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サカゲキ!  作者: 内間飛来
目指すは、全国!
19/24

「いよっしゃあ! 県大会への切符、いっただきー! いいぞ、諸君! テンション落とさず、全国まで突っ走るぞ!」

 地区大会の結果にガッツポーズを決めると、三島先輩は私たちにそう言った。県大会までの間に、ほんの少しの休息をとって。さらに作品をブラッシュアップさせて。そして気合いを入れて挑んだ県大会も、高評価を残すことができた。

 県大会の次は、ブロック大会である。去年もここまではコマを進めることができたそうなんだけれど、全国への切符獲得ならずだったそうだ。だから、先輩たちはリベンジに燃えていた。

 見事、推薦枠を勝ち取った横溝先輩も入試が無事に終わったということで、大会に顔を出してくれた。先輩たちのテンションはマックスで、私は微力ながら先輩たちを支えたいと改めて思った。

 演目をやりきって、喉から心臓が飛び出そうな思いで待った結果は優秀賞だった。最優秀ではなかったということに、先輩たちは一瞬顔を青ざめさせた。というのも、最優秀賞の学校は全国行きがもちろんのこと確定なんだけれども、優秀賞は必ずしもそうではない。同じ優秀賞でも、得点の順に得られる権利が異なってくるのだ。

 先輩たちは祈るように手を組んで、全国、全国、と繰り返し唱えていた。

「全国大会への推薦は、県立坂ノ下高校歌劇部に決定いたしました」

 アナウンスがそう告げると、先輩たちは泣いて喜び、抱き合った。私も、さもにゃんや裕子ちゃんと抱き合って、圭吾君とハイタッチした。

 会場を出たところで、横溝先輩が合流した。先輩の頬には、涙を流したであろう跡がうっすらと残っていて、目もともほんのりと赤く染まっていた。横溝先輩は三島先輩を抱きしめると、祝福と感謝の言葉を繰り返した。横溝先輩に埋もれるように抱きしめられていた三島先輩はというと、いつもの強気な姿勢とは対照的な、とても素直な反応を返していた。

「や゛りましだよ、先輩ぃ……! わたっ、私たち、全国に行ぎますー!」

 盛大にぼろぼろと泣き濡らして、声をガラガラにして泣いている先輩は、私がいつも感じていた〈とても大きな存在〉ではなくて。等身大の、部活動に身をささげる女子高校生で。そして、とても可愛らしかった。

 横溝先輩は三島先輩から離れると、他の先輩たちを次々と抱きしめていく。三島先輩は三島先輩で、他の二年生たちと肩を抱き合った。私たち一年生はその様子を晴れやかな気持ちで眺めていたんだけれど、先輩たちは私たちのことも抱きしめに来てくれて。ぎゅっとされて温もりを感じるのと同時に、喜びが鼓動のように伝わってきた。思わず、私たちも泣いてしまった。そして最後は全員、向坂先生にハグされた。


 年が明けると、新しい部長、副部長が一年生の中から選ばれた。部長はみんなのムードメーカーである圭吾君。副部長はさもにゃんだ。

「任命しておいてアレだけど、全国行きが決まったからには、私たちも引退せずに大会終了まで居座るからね!」

「てことは、先輩が実質部長のままってことじゃないですか。だって、舞台監督は先輩なんだし」

「大丈夫だ、宮本。生徒会との駆け引きや部長会議への出席など、部長がするべき仕事は全部やってもらうから! 安心して部長を務めたまえよ!」

 胸を張って高らかに笑う先輩に、圭吾君は「それ、先輩が今まで以上に自由気ままになったってだけじゃないですか」と文句を言っていた。――たしかに、自由になった分、先輩の天下はさらに揺るぎないものになったよね。みんなが、そのように思ったと思う。どの人も、先輩らしいと言いたげな顔で苦笑いを浮かべていた。


 さっそく新体制でやっていくということになり、全国大会に向けてさらなる磨き上げをしながら、部活動勧誘会の準備と春の大会の題材をどうするかということを決めていくことになった。そして練習の合間に、慌ただしく準備を進めていたある日、二年の先輩がひとり、泣きながら部活にやってきた。――ブリキ人形の役を務めた牧先輩だ。

「せっかく全国に出られるんだから、転校なんかしたくない。せめて全国大会が終わるまでは、独り暮らしをしてでも、こっちに残りたいって言ったんだけど。どうしても、駄目だって……!」

 お父さんの転勤が急に決まり、県外に引っ越すことになったそうだ。最初はお父さんも単身赴任を視野に入れていたそうなんだけれど、痴ほう症のおばあちゃんを家族に託して行くのは忍びなく、かといって施設に入れるのもということで、家族全員での引っ越しという決断に至ったらしい。

