第1話「偽の道徳の法と真の道徳の解放」
あなたは、道徳をどう思うか。どう認識しているのだろうか。試しに、例を挙げよう。あなたは今、用事で遠出している。あちこち足を動かし、とんでもなく疲れたので電車に乗ったら駅に着くまで寝ようと思っている。そして今、やっとのことで電車に乗り一つ席に座った。降りる駅までは60分ある。寝ようとすると、目の前に年老いた老人が押し出されてきた。老人は自分ほどではないが疲れているとしよう。あなたはこの後なにを思い、どうする。
これは優しさを問う問題ではなく、あくまでも道徳の問題である。
第1話「偽の道徳の法と真の道徳の解放」
上野恋華は果てしなく悩んでいた。言うまでもない。予測できなかった未来の変化だ。
(おかしいな。あの子供を助けたことがきっかけには・・・・ならないだろうけどな。う~~ん。分からん。解せぬ。不可思議だ。真相は闇の中か・・・・・・。)
悩みまくって2時間が経過したが、全くわからず机に恋華は突っ伏した。かなり今更だが恋華は神様であり、住んでいるところは孤独死したおばあちゃんの家だ。家そのものはかなりシックで素朴感がある。時代の流れに乗り遅れた貴族の家みたいなところに住んでいる。名前の方もおばあちゃんからとっている。恋華は長すぎる黒い髪の毛をいじりながら昨日の出来事を鮮明に思い返す。特にと言って思い当たる節がなく、苦悩するも結局分からず唸る。
恋華は神様なので何でもできると言えばできるが、
「歴史変えると面倒なんだよね~。はははは、いやいや笑い事じゃぁ無いんだよね・・・・・・。」
歴史を変えるとなると死ななかったはずの魂が逝っちゃったり、住んでいる建物が変わったり、付き合っていたあの2人が出会わなかったりとその処理が大変極まりないのである。少しの前提が違うだけで結果が大きく変わる。これを初期値鋭敏性というらしい。
恋華はそれが面倒なのでやらないだけで、その気になったら歴史どころか生物の仕組みすらも掌握できるのだ。しかし、それを恋華はしない。
(もしも歴史を消しても、人々の記憶が変わっても、私が覚えているからずっと疑問を抱えたままになるんだよね。・・・・)
ふと古時計を見ると2時になりつつあった。時計の針が記号の上を一定の速さで駆けている。数字を通るたびに歯車同士がぶつかる音が聞こえる。沈黙が恋華のいる部屋を支配している。暇なうえに一人じゃ解けないような問題を抱え、溜息を吐く。
「・・・・・・・気晴らしに散歩しに行こうかな・・・・。」
結果として、恋華は気晴らしに外に出るのであった。
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今分かったことなのだが、恋華が住んでいる家から20mほど先に駅がある。ここから電車に乗ると5分程度で学校につく。恋華は入学式に走っていった自分がばからしくなり、今度からは電車で行こうと思うのであった。
「ふ~ん。ふんふん。最近の電車は便利になったねー。この前私が見たのは石炭を燃料にしていたな。」
と、何十年前の話をしてんだ!と突っ込みを入れたくなるぐらい前のことを言う恋華。彼女は一応定期券を買って電車に乗る。
「おぉ~~。案外温かいですね。前は季節の変化で室温が決まっていたのに・・・・」
呆れを通り越して「何歳なんだよ可愛いな此奴」と温かい目線を送りたくなる。一応恋華は今月号の雑誌に載っていたオシャレな服を着ている。星章の制服を着る必要がないからだ。休日ということもある。
