もう帰っちゃうの?
「お父さまと何の話をしていたの?」
「いや、その、ちょっと……結婚の約束をな」
「え、結婚? もう、お父様ったら、またその話をして……」
客室に戻ると、美琴はお母さんと茶菓子を楽しんでいた。
俺が結婚の話を持ち出しても、美琴はそこまで驚いているような様子はなかった。
まんざらでもない様子だし、もしかしたら今日までにも相当この話はついていたのかもしれない。
俺がお父さんを恐れていた気持ちは最初から杞憂だったということか。
いや、あんなにいかついお父さまが現れたんだから、怖がるのは仕方ない……よね?
かくいうお父さまは、俺との話を終えた後にはぐったりした様子でどこかへ行ってしまった。
「娘のことは託したぞ」とだけ言い残して、去っていく姿はお父さまというよりかは、パパだった。
美琴の話をするために、どうやら相当体力を使っていたみたいだな。
見た目以上に、お父さんも苦労しているんだろう。
今度は、二人きりで話をしてみたいものだな。
「さて、お父様へのごあいさつも終わったし、帰ろうか」
「え? お、おう」
俺が戻って来るのを見ると、美琴はすぐに立ち上がって俺の手を引いた。
もう俺にとっての恐怖は過ぎ去ったので、せっかくだからおいしい紅茶を飲みたかったのだが。
まだ、行きたいデート先でもあるんだろうか。
「え~もう帰っちゃうの? せっかく彰人君が家まで来てくれたんだから、私にもお話させてよ~」
「彰人はお父さまといっぱい話したんだから、もう疲れているの!!」
「いいじゃない。娘がいつも楽しそうに話している彼氏さんなんだから、私だって興味あるの!!」
「ちょっと、お母様。その話は!!」
わかりやすく焦っている美琴。
美琴のおかあさんは、わがままを言っているようで何だか楽しそうだ。
美琴が早く出て行こうとしていた原因はこの人か。
「ねえ、知ってる? 彰人君。美琴ったら、最近、家ではいつも彰人君の話ばかりするのよ。彰人君のこんなところがかっこよかったとか。どんな匂いがしたとか。私から聞いていないのにすぐに話し始めちゃうんだから」
「そうなんですか?」
「本当よ。今日だって、デートに来ていく服をどれにしたらいいのか、朝からずっと悩み続けていたんだから。家中の服を引っ張り出して迷い続けて、服が選べたと思ったら今度はおめかしに時間かけて……朝から張り切っちゃってて本当にかわいかったのよ?」
「お、おかあさま!!!!」
恥ずかしそうに叫ぶ美琴の顔を覗く。
もうすでに美琴は恥ずかしさのあまり真っ赤に頬を紅潮させていた。
いつもは余裕ありげにからかって見せる美琴の、こんな表情が見れるとは思っても見なかった。
家の中で、俺のことを楽しそうに語ってくれる美琴の姿を想像したら、俺の方もなんだか照れてきてしまった。
それによかった。
今日のデートで張り切っていたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
美琴が自分と会うために、時間を費やしてくれたのだという事実がなんだかとてもうれしかった。
それにしてもこのおかあさん、よくしゃべる。
美琴に反撃の余地を許さないまま、彼女が恥ずかしがる秘密を楽しそうに暴露してくれた。
多分、この家の中での最高権力者はこの人なのだろう。
美琴すらも手のひらの上で転がしてしまうこの技量。
俺も見習いたいところだ。
いや、見習おうとしているあいだに、俺も気が付けば手中に収まっているのか?
「も、もうたくさん話したでしょ? ほら、彰人行くわよ!!」
「あら、せっかく家にまで来てくれたんだから、美琴のお部屋くらい案内したら?」
「な、なんで?」
お母さんの提案に、美琴は心底嫌そうな顔を浮かべる。
美琴の部屋か。
見れるのなら、相当気になるな……
「いつも美琴ばかり彰人くんのお部屋に行っているのだから、たまには美琴もお部屋に連れていってあげないと」
「それはそうだけど、別に今日じゃなくても……」
「いいじゃない。ね?」
「う、うう……」
美琴は諦めたようにため息をついた。
すこし迷ってから、美琴は俺の手を引くように歩き始めた。
「美琴、別に見せたくないなら、俺はいかなくてもいいぞ?」
「いえ。せっかく来たんだもの……いつかは彰人に見せようと思っていたから、それなら、今日見てもらおうかな」
後ろでは、美琴のお母さんが楽しそうに手を振っている。
美琴の部屋に何があるのだろう?
それをお母さんは知っているのかな?
何はともあれ、俺は美琴に手を引かれながら彼女の部屋へと向かうのだった。
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間違いなく家族のボス
次回で完結です。




