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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第三章:封印篇
16/25

嵐の臭い

ライナー!?

あ、すいません、外から聞こえたもので……

皆さんは本を読むときは文字で追う派ですか? それとも声や場面を想像する派ですか?

私はしょっちゅう内田秀さんや原由実さんのお声を浮かべながら読んでます

 オリヴィアの資料への熱はすさまじいものだった。

 軍内部の仕事や食事、軽い雑談や気分転換の散歩などを除いてほぼすべての時間を文献の解読や整理へとあてがっていた。

 邪魔にならない程度に大広間で作業を行っている。散歩の他にも、使用人たちとの些細な会話から考察のヒントが得られるのかもしれない、と思っているのだろう。大蛇もその日は三日間自宅での執務を主とした。

 けれどその没頭っぷりが非常に様になっていた。

 身体を伸ばすオリヴィアのもとに紅茶と菓子をトレイに載せてやってきた大蛇が、なんだか主従を彷彿とさせる。立場的には逆転しているが、大蛇の方は何か不満に思っているような点は一切ない。

「歴史学や考古学がお前の専門分野とはいえ、中々に大変そうだな、いろいろと」

「ええ、大見得を切って持ってきたら意外と一冊当たりにかかる時間も労力もばかにならないから……でも仕事に支障はきたさないようにするから」

「魔力の回復量も人間と比べれば圧倒的に多いとはいえあれだけ消耗した後に、というのは些か心配になるのは当然だろ」

「大丈夫よ、黒ノ宮家の使用人さんたちの料理のおかげで健康的ですもの」

「……その言葉、彼らに直接言ってあげてな」

「私はちゃんと言ってるわよ。その後に片づけを手伝おうとしたのだけれど、『オリヴィア様はお客様ですから、どうぞごゆっくりなさってください』って断られてしまうの」

 大蛇は一瞬双眸を見開いて彼女を見た。

 その変化をはっきりととらえたオリヴィアは自分が何か使用人たちの気に障るようなことをしたのだろうかと思い始めた時に、大蛇は口を開いた。

「彼らはいつもそうやって言うんだよ。前にも何度か来ていた時もきっとそうだった、違うか?」

 オリヴィアはただ一度頷いた。

「毎度毎度言ってるなら、もうこの際強引にでも入っていくといい。それくらいすればうちのは大抵は諦めてくれる」

「妙に慣れたようなこと言うのね。そういうことをあなたがするのは……少し意外かも」

「少し意外だ、は余計だ。彼らに対する給料は十分なはずなんだが、どうも仕事の質と量はそれをしのいでいてな。雇い主としては頭を抱える事態ではあるんだよ」

「あら、歩合制で契約してしまうのはどう?」

「そうだなぁ……やっぱりそれしかないか」

「――でも、前から一つ思ってたことがあるの」

「……なんだ?」

 彼女からの問いを待つ大蛇に、掌を見せる。いくつかの場所を指で指し示すと、

「掌のどこかしらに胼胝がある人が大多数なのよ。あなたも刀を握って日常的に振っているから指の付け根とかは硬いでしょう? 他の人達も同じように剣や銃の扱いになれた手をしていた。――彼ら、いざとなれば戦いもするのかしら?」

 紅茶を一口すすり、大蛇はふうと一息ついた。オリヴィアを待たせ、会話のペースを自分のものとし、主導権を彼女に渡さないためだ。話す予定の無いことまで、まだその覚悟がないことまで口を滑らせてしまっては、自身の精神面にも大きく影響してしまうことを知っていた。

「……そうだ。この黒ノ宮家で雇っている執事やメイドをはじめとした使用人たちは、一級の戦闘員としても活躍できるほどの腕前を皆が持っている」

 走らせていたペンを置き、足を組んだ。

「――というより、極論してしまうならば雑事なんてものは少し時間をかければどうとでもなる。だが殺し合いとなればそうはいかない。いざという時、任務に殉じることができるほどの躊躇いの無さは中々辿り着くことはできない」

 オリヴィアが最初に来日した時から幾人か顔触れが変わっていたりするが、基本的にはみな優しく、主人よりも数倍上品さがあった。

 普段は茶を淹れ、料理をそつなくこなし、掃除は屋敷全体――庭に至るまで汚れ一つないほどの徹底ぶりを誇り、大蛇の生活を支える彼らの手は血に染まっている。柔和な表情をたたえ、一つ一つの所作に丁寧さや繊細さが籠っていたように感じられたのは気のせいだったのだろうかとさえ思えてくる。

 そこで一つ彼女は邪推してみる。

――もしかして私に手伝わせたくなかったのって、そういった痕跡が私に知られてしまうから……とか?

