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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第三章:封印篇
14/25

猪武者

虫が飛んでます


……初の試みです

 実力を私も試させてほしい――<ノイエ・アトランティス>へ向かう機内で、彼女は言外に匂わせたわけだが、まさかその数日後に「俺と一手お手合わせ願いたい」と面と向かって言われるとは予想外だった。

 にしても、とオリヴィアは思う。

 彼の背丈ほどの刀身を持つ大太刀を振り回し、ただただ地面を蹴り続ける――その姿は猪武者そのもので、それなのに彼の刀の持ち方は酷く柔らかく、身体の扱い方も要所要所に巧みな体術の心得があるように思わせる。

 黒ノ宮大蛇は魔法を使えない。オリヴィアがその事を知ったのは彼の副官として着任した時が初めて。

 魔法という、上流階級にいる人間なら誰でも多少は使える、人間に許された世界や自然への唯一の干渉方法。遺伝によって左右されるため、貴族や政治家は代々教育されているケースは多い。オリヴィアもその一人だ。

 話を聞く限り物理的な攻撃に頼るものだと予想された。最も物理攻撃が魔法防御を打ち破るのは至難の業だが……。

「知らなかったわ、あなたがこんな荒々しい攻撃の仕方をするだなんて」

「もう少し頭を使うと思ったか?」

「ええ、不意打ちや挟撃なんていくらでもしそうですもの」

「そういうのは俺のやり方じゃあないんだよ。ご期待に沿えずに申し訳ないな」

 双方まだ会話ができる程度には余裕をかましている。――というより、戦況を変える一手が二人とも見つからないのだ。

 大蛇は休むことなく斬撃を打ち込んではオリヴィアの展開する鉄壁のバリアに弾かれるばかり。一方オリヴィアも大蛇に付け込む隙がないために攻勢に出れずにいる。

「魔法に頼らず物理攻撃だけで……大蛇、それ相当無茶ではないかしら?」

「そうだな、相当無茶だ。元来魔法なんていうものはただの自己認識の拡大。言わば周りの環境そのものに挑んでいるにも等しい。お前から一本取れれば御の字だ」

 そう、彼女も彼もそう習った。

 魔法とは体内にある魔力を媒介として世界に干渉し、自然現象を強制的に引き起こすこと。魔力の操作方法は使用者の思考に依るところが大きい。詠唱はその思考を統制し、魔力の分散を防ぐ役割がある。

 大蛇から見れば己の意思だけで自然を操作するという行為は、言わば自己認識の拡大にも等しい――そんな考え方が出てきても何らおかしくないシステムが魔法にはある。まさに神秘、奇跡と呼ぶに相応しいモノ。

 ――ただし、大蛇にも使うことのできる魔法は一つだけ存在する。

「さて、ここからは少し趣向を変えよう」

 七尺もある刀身の大太刀を手放した。そのまま金色の粒子が蛍のように舞い、模擬戦用エリアのある黒ノ宮邸東部をぼんやりと照らす。地中に吸い込まれていくかのように一振りの刀は消え、代わりに二振りの小ぶりな――あくまで先程まで振り回していた大太刀に比べれば、だが――三尺ほどの刀を顕現させる。

「魔法が使えない、とは言っても収納系の魔法なら例外的に使えるのかしら?」

 言っていて自分でもそれはない、とオリヴィアは心の中で首を振った。魔力を体外に発散する器官がない以上、二刀で再び攻め始めたこの男が魔法を使う術はない。

 魔力を糸のように張り巡らせ、それを編み込み、何層にも重ねることで猪武者の刃を防ぐことに専念するが、そろそろだ――と彼女は両手で彼女の身長を超すほどの杖を回し、地面に先端を打ち付ける。

 大蛇の足元から土の層を喰い破って周辺の木の根が彼を空中へと追いやる。

 球体取り付けられた古典的な魔法杖を打ち上げられた大蛇に向ける。

――ここからなら、空中まで伸ばした木の根を足場にして私にもう一度接近戦を挑むように持ち込める。

 副官が上官に勝っていてはならない、などという決まりもマナーもない。勝負を挑んできたのが大蛇である以上、オリヴィアは全力でこれに応えることで敬意の証にせんとした。

 勝ち、とまではいかないにしても、攻勢が彼女に傾くのを確信したその刹那――、彼女は予想外の展開へと戦況が動き出したことを悟った。

 大蛇が二振りとも刀を上へ投げた。

 オリヴィアは彼に向かって根をさらに伸ばすが、彼はそれを両手で側面をぶつける。今度は拳で殴りつけ、打ち砕く。破片が拳や掌のいたるところに刺さる。

「――さて、大詰めだ」

――かすり傷をわざわざ自分から……?

