大魔王は最期に、勇者を憐れむ
薄暗い城の中へ、一人の青年が訪れた。
黄を基調とした服に、青の刺繍の施された服。そして金の鎧を纏い、白銀の剣を携える。
そんな青年に、我は静かに口を開く。
「来たか、勇者よ」
「魔王、貴様を今日。ここで討ち滅ぼす」
青年……いや、勇者は剣を構える。我は玉座から動かずに勇者を見つめる。
「どうした魔王、何故戦おうとしない!?」
勇者の問いに、我は目を伏せる。
「貴様とは何度も死闘を繰り広げた。その貴様に討たれると言うのなら、それも一興よ」
「巫山戯るな!」
勇者が間合いを詰め、我の顔へ向けて剣を突き刺す。
それでも我は、抵抗しなかった。
剣が我の頬を掠り、赤い雫が頬を伝って流れ落ちる。
「……勇者、貴様に問う。何故人間などを守る?」
「俺が勇者として生まれたからだ」
「貴様はそれで幸せだったのか?」
「なん、だと……?」
我の一言に、勇者の剣を握る手が緩む。
「貴様は勇者として、我が眷属や配下達を討ち滅ぼした。だがそれは人間に指示されてのこと。貴様の意思ではなかろう?」
「だ……ま、れ」
「我は王として、同胞達の暮らしを守ってきた。只日々を平穏に暮らしたいと願っただけだった。そして我らは抵抗もせず、死に絶えて逝った」
「黙、れ」
「勇者、本当に人間など守る価値などあるのか?」
「黙れ!!」
勇者の声が響き渡る。
「俺は勇者だ! 勇者として生まれた! 貴様を倒す、それだけの為に!!」
親も知らず、物心ついた時から勇者として育てられた。
「何百、何千と貴様の仲間達を殺した! それでも俺は、勇者としてお前達を一人残らず殺さねばならない! それが俺の! 唯一、存在していい証だ……!」
勇者として、人間を守らなければならない。
勇者として、魔族を滅ぼさねばならない。
そうでなくては、存在する価値がない。
幼少期から刷り込まれてきた、己の存在意義。
「俺はお前を倒さねば、存在を許されない……!」
「貴様は本当に、悲しい男だな……」
膝をつく勇者を見下げる。
「勇者よ、貴様との茶番にも飽きた。ここで終わらせる」
我は立ち上がり、天に向けて腕を伸ばす。
「最後に貴様らの望む真の魔王となり、世界を滅ぼしてやろう」
「止めろ!」
鋭い切っ先が、我の胸を突き刺す。
「勇者よ、最期に貴様に問う。……名は何だ?」
「俺は勇者だ。名など無い」
「奇遇だな。我もだ」
我も生まれた時から魔王として育てられた。
立場は違えど、境遇は同じ。
「来世では貴様とは友でありたいものだ」
そして、我は消滅した。
お読みいただきありがとうございます。
魔族を滅ぼす以外に、存在意義を認められなかった勇者。
そして最後の魔族であり、そんな勇者を憐れんだ魔王の切ない物語でした。
こちら連載(予定)の物語に続く、勇者と魔王のちょっとしたお話。
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