 有りえそうな話ではある、とは思い、それを口に出すと大蛇は首を横に振った。まず否定から入ったのだ。「それはない。彼らはあまり隠し事はしない主義らしくてな。だからといって自ら語りたがるってわけでもない。きっと訊けば答えてくれる」

「そう……」一瞬指を顎にあて考え込んでから続けた。「それならお話をしながら手伝う、なんていうのは結構よさそうな手ね」

 ひとりげに納得し始めたオリヴィアを微笑ましそうに眺める大蛇だった。


 その晩、オリヴィアは使用人たちと話をするついでに食器の片付けなどを手伝い始めた。大蛇の言葉通り半ば強引に。加えて――、

「オリヴィア様だけでなく旦那様まで……」

「そうよ、あなた抜きであなたの話を聞いてみようと思ったのに」

「いいだろう?――というより、そういう話を聞きたいのは分かるが、そうするってこと自体俺の前で言わなくていいだろう。一貫して『自分勝手な主人だ』って言われるのが目に見えてるし。……にしても、こういった状況ってのは、なんだか昔を思い出すよ」

 瞬間、使用人たちの中の数名が言葉を失った。癒えない傷口に自ら塩を塗りたくったことはあったが、自分からかさぶたを剥がして傷口を抉ろうなんて真似は流石に唐突なもので驚愕した。彼らに嫌な予感を走らせた。背筋が少しずつ凍り付き始め、体温の低下を自覚する。

 けれどオリヴィアは違う。

「……少しずつ話してくれる気になって来た、ということでいいのかしら?」

 使用人たちはいつか大蛇が語っていた言葉を思い出す。

「そのうち――俺の覚悟が決まったら、その時アイツに全てを打ち明ける。それで嫌われたらそれまでの話だが、言うだけ言ってみるよ」

 その後も雑談を交えながら食器の片付けなどを共にするが、その間も共にする使用人たちは次々に同じ疑いを持ち、同じ仮説を立てていた。

 二人が再開してから二週間程度しか経っていない。だが確実に二人の間にはなにかがあったはずだと彼らは予測した。

 オリヴィアが着任した翌日の夜にはスイス行きのプライベートジェットの中にいた。朝を迎え、その日には欧州へ渡った『天野稚彦の身柄を拘束する』という目的を果たした。わざわざ野暮用、と誤魔化してまで天野をスイスで待ち伏せて……。

 翌日から数日間大西洋からアメリカを経由して<ソロモン>に足を運んだという。そこでの詳細は政府はおろか、黒ノ宮家の使用人や<色家>に対しても非公表のまま。

――本当に何があったんだろうか?

 大蛇の表情からしてオリヴィアに何かを感じていたようだが、彼はそれを口に出さない。とうのオリヴィアはというと、大蛇の「そのうち言う」という言葉を信じ切っているようで、彼の人柄を理解しているような素振りをしていた。彼が不機嫌になるかならないかの絶妙なラインを把握し始めている――そんな印象を受けた。

 黒ノ宮家に仕える使用人たちは誰もがその戦闘力の高さもさることながら、仕事柄でもあるのか観察力や洞察力は一般人よりも高い傾向にある。

 直近でその実力が発揮されたのはオリヴィアが来日する直前に起こった<色家>内のある武力闘争が起因していた。大蛇直属の部下である<七竜星>は海外におり、その闘争に動員するわけにもいかず、彼らが戦線に繰り出されていった。

 黒ノ宮を長として絶妙なバランスで保たれていた勢力均衡が崩れたその時から、使用人たちは心のどこかで悪寒や武者震いがしていたのかもしれない。

 ……大蛇とオリヴィアが就寝した後で、その日はこの屋敷で働くすべてが集められた。

「旦那様の〝発作〟は今のところ収まってはいるが、オリヴィア様の来日によって〝発作〟が収まってからの期間とは異なる顔色を示していらっしゃる」屋敷全体の統括を行う執事が言った。

 分単位、秒単位でのスケジュールに何一つ文句を漏らさずこなしてしまう人間的な温かみを切り捨ててしまったはずの彼が見せたオリヴィアとの屈託のない笑みは、決して小さくない驚愕と動揺を彼らに与えた。

「また〝発作〟が起こると?」

「可能性の話だ。この頃見せられるお顔は美雪様と一緒にいた時のもの。〝あの少女〟の時とは異なり、美雪様と家事を手伝われていた頃の顔だった……」

「ではやはりオリヴィア様は旦那様をお救いする立場の方であると?――また一族郎党皆殺しにした後始末をやるのは面倒ですので、人選には特にお気をつけて欲しいところでしたから助かりました。……これで大丈夫そうですね」

「おそらくオリヴィア嬢に委ねて問題ないかと。彼女の人徳は初めて来日された時から穢されることなく、イングランド人らしい気高さと優しさは健在ですから」

 執事もメイドも使用人も、皆意見は一つだった。

 主人にふりかかる火の粉を払うことだ。

 大蛇自身で振り払うことは容易でも、彼の場合振り払うのではなく大量の水で鎮火を試みてしまうものだから、その水の処理を行うのがえらく大変なのである。彼ら自身の仕事をなるべく遅らせないためにも、そして第一に誰よりも痛ましい姿で帰ってくる主人を見ないためにも、彼らはいつだって行動を起こせる準備は怠らない――。

 皆、薄々この先どうなるのかわかっていた。

 ――これは大きな戦争が起きると。

 大本営からプラールヴァル連邦共和国との国境付近での警備を強化する、という表明がなされたのは、使用人たちの集いから八時間ほど経過した星刻暦七二年四月十一日の午前七時半のことだった……。

書いてる途中に声ってどんな感じなんだろうなって思い浮かべながら書いてます。アナスタシアやらアルベドやら庚夕子やら…

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