 疑問に感じ、その答えを出した頃には既に彼にはめられていたことを悟る。

「しまった! やられたわ……」

「あーまあそりゃバレるか。体外に任意に排出する器官がないのなら、体内に溜め込んだ魔力を強制的に外に出してしまえばいい。魔力制御器官は体の中で任意に放出と蓄積ができる」

 左腕に関しては義手なのだからそこまでする必要はないのだが、問題は包帯と手袋で一切露出のない右腕。それが擦り切れている様子がうかがえる。

「いくら基本的には使えないとはいえ、それで腐って何も学ばない、なんてことはしなくてよかったよ」

 彼自身よりさらに上空に投げた刀がそれぞれ左肩から二の腕、右肩から掌までばっさり刃が彼の身体を裂いた。右腕の包帯は赤黒く染まり、左腕は肩から滴る血が無機質な鋼鉄の塊に命の熱を与えるようだった。

 彼は上空で両腕を振り、血を飛び散らす。木々や大地に飛び散った鮮血はすっと染み込んでいく。

 重症になることも厭わない姿勢は、戦闘を心の底から楽しんでいる顔色から容易にうかがえた。

 やがて彼より早く二振りの刀は地面に落ちて行く。オリヴィアにはまるで大地に引き寄せられていくように見えた。その見方は正しく、大蛇と刀の真下に現れた金色の粒子と共に穴が現れる。

 二刀と入れ替わるように大太刀が飛び出した。的確に大蛇の掌まで届いて、彼は力強く柄を握った。その愛刀こそが最も腕に馴染むのだと言わんばかりに左右の手で交互に握っていた。

 数十メートルもの高さから落ちてきたというのに、着地時に体の痛みで顔をしかめるような兆し一つ見せず、依然楽し気にしていた。下段の構えで

「血液を通じて刀に魔力を通す……理論としては確かに正しいけれど、きっとあなた以外の何者にもできないでしょうね。――そんな余裕そうな顔をして戦えるのは」

「怪我なんて気にしてたら戦争なんて勝てない。動けない者に手榴弾で自爆させれば敵味方関係なく吹き飛ばせる。……今のは飛躍した話だが、同じようなものだ」

「日本国内の第二の権威がこれだものね。相変わらず特攻精神は本当に怖いわ、どういう教育を施せばそうなるのよ……」

「今時連邦もブリタニアもそんなこと教えないしな。」

 それは無駄話というより、どれほど危険があろうと正面から突っ込んでくる意思表示であった。

――でも、それじゃあ折角流した血が固まってしまうのに、きっと早めに攻めてくるでしょうね。

 これが最後になる――そう思いながら彼女は魔法で軽く風を起こしていた。それは無意識であったため、ふと意識を向けると一瞬彼女の頭は混乱した。

 額や杖を持つ手に汗が滲んでいく。

「気温が上がってる――!?」

 堂々と構えたままの大蛇の両腕から血がマグマのような粘性を持って流れている。刀身と傷口から煙も立ち昇っている。

 最初血液に猛毒でも含まれているのかと思った。強酸性の血液なのか、とも思った。けれどそれならすぐに空気と反応を起こして熱を生み出したっておかしくないのだ。

――となれば!

