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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第三章:封印篇
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昏黒の剣客

 発表された天野稚彦のスパイ容疑は本島、大陸関係なく日本――ひいては<東亜連合>全体を震撼させた。とはいってもその驚愕は一般人のみにあって、軍関係者や政府上層部にとっては十数年ほど前からその兆しは常に捉えること自体はできていた。

 その彼を捕らえられたのは黒ノ宮大蛇のスイスでの待ち伏せと合流した<七竜星>の一角による挟撃によるものだった。

「天野に関する情報を既にリークしており、今まで野放しにしていたのは黒ノ宮大蛇。宰相は己の権力の保持と名声、栄誉のために国益に無意味に反した」

 <大陸事変>から一週間以上経過した四月十一日現在主張し続けていたのは意外とも言うべきか、<色家>内部だった。

 白鷺家、蒼崎家、紅林家、黄瀬家、翡翠家、紫雲家、黒ノ宮家――。彼らの出自を遡るならば、二六〇〇年以上続く皇族の歴史と同様、彼らもまた神事に関りがあり、朝廷直属の武力組織を組織した。各家はその当時から黒ノ宮家を頂点とした序列を設け、バランスを保ちながら朝廷の権威を維持するために陰で暗躍し続けた。

「――でもあなたたちは平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸……と時代をまたいでいくのに従って段々と表舞台に姿を現した。その際たるものが明治維新、というわけね」

「明治あたりで打ち止めになるかと思ったが、こりゃすごいもんだ。いずれ辿り着く日もあるだろうとは考えてはいたんだが、予想以上に早かったな」

「まだまだこんなものじゃ済まないわよ、あなたたち。明治以降積極的に戦争に参加し、海外進出を推し進め、隠すことなく様々な事象に干渉し、世界を振り回している――なんてどこからどこまで暴こうとしたってキリがないわ」

「……それで、<色家>内部で俺への批判が上がっている理由はわかったのか?」

 オリヴィアは文献と考察をまとめたファイルを取り出す。自分の考えを整理し、体系化させるなら紙とペンが一番だ、と考えている。

「メディアには一切情報がなかったから一瞬頭を抱えたけれど――」

 そう言ってあるページを開いた。

 本来第二次世界大戦では<色家>はアメリカを中心とする連合国か、ナチス第三帝国を中心とする枢軸国に加盟することを主張していたし、途中までは枢軸国側として戦っていた。

 だが――、

「あなたの先々代、第百九十七代目の黒ノ宮大蛇がナチスとイタリアとの軍事同盟を破棄し、<色家>の保有していた軍人たちを戦線に投入し、大陸横断を決行した。これが原因ってわけじゃなかったみたいね。昔から黒ノ宮家に対しては敵対心とか競争心はあったけれど、大戦での出来事がトリガーとなった、ってところね」

「……参ったね。そういう重要書類は別表記に変えたものを置いて、あとは例の部屋に隠したと思ったんだが――」

「――〝カタカムナ〟」

「あそこには確かにカタカムナ表記の一覧を本の中に隠しておいたんだが、なるほど、お前その本も……」

「意識してその本だって選んだわけじゃないわ。ただの直感よ」

「恐ろしい直感だな。――ということは、俺の右腕の包帯に刻まれた文字も読めるわけだ」

 自信満々に彼女は頷く。わからないことがわかったことで機嫌がいいらしい。

「『我、此処ニ邪ナル神ヲ一柱封印セリ。天ヨリ降リシ帝ナル蛇が三体ヲ成サン。虚ロナル者ニシテ、実ル者ナレバ、カノ者ハ夢ト現ヲ彷徨イ、虚構ト現実ノ混ザリ合ウ楽園設ケラレシ最果テヘトコノ祈リヲ届ケンガ為ニ我蜂起スルハ必定ナル理ニアリケリ』――他にもいくつかあるみたいだけれど、要は呪いと祈りの文言が書かれているのね」

「そこまで瞬時に読めるようになるとは、たった数日のうちに随分と読み込んだらしいな。しかも知識の吸収も早いと見た。全くたまげたもんだ、すごいな。素直に感服するよ」

「あら、そんな次々と言葉が出てくるのね。そう言ってくれるのは嬉しいけれど、そんなに言ってもらっても返せるものはないわよ?」

「別にそういうのは求めてない……だが、考えてもみれば彼らの指摘も別に間違ったわけじゃないな。俺一人の事情のために、俺はお前に大日本帝国の秘密をひけらかしたようなもんだ。国益に反する行為だ、と誹られても仕方ない」

「カタカムナが読めるなら、例えばエルサレムとの話だってお前には解読は容易だろうな」

「ユダヤ人、イスラエル……割と危ない話になって来たわね。それだけあなたたちは日本の裏の歴史だけでなく、世界の根幹にさえも一枚だけでなく二枚も三枚も噛んでいるのね。それも相当深く……」