恋華は神様ではあるが、神の力を使わなければ電車に興味津々な絶大美女にしか見えないので、神様としては都合がいい。恋華は周りの乗客を眺めていると、ある1人の男子高校生に目がいった。
男子高校生は星章学園の制服を着ており、ぼさぼさの白がかった茶髪をしており、尋常ではない殺気を帯びて腐りにくさって毒キノコを生えそうな目を除けば、そこらの美女ならモテそうな風格である。耳にはイヤホンを付けており、手でスマホをいじくっている。恋華はその男子に見覚えがあった。それは、
(・・・・っあーーーーーーッ!!!!生徒会委員長を論破していた人だーー。)
全くその通りなのだが、あの時は委員長が悪かったのであって、決してその男子が悪いというわけではない。恋華は正直言って彼が苦手である。
(言動と、・・・あと目!!なんか周りと違った世界を過ごしていますって感じのオーラ。そしてあの目怖っっ。触れるものすべて八つ裂きにしそう。うーーーん、弁護士とか国会議員になったらスゴソウ。レポーターでも首脳論破しそう。)
そんなことを考えている間に、席はどんどん人であふれた。通りすがる家族の子供が恋華に、「おねーさん。きれー。」、「かわいーい。私もおねーさんみたいになりたーい」と声をかけたり、手を振って賞賛を送る。恋華は優しく、1人1人に「ありがとう」と言っていく。その声が美しすぎるため、周りにいる人々がちらちらと恋華を見る。席に座っていても、彼らが小さすぎるので上から目線になってしまうが。
「おー、姉ちゃん。見ねえ顔だが引越してきたのか?」
と、しわがれた声で隣に老人が腰を下ろす。見た目では70歳後半ではないかと思うくらい老けており、白髪に、白い眼と青い眼のオッドアイ、日本人なのだろうが遠くから見れば外国人に見えなくもない。白いひげが生えており、笑顔をするのが多いのか頬が若く見える。
恋華はとりあえず「はい」とだけ答えた。それ以上答える必要がないからだ。老人は少し宙を見て、そのあと急に我に返り、恋華に言った。
「あ~~~~!姉ちゃん、上野さんじゃぁねかったっけ。思い出したぞ。上野恋華じゃったな。たぁしか、一人暮らししてるっつぅお嬢さんだった・・・・・・・・・っけ???」
(なぜそこで疑問形になったの!?・・・・っけ???って、はてなマークを3つも付けないでよ。)
老人の頭の上には❔が3個ほど浮かんでいた。恋華は内心で突っ込みを入れた。聞いた瞬間ずっこけそうになったが、自分で自分の設定を作っておいてその設定を忘れてしまう自分の方にずっこけた。
(そういえば、そういう設定だったな~。完璧に記憶から消去されていたな~。)
という有様なのだから致し方ない。
「まぁ、そうですけど。」
恋華は冷静を取り戻し、返答する。その答えに老人は、「おお!やっぱりか。」とかなんとか勝手に納得する。
どれくらいの時間がたったのだろうか。電車に乗り続け15分。電車は駅に着いた。
恋華はここらへんで降りようかと考えていたまさにその時だった。
「よいせっと、ふ~~、やっと乗れた。ちょっと、君。わしの通行の邪魔。」
恋華が降りようとしたとき、ドアが開いたその時、『壁』が現れた。否、壁ではなく大量の荷物を抱えた老人だった。見た目杉田玄白じゃね?というレベルで杉田玄白によく似た顔つきの老人が恋華を押しのけて電車内に強引に入ってきたのだ。恋華は手すりと老人の荷物に挟まれるような状況になっている中、老人は、そんなことはわしには関係ないと言わんばかりの顔つきで恋華を罵倒する。
「早くどきなさい。わしが困っているじゃろうが。あんたの目は節穴か。えぇ!ここに困っとる老人がおるじゃろうが。もっと周りをよく見て行動しなさい。分かったんなら返事は?」