「うちの学校に寮があったら残れたのに! みんなと一緒に、全国に行きたかった……!」

 牧先輩が悪いわけではないのに、泣き崩れたまま、何度も何度も謝っていて。見ていて、胸が張り裂けそうだった。

 先輩はブリキちゃんを演じるにあたって、おばあちゃんをモデルにしたそうだ。ぼけてしまって、孫である先輩の弟のことを息子の名前で呼ぶおばあちゃん。その瞳はとても純真で、その言葉は息子への愛にあふれていて。だから、おばあちゃんが痴ほうになってしまって、自分が忘れられてしまったのは悲しかったそうなんだけど、決して嫌いになんかならなかったという。むしろ、お父さんのことを本当に愛して育ててたんだと知ることができて、もっと好きになったし、もっと大切にしたいと思ったそうだ。

 そんな愛するおばあちゃんと重なるブリキちゃんだからこそ、先輩は最後まで役を全うしたかったという。たとえ、数か月間だけとはいえ、大切な家族と離れ離れになってしまったとしてもだ。先輩にとって、ブリキちゃんはおばあちゃんと同じくらいに大切な存在となっていたのだ。

 ブリキちゃんは、とても大切にされていた。愛情を注いで創り上げられていた。この先輩以上にブリキちゃんができる人は、きっといないだろう。それだというのに、その先輩が降板しなくてはいけなくなるだなんて。私は、自分のことのように悲しくなり、自分のことのように落ち込んだ。このお話の中で一番私が大好きなブリキちゃんのことだったから、よけいにつらいと感じたのかもしれない。

 三島先輩は膝をつくと、牧先輩の背中を優しくさすってあげた。

「私も、最後まで一緒に駆け抜けたかったよ。でも、こればかりはどうしようもないよね。まだ親の保護を受けている身としては、ミラクルが起きないかぎりは、親の決定を捻じ曲げることなんかできやしないんだものね。すごく、つらいよなあ。悲しいよなあ。……私も、悲しいよ」

 牧先輩は嗚咽を飲み込むと、俯いたまま言った。

「ねえ、キミちゃん。ひとつ、わがまま言ってもいい?」

「何だね?」

「ブリキの役の後任は、私が指名したいの」

 他の先輩たちは、作品の質が落ちたら大ごとだから、向坂先生と三島先輩が時間をかけて吟味したうえで決定したほうがいいと言ったんだけれど。三島先輩は牧先輩の気持ちに応えると返した。もちろん、不満や非難の声があがった。けれど、ブリキちゃんを大切に大切に演じてきた牧先輩だからこそ、ブリキちゃんを託す人の条件にこだわりがあったんだろう。

「マッキーが指名するんだから、選ばれた人はマッキーと同じくらいブリキを愛するだろうし、ブリキを演じきってくれるだろうよ。私は、そう信じるよ。――で、マッキー。誰を指名するんだい?」

 小首を傾げた三島先輩に、牧先輩はにっこりと笑顔を向けた。そして笑顔をたたえたまま、牧先輩は視線を動かした。視線が走り、顔が追い付き、たどり着いた先は――なんと、私だった。

「吉崎さんさ、笹森さんの練習に付き合って、全部の歌を歌ってたでしょう? しかも、それを、ほぼほぼ覚えているよね」

 思いがけない事態に、私は目を白黒とさせた。満足に返答もできずに固まっていると、牧先輩は続けて言った。

「私ね、あなたが歌っているのを何度か聞いたことがあるんだ。――ブリキちゃんの歌は、特に大事に大事に歌ってくれていたよね。そんなあなたなら、素敵なブリキちゃんを演じてくれると思うんだけど」

 いまだ何も言えないままの私を包むように、周囲から怒りの感情がうず巻いた。最後のチャンスを群衆で終わりたくない先輩たち、一年生が引き継いでいいなら自分だって舞台に立ちたいと思う子たち。歌唱組に属する部員のほとんどが、チャンスを与えられた私に対して怒っていた。もちろん、私を選んだ牧先輩は全く悪くないし、私だって何も悪いことをしていないはずなんだけれど。みんなの感情が鋭く刺さってきて、じわじわと体中を巡って、中をどろどろに腐らせてしまうんじゃないかというくらいに。みんなの黒い炎で焼かれて、灰すら残らなそうな。そんな怒りと憎悪を、私はひしひしと感じた。

 息もできないくらいの苦しさを覚えて、私は思わず牧先輩から視線を逸らせて俯いた。でも、三島先輩はやっぱり、誰にも有無を言わせないつもりで。

「はい、じゃあ、決定ね。吉崎、よろしく頼むよ」

 その一言で、牧先輩の後任は私に決まった。

 たしかに責任は重大だけれども、その思いに共感して、このお話の中で一番大好きだと思ってきたブリキちゃんの役を、まさか私が()れるだなんて。もしも私が抜擢されたらと空想したことが、まさか現実になるだなんて。せっかくの与えられたチャンスを、夢に見た光景を、しっかりと掴んで離さないようにしなければと、私は強く思った。そして、指名してくれた牧先輩に恥じることのないブリキちゃんを演じきらなければと誓った。


 それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう――。

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