親心子知らず
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即興小説トレーニング
を使って、制限時間30分、お題:大人の計算 で書いたものです。
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おもちゃを買うために連れて行った百貨店で、息子はあきらかに途方に暮れていた。
三歳児の背中を見てそう思うのもおかしなことだが、立ちすくみ、絶句している様子は他に表現しようがなかった。
子どもを育てる経験はこれが初めてだし、百貨店に連れてきたのも初めてなので、どれが正解かもわからない。
しかし、たくさんおもちゃが並ぶ空間に来たなら、きっとはしゃぎ回るだろうという目算は大きく外れてしまって、どうしたものか、と小人の黒いつむじをじっと見る。
息子はぐるりと首を回してわたしを見上げた。
わたしと同じ蒼い瞳が、大きく見開かれてじっとわたしの表情を伺っていた。
「なにか、欲しいものはないか、イェルク?」
わたしはにっこりと笑って尋ねる。
初めての場所で緊張しているのだろう。
なので、わたしは手近なところにあった幼児用知育玩具を手に取り、紐を引っ張ってみた。
付属の鳥が鳴いた。
「なにか、おもしろいものはないか、探してごらん」
息子はわたしを凝視したまま驚愕し、震えた。
と表現してもかまわないくらいの反応をした。
わたしは笑えばいいのか驚けばいいのかわからなくて、しばし硬直した息子と見つめ合った。
少しして、深刻な表情で息子は頷き、一歩、また一歩とおもちゃ売り場へと踏み込んだ。
その背はまるで戦場に赴く傭兵のようであった。
結局、買ったのはなんの変哲もないボールひとつだった。
家に帰ったら、そのボールに見向きもせずに、庭で拾った棒を持って不思議な踊りをしている。
「なんでも欲しいものは買ってやりたかったんだがなあ……」
ぼやいた親心なんて伝わらないだろう。
なにを考えているのかさっぱりだ。
大人は大人、子どもは子どもだ。