終幕
最後の舞台の幕が下りて。楽屋に戻ってきた私の視界に最初に飛び込んできたのは、たくさんのメッセージカードつきの花束だった。その全てに〈退団記念コンサート〉という一文が書かれていた。
コンサートの盛り上げ役を買ってでてくれた同僚や後輩、スタッフのみんなが楽屋に顔を出してくれて、私との別れを惜しんで泣いてくれた。そのうちのひとりが、私の次の活躍場所について尋ねてきた。
「琴音先輩、サカゲキって、聞いたことのない団体名ですけれど。どんな人たちの集まりなんですか?」
私は、私が青春の全てを捧げてきた高校の歌劇部が命名の由来だと答えた。それは、プロ志望ではなかったはずの私がこのようにプロとして活躍して、退団記念コンサートまで開いてもらえるようにまでなることができたきっかけの、とても大切な場所だった。
「ああ! サカゲキって、そのサカゲキ!! 私、それ、知ってますよ! 私、あのブリキちゃんを見て励まされたんです。私もああなりたいなと思って、この道に入ったんですよ。まさか、あのブリキちゃんが先輩だったなんて! 何で今まで、気づかなかったんだろう! 私、当時、あの舞台をテレビで見たんですよ! 初めての舞台が最優秀の成績で、ドキュメンタリーと舞台本番の映像が放映されるって、すごいことですよね!」
今年この劇団の舞台に上がったばかりの後輩が、そう言って頬を上気させた。あのころと比べたら、私は随分と雰囲気が変わって明るくなったと思うし、それに結婚して苗字も変わっているから、彼女が気づかないのも無理はなかった。私はそのように返答しながら、心の中で涙を流した。――あのとき、どこまでも飛んで行けと思っていたブリキちゃんの想いは、ここにも届いていて。まさか、数年経って私の前に現れるだなんて。
そういえば、兄とのわだかまりが溶けたきっかけもブリキちゃんだった。テレビで放映されたあの舞台を、母が録画していて。私がいないときに、母は無理やり兄に見せたらしい。それ以降、兄は私に今までのことをそれとなく謝罪してきて、態度を少しずつ優しくしていってくれたんだっけ。ブリキちゃんの力は、本当にすごかったんだなと、私はとても感動した。
「あの舞台の脚本ね、一学年上の先輩が書いたものなんだよ」
「うそ! 高校生が書いていたんですか、あれ!?」
「そうなの。驚きでしょう? でね、その先輩との出会いがなかったら、私は舞台に立っていなかった。次の活動拠点の劇団はね、その先輩が立ち上げたのよ。海外に留学して、しばらく向こうで活動していたんだけれど。とうとう、帰ってくるそうなの。――先輩のステージの華になるって、ずっと約束していたから」
私の話に感動したのか、後輩たちが目をうるうるとさせていた。同僚やスタッフさんたちも、こっそりだけど鼻をすすっていた。私はみんなに笑いかけると、今まで一緒に舞台を創ってくれたことに感謝した。そして、宣言した。
「わたくし、宮本琴音は、三島君世先輩と一緒に次のステージにいきます! 応援のほど、よろしくお願いします!」
「三島君世って……、あの、今話題の、新進気鋭の劇作家兼演出家ですか!?」
今まで散々私や周りを驚かせてくれた先輩は、ここでもたくさんの人を驚かせた。それが何だかおかしくて、思わず、私は笑ってしまった。
サカゲキ初舞台の衣装は、衣装デザイナーとして有名になった裕子ちゃんが手掛けてくれることになっている。音楽はピアノの生演奏で、横溝先輩とさもにゃんのダブルキャスト。ふたりとも、ピアニストとして多忙の日々を送っている。一緒に舞台に立つのは、美澄さんや高木先輩他、サカゲキで切磋琢磨しあった仲間たちと、先輩がスカウトしてきた実力派の人たち。圭吾君は残念ながら、自分の公演と被ってしまったため、今回は欠席だ。だけど、私の稽古に付き合ってくれて、まるで彼も旗揚げ公演に出演するかのような雰囲気に我が家は包まれている。
「宮本、何であんたまでゲネに来てるんだよ。気が散るから、帰れ帰れ!」
「ひでえ! どうせ始まったら、先輩は舞台と役者しか見えなくなるんだから、いたっていいでしょう? それに、記念すべき旗揚げに参加できない分、ゲネくらい見学させてくださいよ。頑張ってスケジュール空けてきたんですから」
「ねえ、吉崎。こいつ、黙らせてー!」
「先輩、琴音はもう宮本です!」
「うるさいな、宮本って呼んだらあんたと被るでしょうが」
「宮本、いいかげん、黙ってくれる? あんたのせいでピアノが弾き始めらんないんですけど」
「笹森、お前も大概、俺に冷たいな!?」
ゲネが始まる前も、始終こんな感じで。サカゲキが、そして先輩が帰ってきたんだなあと実感する。
――もうじき、私たちの新たな幕が開く。それは、在りし日の青春。そして、これからも続いていく青春の幕だった。




