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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第三章:封印篇
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黒翼の猛禽

第三章ラストです。

 二日後――四月十三日には既に大蛇とオリヴィアは帝国重工業造船所に足を運んでいた。

 横須賀軍港の近くに置かれた造船所が、国内最大の帝国重工業の施設である。

「横須賀軍港ね……確か第五艦隊から第九艦隊までが停泊していたんだったわね。それで総旗艦直轄艦隊から第四艦隊までは呉――であっていたかしら?」

 その横須賀軍港が見える位置に立っていた彼女は関連する知識が合っているのか大蛇に訊いた。

 彼は頷いて言う。「そうなるな。今度観光も兼ねて視察に行ってみるか?」

「復讐戦だ、とか言って方々に喧嘩を売ってる男が観光なんて……随分余裕そうね」

 割とな、と気怠そうな表情で言った大蛇の後についていく。建造中の飛行戦艦と思わしき巨艦に目を奪われたが、そんなものは序の口だと言わんばかりに大蛇は足早に下へ下へと降りていく。〝そこ〟に辿り着いた時、オリヴィアは目を見張った。

「――これは!?」

 <大凶変>後の軍艦色たるダークグレーの機体は汚れた烏を思わせ、所々黒く塗装されている箇所もある。左右に取り付けられた部位が機械の四肢だということは見て取れる。胴体部の背面には巨大な一対の翼がとりつけられ、付け根にはバーニア――。

 直立のままワイヤーで釣られた数十メートルほどの全高の機械の竜がそこにはあった。

「俗に言う<機竜>ってやつだ」

 驚愕で言葉が出ないオリヴィアの横で彼は鋼鉄の竜に与えられた名を教える。

「――<八一式重装甲竜騎兵>の壱号機にして試験機蟠龍……帝国の切り札だよ」

 その後も大蛇は蟠龍に関する情報を小出しにして言った。蟠龍をはじめとする<機竜>の建造――その計画名は『八咫烏』であり、大日本帝国の神話に登場する三本足の烏。<色家>の紋章にも用いられている。

「<クロセル条約>なんて知ったもんじゃないって態度じゃないこれ……」

「だからくれぐれもお前の上司には内緒にしてくれ。あくまで今見せたのは私人としての立場だからな。お披露目程度だ、いずれこれが実戦投入されるとなった時に詳細を知らせる。当分その必要はないだろうから」

 お前を信用して見せたんだ――という言外の意を双眸に込めてオリヴィアに向けた。

 だいたい私人として軍事力を持っていると受け取られかねない発言にも問題はあるのだが、その点をわざわざ口にすることは控えた。

「……わかったわ」

 その後に見た機体は、どれも壱号機よりも武装は強力なものではなかった。加えて壱号機よりも二回りも小柄だ。

「あの試作機は特別、ってことね」

「試作機だからな。特別コストを度外視した設計になるのも無理はない。量産型は二十メートル弱の全高になるだろうし。だがそのかわり武装換装に関してはかなり利便性を向上させる予定だ」

「……こんなものを戦線に投入したらそれは最早戦争ではなくなるわね。一方的な虐殺ね」

「そうだな、そうなるだろう。だからおいそれと表には出せない……時期を見極めなければな」

 そこで数十機の量産型を視察した後に、二人は歩いてすぐの横須賀軍港にて第五艦隊から第九艦隊に属する飛行戦艦群のもとへと赴いた。

 艦砲の口径を小型化し、その分複数列に配置することによって広範囲に弾幕を貼る、という<大凶変>以降に開発された重力エンジン搭載型の新世代飛行戦艦の戦略構想に基づいて建造や改装を施された軍艦がほとんどだ。艦名は艦種によって第二次大戦時の水上艦の名前が引き継がれる形となっており、その中でも現在世界最大の戦艦たる大和と改修に改修を重ねた連合艦隊総旗艦榛名は、受け継いだ名に恥じぬ成果を上げるであろうことが期待されている。もっともそもそも戦闘状態になどならないと考える穏健派にとっては無駄な議論ではあるのだが、大蛇にとっては非常に大きな意味を持っていた。

