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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第三章:封印篇
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輝きと陰り

 大蛇と入れ替わるようにして入浴したオリヴィアがあがったのは午後六時だった。

 〝閉鎖棟〟の近くにある地下図書館という場所に呼び出されたオリヴィアは、そこへとつながっているらしい階段の前に立っている大蛇と合流した。

「ごめんなさい、少し長風呂になってしまって……待たせたわね」

「あんだけやり合ったんだ、のぼせるまで入ってようやく疲れが取れるだろう……多分」

 彼はまだ寝る気など毛頭ないらしく、黒を基調とながら所々金の刺繍の入った着物を召し、その上に肩から羽織をかけている。オリヴィアも同じように着物を身に纏う。来日してから幾度かは着たことはあるが、やはり慣れない……。

 階段を降りる際にもその不慣れさは足を引っ張るものだった。足を動かしにくいことこの上なかった。階段に対して右斜め前を向いて、足がなるべく見えないように降りるというのは、着物での作法を学んだ時からずっとやりにくいと思っていた。

「……久々に着ようと思ったのだけれど、やっぱり慣れないわね」

「普通にそっちの私服でもよかったんだぞ?」

「私が来日した時に折角用意していただいたものですもの、使わないなんて失礼なこと出来ないわよ」

「そう言ってくれると親父もウチの使用人たちも喜んでくれるだろう」

「でもあなたの御父上は見ないわね、ご不在なのかしら?」

「さーな……俺もよく知らんのだな、これが」

「実の息子にも言わないって――あまりコミュニケーションとっていなかった、ってわけでもないし……」

「そのうち帰ってくるだろ」

「国の重職の父親が半ば消息不明でこの扱いってどうなのかしら……」

 やや困惑気味な表情の裏には予想される事態の一つや二つを考え浮かべては、オリヴィアの胸中に不安や懸念がよぎった。

 もし人質にでもされれば大問題の筈なのに、大蛇は「帰ってくると信じている」というより、どちらかと言うと興味関心がないようなそっけない態度だった。

 ……二十分ほど階段を降り続けてようやく巨大な扉が視界に入って来た。

「ようやくね……帰りはエレベーターとかないものなの?」

「あるにはあるが、魔力で体力を補填すればいいじゃないか。――人の数倍は魔力器官が発達してるんだからさ」

 その瞬間、オリヴィアは鋭い眼光を大蛇に向けた。

「大蛇、どういうことかしら? 詳しく聞かせてもらえる?」

「……お前が表に出てきたのは十六歳近くになってからだ。十五歳までは体が病弱で入退院を繰り返していた。――ここまでは大英帝国のニュースを見れば一発で分かる。……もっとも、今はそんな情報どこを探してもない。先天性の虚弱体質だと報じられていたが、お前が軍の前線に立ち、魔法使いとしての実績を積むようになってから、そのような報道は一切なくなったから――そうだな?」

「……」彼女は沈黙で返す。

 話を続けて聞く姿勢か、あるいは肯定と捉えていいのかはわからなかったが、とにかく大蛇は続けた。

「そこからでも十分に推察くらいならできるだろう。――お前の虚弱体質っていうのは他の臓器の活動を阻害してしまう程にまで発達した魔力器官が原因だ。そしてその魔力炉を存分に使えば一個師団――いいや、魔力操作にキレがかかっていれば軍団一つ潰すのは容易だろうな」

「あなたは相当想像力豊かな人間なのね、って誤魔化すのも疲れる気がするわ。……ええ、その通りよ」

「そりゃそうだろ、さっき執事たちに観測してもらっていたが、屋敷全域の魔力を搔き集めていた。そこまでの干渉力があるともなれば嫌でもわかるよ。……何人もの魔法使いを相手にしてきたが、他のは障壁を破ることができた。お前が初めてだよ」

「あら、あなたに貴重な体験を提供できて光栄の極みね」

 後頭部を掻きながら大蛇は溜息交じりにオリヴィアを見た。気怠そうな瞳はつい数時間前まで見せていた熱意の籠り、滾りきった双眸ではなかった。

「そういえばずっと聞きたかったんだけど」

「……ん?」

「右腕の包帯はなに? 近頃日本の学生を中心に、そういった無意味なファッションや地震へのキャラ付けが目立つようになってる、って聞いたわ。……昔日本に来た時、都会を歩いていると時々おかしな言動をする人もいたし」

「遠回しに俺の羞恥心を刺激しようとするのはやめようか」

「あら、あなたにそんなものあったの?」

「ないね、当然だ」

 即答と共に腕を捲って包帯を見せた。二の腕まで覆えるロンググローブと手袋で隠していたりすることが時々あった。包帯をまじまじと見るのは初めてだったが、よく見ると小さく、また見覚えのない文字でびっしりと書き尽くされている。

「ひっ――」

「怯えるな怯えるな。ただの呪文だよ」

「魔法陣とか詠唱のための古代文字――とかならわかるけど、そういうのは専門外よ!」

 呪術も魔力を媒体にして発動する〝魔術〟の亜流ではあるのだが、負の感情を発露とする点がある。負の感情によって変質した魔力は呪力とも呼ばれ、術式の精度などによっては汚染された魔力が周囲の人間に伝播することもある。オリヴィアのような清廉潔白な女性からすれば本能的に避けたがるのも当然だろう。

「どちらかといえば抑える方――封印術式だし、それこそ日本一の専門家に依頼してるから万が一……いや億が一にも汚染の心配はない」

「でもそこに書かれた文字、どう見たって日本語のどれにも属さないわよ?」

「まあ、この図書館に入ってからのお楽しみだ」

 そう言ってそそくさと扉の前に立って両手で押した。両腕に力を入れても全く痛みどころか違和感すらうかがわせないところを見ると、彼の自己再生能力の高さを改めて認識させられる。

