味噌汁を作りに来てもいいですか?
キッチンには、今日であったばかりのはずの両親と美琴が仲良さそうに朝食を食べていた。
とても、初対面だとは思えない仲睦まじさで、家族団らんのときを過ごしていた。
「おはよう、彰人」
「お、おう」
朝は基本的に新聞を片手に眠そうな顔を浮かべている父さんが、美琴を前にしてデレデレしていた。
生まれてこのかた、父さんのこんな顔は見たことがなかった。
「なんだよ、彰人。こんなかわいい彼女を作りやがって」
「い、いや。昨日付き合い始めたばかりだから」
「美琴ちゃん。彰人に会いたくて仕方なくて、朝早くから押しかけてきちゃったんですってね~。本当にかわいい。彰人のお嫁さんになってくれないかしら」
「お嫁さんだなんて、そんな」
母さんも美琴をずっとかわいがりながら構い続けている。
違うよ、母さん。
美琴が朝早くから家に来たのは、俺の体を束縛するためだよ。
その子は、生粋の変態さんだよ?
娘のように美琴をかわいがる母さん。
美琴はあからさまに頬を赤らめながら、母さんの寵愛を受けていた。
家ではいつもあんな感じなんだろうか?
学校では絶対に見せない、猫をかぶった姿に言葉を失ってしまう。
どうして、彼女はこれまでクールな印象で学校の中で生きてこられたんだろ。
「さあ、彰人もそんなところに突っ立ってないで。早くご飯食べなさい」
「今日のご飯はすごいぞ? なんて言ったって、彰人が起きる前に美琴ちゃんが母さんと一緒に作ってくれたんだからな」
「え? 美琴が??」
美琴の方を見ると、彼女は恥ずかしそうにちょこんとうなずいた。
いったい、彼女はいつから家に来ていたのだろう。
俺を縛り上げてから、料理を作っていた?
いや、逆か?
俺は美琴が作ってくれたという味噌汁を口に運ぶ。
「うま!!」
素朴だけど素材の味が染みた味噌汁の味に、思わず感嘆の声が漏れ出てしまった。
学校のアイドルである秀寺院美琴に朝から味噌汁を作ってもらった、なんてクラスのみんなに言ったら、俺はどうなるんだろう。
俺がみそ汁の具材にされてしまうのだろうか。
「美琴ちゃんの作るお味噌汁、私とレシピは変わらないはずなのに、すごいおいしいのよね~」
「ありがとうございます。もしよろしければ、明日レシピをお教えします」
「あら本当? 明日も来てくれるの!!」
「お父様とお母様がよろしければ……私も彰人と一緒に朝ごはんが食べたいですし」
美琴が顔を赤らめながら放った、最後の一言。
その衝撃に、俺たち家族は全員ノックダウンした。
俺も思わず口にしていた味噌汁を拭きこぼしそうになる。
毎朝お味噌汁を作らせてください、ってそれもう実質プロポーズみたいなものじゃないか!!
美琴はその言葉の重さを知っているのか?
それとも、これも毎朝俺の家に上がり込むための口実だというのか??
彼女の意図を何とか汲み取らなきゃいけない。
そう言うことはわかっているはずなのに、目の前で爆弾級の可愛さを見せている美琴を前に、俺はもう何も考えることができなかった。
結局、俺たち家族はそのまましばらくの間時間が止まっていた。
「あ、彰人。もうでないとさすがに遅刻しちゃう」
「お、おう……」
美琴に手を引かれるままに、俺は家を出た。
手から伝わる美琴の体温は俺の高熱にかき消されてよく伝わってこなかった。
登校中周りからキャーキャー言われても、俺たちは手を離すことも忘れたまま昇降口へと駆けこんでいた。
あとから聞いた話だと、その日父さんはえぐい遅刻をして、こっぴどく叱られたそうだ。
叱られている最中も父さんは、上の空でただ「味噌汁」とつぶやいていたらしい。
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