あくまで可能性は可能性。もう少し様子を窺うとしましょう。

 踵を返すとそれと連動してゲートが閉じる。アナスタシアは客人を迎える準備へと戻った。

 時計の針は十八時半を指していた……。

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