 徒歩で向かった横須賀軍港。その最奥に、〝蛇龍の守り人〟の異名を持つ帝国軍総旗艦は鎮座していた……。

「これが〝榛名〟ね」

「ああ。彼女こそ〝勝利の女神〟の名を継いだ総旗艦榛名だ」

 戦艦榛名は元々は天皇の座乗艦であったが、大戦後半から大蛇の祖父が自身の旗艦とし、様々な海戦や上陸作戦で尋常ならざる活躍を示し勝利を収めたことでいつしか勝利をもたらす幸運艦として神格化されるようになった。

「戦後解体される予定ではいたんだが、じいさんが駄々こねて今はウチの方で管理全部引き受けてるんだよ。……二隻もあると出費も馬鹿にならないし」

「両方とも半ばあなたたちの所有ってこと?」

「とりあえず公には管理担当ってところだ」

「たった一家による国の私物化が起こっているわ――というかここまで進んでいるわ」

「そうでもしないと世界中に喧嘩を吹っ掛けた身としては楽に勝てないのでね」

「それで楽に勝てると思ってる時点でもう既に常識外れよ」

 大蛇自身、自分が――そしてこの一族が人の上に立ち、国を治めるNO2に相応しいなどという自覚は一切ない。彼自身無視する傾向にはあるが、国家の重職であるならばむやみやたらに前線に赴くことなどあってはならない。彼が倒れた時、黒ノ宮一族を宰相の座へと召し上げた民衆への影響も決して無視出来るものではないのだ。

 ――だからこそ、彼は権力や地位、財産面において帝国臣民の中で頂点に君臨しようともそこで満足するなどということはない。あくまでそれが通過点でしかないことを知っているからである。

「たとえ何かあったとしても、支那事変の前のように危うくなれば工作員を送り込んでスキャンダルやゴシップ、破壊工作でもしていればいくらでも時間は稼げるしな」

「やっぱり送り込んでるわよね。日本が勝ち残るためには連合国と中国との協力関係を取り除かなくてはならないもの」

「……そもそもアメリカやイギリスに頼って日本と戦えば勝てるっていうのはその通りだがな、そうなるといささか面倒すぎる」

「対等な講和条約に持ち込むためには日中戦争にかまけてる暇なんてない」

「そういうことだ。当時から情報戦で一歩リードしていたのだよ我が<色家>はな。一応陛下直属の実行部隊だったし」

「平和を望む日本のエンペラーの直属の武力組織がどうしてこんなにも好戦的だったのかしら……もう少し自衛的になった方がいいのでは?」

 溜息交じりにそんな疑問を呟きながらドッグを後にし、外気に触れる。視察の合間に昼食や喫茶店で一服していったりもしたため、時計は既に十八時を指していた。

 彼女は両足を一度止め、大蛇に向き合った。

「以前、あなたは復讐戦、と言っていたわよね?」

「ああ、それがどうした」

「――なぜ……どうしてあなたは復讐戦に身を投じるの?」

「それを聞いてどうする、復讐なんて意味はないなんて言うつもりか?……まあ、それができたらとっくにやったが」

「いいから聞かせて」

 彼女は一切引き下がらなかった。

 茶を濁して話すまいとした大蛇の抵抗などいとも簡単に退けてしまう力がオリヴィアの言葉にはあった。今の彼女なら矢を何本重ねようと悉く折り尽くしてしまうような気迫があった。

「別にやられたらやり返す、それだけのことだ。……それに、俺は復讐を果たすために生きてきた。そろそろ結果出してぼちぼち次に進まなきゃ、いつまでもリベンジマッチ目前で足踏み止まりです――ってわけにはいかないんだよ」

「過去に決着をつけるため、ね……。怒りや憎しみに囚われていたらどうしようかと思ったけれど、期待以上の答えはもらえた。ありがとう」

「え、あ、ああ……」

 こんなところで思いの丈を語らされることになるとは考えてもおらず、大蛇は動揺していた。こちらの準備が整うまでずっと黙っていてくれる礼儀正しい子だと思っていたが、どうやら二つ彼女のことを読み違えていたようだ。一つは礼儀正しいということを、何も言わず大人しくしていること、と誤認していたこと。もう一つはそのポリシーを上回る重要な判断基準を持っているようである、ということ……。

