わたしの名前はリリー。-Ich heiße Lilie. -
わたしの名前はリリー。
長い栗毛と美脚が自慢の淑 女よ。
わたしとってもきれいだから、周りの男どもはみんなわたしにべた惚れなの。
イェルンなんかいつでも挨拶してきて、隙きあらば髪を撫でようとしてくるのよ。
わたし、そんな安い女じゃないわってこと知らせるために、その度に少し距離を取るの。
それにわたしには心に決めた人がいるの。
誰よりもわたしのことを理解してくれて、誰よりもわたしのことを愛してくれる人よ。
いつでもわたしの気持ちを理解してくれて、いつでもわたしのことを考えてくれる。
きっとあの人がわたしの運命の人なんだわ。
ほら今日も来てくれた。
「リリー」
一番にわたしに笑顔を向けてくれるの。
わたしは挨拶を返して、髪を撫でてもらったわ。
それだけでわたしは満たされた気持ちになるの。
わたしは一番愛されてるって。
「今日は天気が悪いから、一緒に出かけられないよ」
わたしがキスをねだったら、鼻先にひとつ落としてくれて、彼はそう言ったわ。
仕方がないわ、男の人は仕事があるのだもの。
わたし、聞き分けが良い女なの。
イェルンとユリウスが彼に着いて行って、今日のお仕事のお手伝いをするんですって。
待つ時間だって、愛を育むのに大切なものなのよ。
「リリー」
また声をかけられたわ。
次は黒毛の小さい女の子。
時々わたしに挨拶をしに来るの。
小さすぎてちゃんと歩いているのが不思議。
きっと走ったらわたしの方が早いわ。
だって、とっても小さくて、本当に心配になるくらいなんだもの。
たくさん食べなきゃ大きくなれないわよ。
来る度にあげてるご飯、ちゃんと食べているのかしら?全然大きくならないわ。
仕方ないわね、今日はおやつもつけてあげる。
大サービスなんだから。
「ありがとう、リリー。
あなたは本当に優しくて素敵な淑女ね」
そうでしょう。
あなたもたくさん食べてわたしみたいにおなりなさい。
「お嬢様、準備ができました」
わたしの愛しの人が顔を出して、黒毛の女の子に言ったわ。
「今参ります。
ではリリー、御前失礼致しますわね?」
頭を下げて女の子は言った。
いいわよ、またいらっしゃいな。
ちゃんと食べて大きくなるのよ?じゃないとわたしみたいにきれいになれないんだから。
ちょっと心配な子だけど、こうしてわたしが面倒を見ているうちはきっと大丈夫ね。
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「今日は、リリーがりんごをくれました」
嬉しそうにいくらかの乾草とりんごを持ちながら厩舎管理室で言うルドヴィカに、ツェーザルはため息をついた。
「お召し物が汚れますので、どうか厩舎には入らないでください」
言ってみるのも何回目かわからないが、ツェーザルのこの愛らしい主は、自分の名前の頭文字を取って名付けられた雌馬がとてもお気に入りで聞き入れてくれた例がない。
乾草とりんごを受け取って、ルドヴィカ用にと置いてある羽ブラシでその服を払う。
「だって、リリーはとても気遣いのできる素晴らしい女性なのですもの。
時々会いたくなるのですわ」
それについてはツェーザルも異論はなかったので、渋々頷いた。
「そうですね、彼女はとても賢い馬です」
促して馬車へと向かうと、主の直属のでかい従者が馬の首を撫でていた。
「おー、よかった、今日こいつらで!」
心底そう思っているように言うので、「何故」とひとことツェーザルは呟いた。
「だあああってさぁ、あの雌馬、俺のこと見たら威嚇するんだぜ?!信じられなくねぇ?シャファト家に仕える年数は俺のが上なのに!」
「なんか、餌をたかりに来られたとでも思うんだろう。
わたしにはそんなことあり得ない」
「いやツェーザルは別でしょ?!厩舎番だし?!餌なんて狙ってないし?!なにそれ濡れ衣なんだけど?!」
「彼女は気位が高いんだ、機嫌を損ねたお前が悪い」
「なんだよそれ、え、挽回の余地なし?え、まじで俺今後も威嚇されんの?それどうにかすんのって厩舎番の仕事じゃないの?」
「知るか、早く乗れ」
すでに主の手を取って馬車に乗せた。
腑に落ちない様子ででかい男は続いて乗り込んだ。
御者台に乗り込んで、ツェーザルは連絡窓を開く。
「お嬢様、どちらまで?」
玉虫色のクッションを抱いた小さな主は、小窓の中で微笑んで言った。
「ダ・ コスタ商会へ」
男二人は目を見開いて、小さな窓越しに目を見合わせた。
急かすように芦毛のイェルンが一声鳴いた。