私の腕はどう?
「おい美琴」
「どうしたの?」
「これは一体なんだ?」
「なにって……亀甲縛りっていうのよ!!」
朝からテンション高く回答してくれる美琴。
あまりの情報量の多さに俺の頭はついていかない。
とりあえず、状況を整理しよう。
昨日、美琴から告白されて付き合い始めた。
そして、翌朝目が覚めたら俺はどういう訳か、上半身裸で体を赤い縄が縛り上げていた。
美琴いわく、「亀甲縛り」なのだそうだ。俺も名前くらいは知っている。
そして、どういう訳か俺の部屋で、縄に縛られた俺の姿をうっとりした顔で眺めている美琴。
彼女からの衝撃の告白。
『束縛するのが好きといったでしょう?』
いやいや、束縛するって物理なのかよ。
「……どうやって、家の中に入ったんだよ?」
美琴にはいろいろと聞きたいことはあった。
だけど、まずは俺の頭でも簡単に理解できそうな質問から始めることにした。
まずは、どうして美琴が家に入って来ることができたのかだけでもちゃんとわかっておきたい。
「普通に玄関から」
「玄関からって、鍵締まっているだろう」
「ええ。だからちゃんと彰人のご両親にご挨拶して入れてもらったわ。『彰人の彼女です』って言ったら、お二人とも喜んで部屋まで案内してくれたわ」
「あいつら……」
最近「彼女くらい作らないのか」とうるさく聞いてきた母さんたち。
そんな中で、玄関開けたらこんな美少女が立っていたら、父さんたちも目の色かえてしまうことだろう。
美琴に告白されて付き合い始めた俺が言えることではないが、我ながら家族の単純さに笑ってしまう。
「……昨日の帰り道で、俺の家が知りたいって言ってたのもそう言うことだったのか」
「まあ」
美琴は嬉しそうに答える。
昨日の帰宅途中、俺が美琴の家まで一緒に帰ろうと思っていたら、美琴に先に「彰人の家が見てみたい」と言われてしまった。
結局、その後、俺が美琴に送られるような形で別れたことになった。
まさか、あれもこのための準備だったとは。
ウキウキで自分の家までの道のりを美琴に説明していた自分が情けない。
「どう? 私の縛り方?」
「え?」
「人に試してみたのはこれが初めてだけど、よくできているでしょう?」
美琴に言われて、俺は自分が美琴によって縛り上げられていたのだという事実を思い出す。
縛られているとは言っても、別に手足が拘束されているわけではない。
ただ、身体に縄の圧迫感が伝わってくるくらいだ。
こういうのはあまり詳しいわけではないが、もっと痛いものだと思っていた。
ただ、美琴が俺にかけた縛り方は、首から脇、腹にかけてちょうどいい圧迫感が押し寄せてくるくらいで苦痛はあまりなかった。
むしろ、何も言われなければ気持ちいいと思ってしまうほどに俺の体に自然となじんでいた……
「ふふっ。その様子だと満足してもらえたみたいね」
「なっ?!}
まじまじと自分の体を見つめる俺を。美琴は嬉しそうに眺めていた。
ひとつの芸術作品を眺めるみたいに、俺の体をうっとりと見とれているみたいだった。
美琴から、こんなに熱い視線を向けられると俺も少し恥ずかしい。
「って! そんなことを言っているわけじゃない!!!」
危ない。
冷静にこの状況を受け止めようとしている自分がいた。
あと一歩で美琴の危ない沼にはまる所だった。
まずは美琴に、この縄をほどいてもらわないと。
ーーピピピピピピピピピピピ!!
突然大音量で鳴り出すアラーム。
いつも俺がかけている目覚ましだ。
朝寝坊しないギリギリの時間の、最終手段のアラーム。
いつもなら、これが鳴る前に目覚めているのが日課だ。
「あら、もうこんな時間……急がないと遅刻しちゃうよ?」
「そうじゃねえか!!」
急いでベッドから身を起こす。
すぐに朝の支度をしないといけない。
「はい、着替え。放り投げられてたから、かけておいたわよ」
「ありがとう。助かる」
いつの間にか準備してくれていた制服に身を通し、すぐに朝の支度を始める。
今日の授業は国語と数学と、それから……特にかばんの中身は変えなくてよさそうだ。
「それじゃあ、私、先に下に降りているから彰人もすぐに来てね」
「お、おう!」
美琴の言葉を片耳で流しつつ、荷物の準備を整える。
生活指導の先生は厳しいからな、あまり遅刻で目を付けられたくはない。
荷物の準備が終わったら、すぐに部屋を出て洗面所へ駆けこむ。
このまま急いで顔も洗えば、何とか朝食の時間は確保できそうだ。
……ってあれ、何か忘れているような。
……何だっけ?
何とか朝の支度を終わらせ、キッチンへと向かう。
美琴が制服を用意してくれていたおかげで、遅刻にならずに済みそうだ。
朝から準備してくれているというのは、なかなかいいのかもしれないぞ。
「あら、おはよう。彰人」
「かあさん、おはよう……って」
何とか朝の支度を終わらせて向かったキッチンでは、当たり前のように美琴が混ざって朝食を食べていた。
「間に合ったのね。良かった」
彼女の顔を見た時、俺の体を締め付ける僅かな圧迫感が思い出された。