「・・・・え?・・・・・」
荷物と手すりの間に挟まれもみくちゃ状態になっているため、老人が何を言っているのか良くわからないので、恋華は反応に困る。
「え?じゃない!人の話を聴いとらんかったのか!そんなもの、常識だろうが!可愛い顔してろくな事せんな。君。わしは今大量の荷物を持っている。君はどうするべきか答えよ。」
大量の荷物(脅し道具)を恋華にちらつかせながら老人は超々上から目線で尋ねる。勿論、恋華は神様なので人間の言う常識がよくわからない。だからこそ、沈黙をするしかないのである。老人はその態度に堪忍袋の緒が切れ、より恋華を罵る。
「なぜわからん。こんなもの常識中の常識、最低限人間に必要な道徳だぞ。いいか、あんたはわしに、『荷物重そうですね。全てお持ちして、十分に座れる席を確保するので少々お待ちください。』と言って、床に頭こすりつけて『お願いします。なにとぞ、なにとぞ。』と土下座をするんだ。そのあと、わしが十分に座れる席を秒で用意して、『座り加減はどうでしょうか。お気に召さなければ、他を用意します』と言って、わしが降りるまで荷物を床に卸すことなくずっと持ち続けるのだ。・・・・」
恋華の隣に座っていた老人が、「あんた、そりゃ自己中すぎるだろう」と非難すると、
「わしはあんたよりずっと年上だ。今年で82だぞ。敬語を使わんか敬語を。当たり前、常識、道徳じゃろうて。」
と一括する。自分こそが一番大切と言わんばかりに老人は王様気分で迷惑をかけまくる。まさに暴君、タイラントだ。だがそんな迷惑もおさらばだ。自己の権利しか言わない道徳老いぼれには、ひねくれれきった哲学思考のいろいろ拗らせすぎる少年だ。
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めんどくさい奴が現れた。年さえ大きければ何言ってもいいのかよ・・・・。
・・・・・・・・・・しょうもねえ。
あの平安時代にいそうな女子にめっちゃ迷惑かけてるじゃあねえか。周りの奴らも気にする様子がねえし、しっかしあの老人優しいな。あの女子の肩を持つのか。
・・・・・・・・・・はぁ。
俺も曲を聴いている風に見えるが全然聞いてないんだよなぁ。あの老人うるせぇな。
・・・・・・・・・・めんどくせぇ。
俺は”あいつ”とのLINEをいったん中断し、電源を切る。
もしも爺さんの言う『道徳』が『普通』ならば、その道徳は間違っている。自分より他人を大事にしろってのは道徳じゃぁない。そんな言葉で俺らを縛るな。
・・・・・・・・・・・ふ。
足を組み、思ったことを行動に示す。
・・・・・・・・・・・くっ。
・・・・・・・・・・・か。
心臓が何かに憑りつかれたかのように、肺に空気が入る。元々心臓に、肺に、脳にあった違和感が空気のように軽くなった気がした。
これは極限状態でもなければ、無我の境地でもない。別の何か。
あの少女が罵倒されている中、この静まりきって、少し音を出しただけで首が飛びそうな雰囲気の中、俺は思った。
自分より周り、自分のことより周りのこと。それをしないと上司の機嫌を取れないし、社会にもなじめない。それを人間は、『道徳』だの『普通』だの『常識』だのと言うが、それが真実なら人間は他人の奴隷だ。法だ。脅し文句だ。
違う。道徳は今さっき俺らがやっていたことだ。人間はそれを勘違いする。だからこの世界は間違っている。
この世界は変えられない。だが自分は変えられる。さて、どう変わるか?どう変えるか?