 地面を杖で打ち、無詠唱で魔法陣を展開させる。水分を操る魔法だ。周囲の魔力を通じて空気中の水分に干渉し、それを大蛇の身体に密着し、膜を遥かのように操作していく。

「……その陣に冷ややかな感覚。オリヴィア、気付いたか」

――一瞬たりとも表情を崩さないのね。

 この時オリヴィアは自身の〝強さ〟というものを客観視した。

 彼女の実力はあくまで普通の人間、魔法使いの中での規格においては確かに尋常ならざるものを持つ。だが、そうでないものに対してはまだ未知数だ。

 まして、自分の体内で沸騰間近まで温度を上昇させられる、などという――そもそも生命としての格が違う存在に対しては……。

「――それでも!」

 大蛇の体内、表面温度を下げる方針は切り捨てよう。代わりに残った魔力を放出し、周りの魔力を搔き集め障壁を作って守りを固める。

 地面を蹴り上げ一直線に突っ込んでくる大蛇は、間合いに入った時思い切り腕を振り上げる。

 ドーム状に展開されたバリアに刀身がぶつかり、オリヴィアには体全体にかかる重力が強まっているのではないかとさえ思えた。荒々しさは手数の多さではなく、明らかに一振り一振りの重さになったのだ。

――ここを耐えしのげば!

 模擬戦で、しかも深い傷を負っているとはいえ、半端なところで終わらせるわけにもいかなかった。

 摩擦で電撃が走り、草木に発火する。

 大蛇は右足を軸にして宙へと舞った。障壁に編み込まれた魔力は、その密度故に物体と遜色ないものへと変質し、彼はそこを利用したのだ。このまま弾かれない限り彼が空中に投げ出されることはない。だが、その間にも体は溶け、流れる血に終わりはない。

 刀身を左足で押す。そこでオリヴィアの叫びが聞こえた。歯を食いしばって、大蛇を弾き飛ばそうと何重も何重も障壁を再展開し、一つ一つの強度を強める。

 その瞬間、二人の視界は閃光に包まれたような感覚になった。

 ――推し負けたのは、大蛇だった。

 何とか着地した彼は立とうにも支えとなるはずだった刀も今や両腕の状態からして握ることは叶わなかった。

 お互い本気になりすぎたことを疲労し切ってようやく自覚した。

「……大蛇、こっちに来て。今治すから」

「いや大丈夫だ、心配するほどの傷でもない」

 そう言って刀身がつけた両腕の傷を見せる。そこには既に治癒が始まっている、という信じがたい光景が広がっていた。目に見える再生速度を魔法もなしでやってのけるのは、言うまでもなく異常なこと。

「あなたは一体――」

 彼女の問いに応える黒ノ宮大蛇は能天気に笑って、呑気だった。「そりゃただのやべーやつだよ。それに、オリヴィアだって普通の人間とはやはり違うじゃないか」

 そう言われたとき、「えっ――?」と彼女は自分の身体を出来る限り全身をねじって確認した。振り向いて足裏や背中も……。何かおかしなところがあっただろうか?

「さっき消費した魔力の量は常人なら意識を失ってる。なのに数分もすればもう立ち眩み一つなく立つことができる、なんてのは魔力の収集と体全体への再分配の速度が通常の数倍はあるってことの裏返しだ」

 両腕の傷口が塞がったと共に、彼は刀で支えを取らずに立ち上がる。大蛇も大蛇でそこまで体力が回復し始めたのだ。

「……いやぁ、今日はゆっくり眠れそうだ」

「無駄に疲れたわ。それに一瞬怖かったわよ」

「ん? そういう要素あったか今日」

「あなたがあんなに身体を労わらないものだから、実戦に出る前に模擬戦で後遺症の出る傷が出たら大変だって思って途中で戦略切り替えたのに……」

「ああー俺の身体の心配をしてくれたわけか。考えてもみれば俺自身じゃなきゃどこまでやっていいかなんていう匙加減分からないしな、それは配慮が足りなかった、すまなかった」

「別に怒ってるわけじゃないの。私だってむきになっちゃったし……」

「――でもそうだな、一つ言うとすれば」

「……?」

「顔に出てたところがあった。これまでにない高揚と緊張が。やっぱり『星の申し子』ともなれば張り合える相手もいなかっただろう」

「……それはそうね」

「模擬戦相手に物足りなければいつでも」

「嫌よ」短く返す。

「……やることあると、酷く眠くなっていけないもの」

 そう語る彼女の表情は複雑そのものだった。実力を存分に発揮できる相手を見つけられたという喜びと、ここまでボロボロになるまでの模擬戦に対する言葉にできない不快さがあった……。

戦闘描写ってどうして難しいのでしょうね

一歩間違えれば蛇足になるのです、怖いです

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