 二人の視界に広がったのは数十段にも及ぶ書籍や書類の積まれた、文字通り図書館だった。特務機関の長とはいえ、個人でこれだけの書庫を保有しているとなると、黒ノ宮家や<色家>全体の情報収集能力の高さは軍諜報部にも匹敵するかもしれない。彼の直属の部下が各地で活動を続けている、という言葉からもそれは想像できる。加えて先日の『天海』の身柄確保においての一連の流れがその証明だろう。

 巨大な書庫の中で大蛇は、

「基本的に何を見ても構わないが――」

 扉の反対側の最奥にある部屋を見ながら続けた。「あの部屋には絶対に行かないで欲しい。流石にあそこは国の許可が下りるか緊急時以外は開けたく無くてな」

「わかったわ。一番奥の扉は開かなければ後は好きにしてもいいのね?」

「ああ、きっとお前の知りたいもの、その手掛かりがいくつかあるはずだ」

「そういうこと言うなら一々焦らすまでもなく、あなたが教えてくれればいいと思うのだけれど……」

 大声で大蛇は笑った。

「それは面白くない。俺が伝えれば、俺の解釈、考え、思想……そういったものまでもが余計に伝わってしまう。何の前情報もなく、お前の感じたままに咀嚼してもらいたい。……俺だって昔そうだった。自分でいろいろと、一つずつ掴んでいった」

 無数の本棚を見上げながら彼は続ける。

「自分で疑問に感じ、調べ、歩き、答えを得て感じたものが何よりも自分の指針になる。オリヴィアにはオリヴィアにしかできない辿り着き方があると思うんだ」


 図書館、と呼ばれ親しまれる地下大書庫保管室――その室内に立てかけられた時計が午後七時半を指した頃、無線を通じてアナウンスが入った。

「旦那様、オリヴィア様、夕食の準備ができました。一階までお戻りを」

 近くの通信機のボタンを押して大蛇は答えた。「わかった、今行く」

 彼女が手を伸ばした先にはいくつかの公文書と書籍がたんまりと積み上がっており、紙の塔を持ち上げるのに苦労していた。

「……帰りはエレベーターに乗ってみるか?」

 コクリと頷くと三つのトートバッグのうち二つを顔を赤らめながら無言で大蛇に任せた。 中を横目で覗いてみると日本政府の公式見解や秘匿文書が多くあった。持っていっていい、と許可したのは大蛇自身であるため咎めることはもとよりするつもりなどなかった。

「中々興味深い文書を持っていくんだな」

 中心となっていた話題は二つ。第二次世界大戦時の日本の動向と<大凶変>以降の日本の動向だ。四十年間についての文献の量はその二つと比べると圧倒的に少ない。

「ええ、ここからしばらく任務らしい任務は無いのでしょう、元帥殿?」

「ああ。特にはなかったな……少し視察するところがあるくらいか。確か帝国重工業と統合軍共同開発研究所とか、それくらいだな。一応特亜三都市での反乱の事も考慮して通常より一段階警戒レベルを引き上げるが、だからといって俺たちも宰相府や大本営に泊まり込みなんてする必要はないからな」

 やけに嬉しそうなオリヴィアを見て、彼は彼女の経歴を思い出す。

 十五歳までは病床に伏しており、休みがちではあったが学校には比較的通う意欲を示していた。魔法方面で突出した才能を見せると共に学業面でも全体的に優秀な成績を治め、大学に進学した。口々には、

「王立の士官学校に入学して女王陛下のために魔法を極めろ、と言われたけれど……生憎この体質のせいでできないのは悔しいわね」

 そう漏らしていたという。

 『星の申し子』という異名で呼ばれるようになったのは大学卒業後――まだ二十一歳。そこから約二年で准将まで昇進し、魔法関連では彼女に並ぶものもいない、ともなれば大蛇からすれば伝説でも目にしているかのような気分だった。

――どうやら本当にすごいのを部下に迎えられたらしい。帰すのが惜しいくらいだ。

 斜め前を上機嫌に歩いてエレベーターに向かう女性将校。その整った顔立ちになにゆえほんのり紅みを帯びているのか。彼女の夢を鑑みれば当然のことだろう。

 いつかオリヴィアに対して無言の姿勢を貫いた大蛇だった頃の事――。

「あなた、夢は無いの?」

「……」不愛想な顔つきでペラッと本のぺージを捲った。隣で声をかけてくる少女の雑音を気にしないように少しだけ意識していた。

「私はあるわ。歴史学者とか考古学者ね。人の良いところも悪いところも、両方学べてお得で惹き込まれるもの!」

 何も語りはしないし、反応一つ見せることもない。ただ大蛇は読んでいる途中のページにしおりを挟んで去って行く。

――きっと、あの女の子もわざとではないのだろうから……。

 他の誰かに言われたならその少年は耐えられなかっただろう。けれど、夢だと語る少女の明るさは彼の戦意を根底からへし折ったのだった……。

「歴史研究、か……論文ができたら真っ先に読みたいもんだな、オリヴィア」

「いいわよ? 第二次大戦下であなたたちがブリテンを半壊できた理由を――あなたたちが何者なのか、しっかり論文に一つ残らず書き記してみせるわ」

 黄金色に輝く長髪を靡かせて、彼女はまっすぐ歩き続ける。焦がれるほどの夢を追い求めて――。

イギリスの教育制度、ちゃんと調べたの初めてです

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