簡単だ。
答えは。
女子は困った顔で、泣きかけている。どうでもいい。
老人は激烈な罵倒で女子を非難している。しょうもない。
老人は沈黙を守っている。めんどくさい。
周りの人は、できるだけ見ないように新聞やスマホを見ている。
俺は、曲も聞いていないしスマホも見ていない。
俺はずっと老人の罵倒を聴いている。
俺は周りの空気に流されない。
俺は人が嫌いである。
俺は人間が恐ろしい。
俺は神が嫌いだ。
俺は空気を読めない。
俺は拗らせすぎている。
俺は、自分を、変えられる。
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私はひたすらにわけが分からなかった。
一応人間の感覚に合わせているので、罵倒されていると悲しくなる。
周囲の人間の心を読むと、
関わりたくない。
あの女子可愛いけど、老人に怒られるのは嫌だ。
おねーちゃんが可哀そう。でも怖い。
怖い。
老人に逆らったら何ていわれるやら。
怖いけど、仕方ない。
うるさいけど、こっちにまで被害が及ぶのは勘弁だ。
ああ、あの女子早く老人の言うことを聴いてればいいのに。
早く土下座しろよ。うるさくて曲が耳に入ってこない。
怖い。
うるさい。
でも、怖い。
・・・・・めんどくさい。
結局他人は他人でもしものことがあると、すぐに自分を優先し他人を蹴落とす。他人を犠牲にしてでも自分を生き永らえさせようとする。そんな感じの言葉を誰かが言っていた。
・・・・・・人間が恐ろしい。
誰かがそんなことを思った。
恋華は、みんなの為にも土下座をしようとする。人間の感情が神様の感情を一時的に凌駕している。泣きたい気持ちを抑えながらも床にへたり込んだ。
ようやく座った。
怖い。
早く土下座しろよ。
早く解放されたい。
うるさい。
早くしろ。
早く。
早く。
早く。
人の気持ちが分かってしまうとつらく悲しいものだ。聞かない方がいいことまで聞こえてしまう。
せかすような他人の声が頭に響く。
悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。なんで。なんで。なんで。私が、私だけがこんな目に。悲しさってこういうことを言うのだろうか。なんでそんなことを言うのだろか。分からない。分からない。分からない。
私は、一体なぜこういう風に思われているのだろうか。
老人の脳内を見てみた。
常識常識常識常識わしはこの小娘より長生きしとる。当たり前当たり前当たり前当たり前なぜこやつは跪かんのだ。普通普通普通普通普通早く手伝え。なぜこやつは普通が分からんのだ。普通じゃぞ普通。常識がなっとらん。何年間生きて来とんじゃこいつは。常識なのに。当たり前のことを当たり前のようにやらなきゃならん。なぜ当たり前が分からん。当たり前なのに。
こやつは道徳ができておらん。出来損ないだ。出来損ない。そうでなくばわしの手伝いをするはずだ。
何が普通なの。何が当たり前なの。何が常識なの。それをやればいいのだろうか。それをやれば、この重苦しい雰囲気から解放されるのだろうか。
そういう風に思った時、ふとかすれた未来が見えた。ぼうっとして良く見えないけれど、確かに見えた。泣きそうで、今にも崩れ落ちそうな私を放っておいて、別の世界に住んでいるような、彼の姿が。
私はここでは崩れるべきではないと思い、もう一度立ち上がった。
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恋華は人間の感情に押されながら、必死に立とうと踏ん張った。だが、ふと足が、地に着いていた足が宙に浮いた感覚を覚えた。
「」
老人が何か言ったが、顔を床にぶつけた痛みでよく聞こえなかった。恋華は周囲を見ると、多くの人が驚いた顔をしている。手で口を覆っている人もいる。
何か自分の顔に異変があったのか、口元を手でなぞる。すると、ひりッとした痛みとともに水のような液体の感触を覚えた。恋華はそれを目の前に持ってきたそれは、
血だった。