「そういうわけだ。――またお前を試すような物言いで申し訳ないが、どうする? ここまで知ってまだ追い求めるなら、本当にシャレにならない。引き返すなら今の内だぞ?」

 現にニュースを見れば<プラールヴァル連邦共和国>も国境付近の警備を強化し、<東亜連合>との一触即発状態になりつつある。

「大蛇、私はあなたの副官よ。あなたのもとに<ブリタニア連合帝国>の特使として行くとお父様や女王陛下に進言した時から覚悟は決めていたわ。――大英帝国をたった一人で半壊させるに至った怪物の孫が、戦争や謀略に巻き込まれないはずはないもの」

「――ちょっと待った。お前が、進言……? オリヴィア、お前は俺を嫌っていたはずだ。仕事とはいえ自分から近づきたくない男の元へは来ないと思うが」

「ええ、最初は行きたくなかった。でも、そこでも私の直感が言ったのよ。今ここであなたとのけじめをつけるべきだって。絶縁するもよし、打ち解けるもよし……このままにしてはいけないって」

「時より出てくるお前の勘というのは割と精度が高いらしいな」

 彼の言葉にオリヴィアはただ無邪気な笑みを見せる。いづれにしても、彼女に何の迷いも躊躇いもない。

 大蛇はオリヴィアがなぜ嫌っている相手であろうと正面から素直に言葉に出して自分の意思を臆することなく伝えることができるのかなんとなくその答えを掴めた気がした。

 彼女はどうしようもなく頑固なのだ。これが正しい、少なくとも彼女自身そう信じられるものにひどく忠実で、そこにオリヴィアの美しさがあった。色香のある引き込まれそうな程甘くとろけるような声で時々忘れそうになるが、オリヴィアは努力家で知的な女性でありながら、彼女には理性だけでなく真っ直ぐな信念がある。人間としての核がしっかりと胸中に存在する。

 宰相府の執務室に備え付けられた窓から差し込んだ陽光が、若く麗しい副官の金色に輝く長髪を温かく照らす。

――我が副官殿はこんなにも真っ直ぐなのに、俺と来たら……やれやれ男は肝心な時に意地がなくて困る。

「……ならこの先俺と地獄に来てもらうぞ。サタンが可愛く見える程の、人間が人間であるが故に歴史が続く限り生み出され続ける凄惨な地獄を――」

「地獄巡り上等だわ、この地上に神の国を降ろすために戦う覚悟はできているもの」

「わかった。――じゃあ早速お前に例の帝国重工業と統合軍共同開発研究所への視察に向かうとしよう。いずれナチス残党の掃討戦においても戦線に投入するだろうからな、アレは……」

 きっとその行軍にも反発する者は多くいることだろう。<色家>内部にもそういった反発が内部分裂をもたらしたことがあったのだから。

 ――黒ノ宮家と白鷺家の対立は<色家>の中でも一、二を争う程に苛烈を極めた。<色家>における序列は第一位と第二位。黒ノ宮家当主は図らずも一度や二度は白鷺家当主との武力闘争に発展する場合がほとんどで、大抵黒ノ宮の勝利に終わる。世襲した『大蛇』という名を背負うに相応しいか――、黒ノ宮家にとって一つの目安になるという。

 だが――、その戦いは最早闘争とも言えない言えないものだったらしい。

 ……黒ノ宮大蛇は、二週間前の三月三十一日、白鷺家現当主明虎の首を討ち取った。

 互いの従者と配下を引き連れ、沈みゆく太陽を背にして正面から両陣営は衝突した。

 率直に言えば、白鷺明虎に足りなかったのはくぐってきた修羅場の数だった。苦しみの数だった。経験がすべて、と大蛇は思うわけではなかったが、やはり自分が立ち上がれる方法と慣れを得るためには経験をより多く積んだものが戦場においては生き残る確率が高くなる。

 どこを貫かれ、撃ち抜かれ、斬り刻まれようと、大蛇は一切立ち止まることなどなかった。逆に全身の疲労と出血が増えるたびに気力で誤魔化し、立ち上がり続ける。<色家>の当主たちの中で、家族のように慕っていた存在を無残に殺されたのは彼で、明虎にはその経験がなかった。

 結果勝利と敵将の首を掴み取ったのは大蛇だった。『昏黒の剣客』という異名をその時授かり、<色家>や彼らに近い軍部の人間からそう呼ばれるとあまり慣れないと困ることもある。

 白鷺家では現当主の妹が次の明虎の名を襲名したというが、大蛇にとっては没落し闘争相手にもならない旧敵勢力を気に掛ける必要などどこにもなかった。

 敵を倒す。

 生き残る。

 勝利する。

 それが黒ノ宮大蛇にとって前に進む、ということだった。

 隣に一人の女性将校が加わろうと、その在り方は揺るがなかった……。

危ないネタに突っ込まないでは何も書けないのです。もう書くしかないのです。

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