「でも――すまなかった、オリヴィア」

 きょとんとした顔でオリヴィアは大蛇を見た。どうして謝るのだろう、彼に何かされていたのだろうか。

「どうしたの急に?」

「……入院していたお前が他者に興味を持っていたってことも知らないで、昔の俺はお前を遠ざけた。退院後初めての旅行だったらしいな。それなのにまともに話もしないで、悪いことをした――一言、改めて謝っておきたくてな」

「そんな一言もういらないわ。……私だってあなたにしつこく話しかけてしまったもの。きっと辛いことがあって、一人になりたかったはずなのに、あなたの気も知らないで……ごめんなさい」

「……俺たち、お互いの事を知らなさ過ぎたらしい。会う相手のことくらい、事前に少し聞いておくべきだったか?」

 大蛇が横を向いて、軍港の向こうへ広がる海を東京湾を見ていた。海面は金色に照らされている。

 オリヴィアも彼の横顔を一瞥してから同じように湾内に目を向けた。

「それもいいかもしれないけれど……でもなるべくなら何も知らない、先入観の無い状態で、実際に話してみてお互いを知っていく方がいいかもね」

 日が沈み始める中、彼女は水平線の向こうへ向けていた視線を大蛇に戻した。

「……でも、仮に私がそうしてたとして、当時のあなたはそれをしたのかしら?」

 お見通しらしい。女の勘ゆえの鋭い質問なのだろうか。それともただの他愛もない会話の一部なのだろうか。

 そのまま大蛇は答えた。

「無関心、だったろうなきっと。興味ないって吐き捨てて終わりだっただろう」

「あらひどい~」

「俺からも一つ、オリヴィアのことを聞いていいか?」

「ええ、なに?」

「……お前は何を目指す、どこへ向かう? お前が戦う理由、生きる理由はなんだ? 俺たち<色家>の先に感じているモノは一体なんなんだ?」

「――ねぇ、あなたは知っているかしら? 〝漆黒の飛禽〟の話」

「〝漆黒の飛禽〟?」彼は訊き返す。

 オリヴィアは頷いた。「第二次世界大戦時、世界各地の上空で確認された黒い影の事よ。通過した場所で異常気象が次々に観測されたの。地震や噴火のような天災規模のものまで報告されてるわ。目撃情報で翼のような形状のものが確認されたことからそう呼ばれているのよ」

 そう言いながら肩にかけたバッグからタブレット端末を取り出して見せた。

 そこにはモノクロの画像が映されていた。黒い影は前後に三つの鞭のようなものがあり、それぞれしなり、まるで蛇のようであった。

「これを〝漆黒の飛禽〟って少し無理がないか?」

「現状飛行する生物は鳥類かコウモリに限定されるもの。――あなたたちが作った<機竜>のモチーフとなった生物でもなければ、今はそう呼ぶしかないわ」

――ああ、そうか。だいたいの仮説はもう既にあるわけか……オリヴィアはもう証拠集めの段階に入ったらしい。

 大蛇の傍にいる理由の一つに、彼女は自らの好奇心を満たす、というのがあろうと、大蛇はさして不快に思うことはなかった。

「〝漆黒の飛禽〟の解明を目指してアメリカとイギリス――今の<ブリタニア>は『プロジェクトBB』と名付けて現在も調査を続けているの」

 興味深そうに大蛇は彼女の話を聴き続ける。

「こんなことを言ったら非国民だ、なんて言われるかもしれないけれど――私は<ブリタニア>を出し抜きたいのよ」

「ほう……つまりオリヴィアは奴らよりも早くBlack Bird――〝漆黒の飛禽〟の謎を全て暴きたいと、そういうことか」

「そうよ、未だに大国が解き明かせない謎の真相に辿り着くことができたなら、って想像するだけで愉しくなってしまうもの」

「……」

 西は黄昏、東は昏黒――大蛇が賜った異名の通り太陽が沈みゆく。それを背にして大蛇はオリヴィアの前に仁王立ちした。最後の陽光を発する夕陽を背にして立つ彼は逆光で前面が全て陰に隠れる。

 声には歓喜が滲み出し、瞳には愉楽が湧き出ている。

 その様はまるで――、

「暴けるといいな――」

「――っ!」

 今か今かという期待感と高揚感とに満ち溢れた〝待ち人〟であった……。

ようやく第三章まで書ききれました。

次の第四章<遭遇篇>は今週中には第一節を投稿できればと思います。

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