美琴と一緒に
「ね、ねえ。本当に入る?」
「ここまで来たら、さすがに入りたいな」
「そ、そうよね……」
俺は美琴に手を引かれるままに、彼女の部屋の前にまでやってきた。
上品なえんじ色の扉が俺たちを出迎えてくれる。
美琴はお母さんに煽られて俺を連れてきてしまったものの、最後の1歩でまだ躊躇している。
俺としてはここまで来たのなら、少しでもいいから美琴の部屋の中を見てみたい。
美琴が何を恥ずかしがっているのかはなんとなく想像はついている。
ここから先は彼女の聖域だ。
そこへ踏み込む事は、彼女の秘密を全て知るようなものだ。
けど、俺だってそんな秘密で彼女の事を嫌いになることはもうないだろう。
俺はとっくに、美琴に恥ずかしいところ晒しまくってるしな。
「美琴の部屋がどんなでも、俺は別に気にしないぞ?」
「本当に?」
「本当に。」
「……わかった。ちょっと待ってて」
そう言うと美琴は俺を待たせて先に部屋へ入っていった。
扉はサッと開いて、美琴の手の動きに合わせて即座に閉まってしまった。
その一瞬から漏れ出た匂いは、いつも美琴からするいい匂いそっくりだった。
(本当に美琴の家に来ているんだな)
急に彼女の家に来ているのだという意識が舞い戻ってきて、おれも思わず胸が高鳴る。
普段は知らない彼女の一面というのは、どうしてこうも嬉しいのだろう。
これから先も、こういう発見があるのなら嬉しいな。
そして、しばらく待った後に静かに扉が開く。
「ど、どうぞ」
「おう……」
美琴は扉の隙間からこっそり顔を覗かせて手招きしている。
中で大作業でもしていたのか、髪が少し乱れている。
そんな美琴に目がいきつつも、俺はゆっくりと扉を開く。
ほんのり漂っていた甘い匂いが、今度は鼻いっぱいに入ってくる。
本当にここが美琴の部屋なんだと思うと、ドキドキが止まらない。
美琴も初めて俺の部屋に入ってきた時はこんな感じだったのかな?
「ど、どう?」
「なんというか……予想はしてた」
扉を開いた先には、美琴の自慢のコレクションが並んでいた。
たくさんのクマさんのぬいぐるみがベッドの周りに並んでいる。
彼らは一匹残らず美琴の縄の試験体になっていた。
雑に縛られているクマ、綺麗な亀甲縛りを披露しているクマ、手足だけ縛られているクマ……
美琴の技術の成長に合わせてレベルアップしたであろうクマたちの姿が並べられていた。
ちっちゃい人形から俺と大きさは変わらないであろうクマちゃんまで、あらゆる趣向を凝らした形跡が見て取れた。
この部屋は言わば、彼女の秘密の核心の中の核心という訳だ。
美琴の部屋に並べられてたクマちゃんに近づいてみる。
縄で束縛された人形なんて見るのは初めてだったが、美琴からそんな話は聞いていたので予想はついていた。
「これ、全部1人でやったの?」
「うん」
「そりゃ、慣れてるわけだな」
初めて縛られているのを見た時は、いつこんな技術を身につけたのかと不思議に思った。
でも、この部屋を見ればその秘密もわかる。
この部屋の中には彼女の歴史が詰まっている。
1番古そうなクマちゃんは、何度か縫いつけたようなあとも見える。
きっと、ちっちゃい時から彼女は技術の進歩に興味を示していたのだろう。
その力はある種、職人と言っていい。
「……引いてない?」
「なんで?」
「なんでって、彼女の部屋がこんな変態じみた部屋だから……」
美琴は俺から1歩離れた位置に立っている。
意図的に距離を置いているようにも見える。
多分、俺に引かれないか怖くて踏み込めないのだろう。
……こんなことで嫌いになるわけがないのに。
「言っただろう? こんなことくらいじゃ嫌いにならないって」
「本当に?」
「ああ、本当に。この部屋も含めて、俺は美琴のことが好きだよ」
「彰人……ありがとう」
離れていた1歩を、ようやく美琴は踏み出してくれた。
俺の手を掴む美琴の手は、まだしっとりと湿っていた。
彼女がこんなになる時は、極度に緊張した時か、本当に嬉しい時だけだ。
きっと、今は両方だ。
「ねえ、彰人」
「なんだ?」
「……縛ってもいい?」
既に美琴の手には縄が握られている。
さっきホームセンターで買ったやつだ。
俺がこの部屋に入った時点でここまでも期待してたんだろうな。
「もちろん」
もちろん俺に拒否する理由はない。
俺は美琴に促されるままに上着を脱いで、クマたちの横へと腰を下ろした。
美琴はそんな俺を眺めながらいつも通り縄を解いて準備を始める。
「彰人が起きている間にやるのは、これが初めてだね」
「いつもは起きたら終わっているからな。どうやってやってるのかいつも不思議だよ」
「これくらいはもう慣れたものよ」
美琴は慣れた手つきで俺の体に縄を垂らす。
首筋を伝って、胸の前で交差して、それを繰り返して……少しずついつも通りの縛り方が出来上がっていく。
1度もミスせずに淡々とこなす彼女の姿はやはり職人だ。
この姿には思わず見惚れてしまう。
「ねえ、本当に嫌じゃない?」
「何度も言わせるなって。この時間も含めて、おれは好きだよ」
そりゃ、最初こそ驚くこともあったが、今ではこうやって美琴に縛られていることも含めて自分の1部になった。
きっとそのうち、縛られていないと落ち着かなくなる時が来るのだろう。
その時は美琴はどんな顔をするのだろうな。
俺は、美琴に惹かれている。
学校一の美少女としての秀寺院さんじゃなく、束縛が大好きなこの変態な美琴に。
きっと、いつの間にか俺の心はすっかり彼女に縛られていたのだろう。
そう思えるくらいに、この時間が俺にとっては心地が良かった。
「さあ、できたわよ」
「ほんとに早いんだな」
なんて考えている間に、美琴の戯れも終わった。
俺の体にはいつも通りの、圧迫感が舞い戻ってきていた。
縄は思いを伝って、俺に彼女の優しさを教えてくれているようだ。
このまま、俺の思いも彼女に届いているのならいいな。
「ふふっ、相変わらずいい出来ね」
「美琴のおかけだな」
完成した俺の姿を見た美琴の表情は、今まで見たどんな顔よりも綺麗に見えた。
お読みいただきありがとうございました!!
拙い物語でしたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ほぼほぼ初めて書くラブコメで、書くようなモチーフではないと思ったのですが……無事に完結することができてよかったです。
それでは、またどこかでお会いできれば。