「この出来損ないが!なぜ普通が分からん。なぜ当たり前が分からん。なぜ常識が分からん。なぜ道徳が分からん。なぜ!--------!!!!!」
老人は叫び声をあげると、手に持っていた(荷物で見えなかった)杖を柱に打ち付けた。甲高い音が辺りに伝わる。恋華は理解した。老人が激怒して杖で恋華の足を叩くように薙ぎ払ったのだ。それで真正面から床に衝突し、唇が切れたのだ。
早く謝らないと、と脳が恋華に指令を送る。
恋華は、ゆっくりと立ち上がろうとすると老人が杖で恋華の背中を小突いた。
「うっ」
呻き、恋華は倒れた。ツボだったのか背中を抑えている。ここで神様に戻り歴史を変えるのも面倒だと思い、どうしようか思考していると、老人がさらに罵声を浴びせる。
「起きろ。出来損ない。謝れ。そして、道徳しろ。早く!!普通だろうが、当たり前だろうが、常識だろうが!!!」
恋華は、悲しさでいっぱいになり、人間の感情に押され涙が出る。
そんな理不尽な光景にさらに理不尽な一言が漏れる。
「は~~~~~~~~~。しょうもねえ。」
「!?」
その声は場違いにもほどがあり、電車内にいる全員にいきわたるような大きな声だった。
周囲の人が全員驚いた表情になった。視線はすべて、優先座席に集まった。多分その中で一番その声が気に食わなかったのは老人だろう。老人は、声のする方向に行く。そこには大胆にも優先座席をすべて使って音楽を聴くふりをする少年の姿があった。
「しょうもないとはなんだ。」
老人が口を開き、重々しく尋ねる。しかし、少年はそれに応じる様子は無く、ただ沈黙を守り、一言。
「・・・・・・はぁ。しょうもねぇ。・・・・・。」
老人はその少年の言葉に余計いら立ちを覚えたのか、少年の付けているイヤホンを抜き取った。
瞬間、恋華は少年の目の色が変わったような気がした。
「あのさぁ、君、うるさいんだよ。人がこうやって休んでいたところでイヤホンを引っ張るなんてさ、人としてどうかと思うんだよね。君、それでも人間?腹立たしくて反吐が出るよ。」
老人は一瞬固まったが、すぐに口を開く。反論だ。
「君こそなっていないね道徳が。なんでまた優先座席全部使っているんだ。君は学生だろう。わしは老人じゃぞ。跪いて席を譲るのは普通じゃろうが。」
彼はその言葉をまるで気にしていないのか、何も映っていない混沌の目が一段と鋭くなり、老人を見据えて反論に出る。
「あのさぁ、僕は『イヤホンをなぜ抜き取ったのか』を聴いているのに、何で話題変えるのかな。話をそらさないでくれないかな。それは人間として普通のことだしさ、普通普通言ってる君がなんで守れないのかな。それって僕の権利の侵害だよねえ。そこらへんはどうなの君。はぁ、というかそもそもそれってさ、普通なの?まず普通って何なの。イヤホンどうのこうのの前に君の言う普通、当たり前、常識、道徳って何なの。それがそもそもの原因じゃん。はぁ、早く言いなよ。言えないの?」
老人は彼の煽りを受けて顔を紅潮させている。怒りで持っている杖を握る強さが増す。額に血管が浮かび上がる。それすらも関係ないように彼は言葉の刃を磨く。
「あのさぁ、普通とか当たり前とかはまぁいいとしてさ、道徳って何なの。君の言う道徳ってホントどうなってるのかな。何、そんな顔を赤くしないで答えなよ。別に難しい問題じゃない。君の言う道徳を一から十まで説明してみなよ。簡単でしょ。」
言い終えた瞬間金属音が響いた。老人が杖で手すりを思いっきり叩いたのだ。老人は少年を見据えると深呼吸し、返答を返した。
「道徳とは、自分より他人を優先し、他人を気遣い、他人を大切にする。他人のことを考え、他人のために、自分を犠牲にしてでも他人の幸福を願い、他人の幸福を作る。他人をいつくしみ、他人に捧げ、他人の過ちを直し、他人を尊敬する。他人を欺いてはならない。他人を苦しませてはいけない。例え自分が苦しもうとも、すべてを失い絶望しても、すべてを敵に回しても、ただひたすらに、一心不乱に他人の幸せのために行動し、自分の財を捧げる。例え命だろうと、恋人だろうと、内臓だろうと、飯だろうと、衣類だろうと、家だろうと、身体だろうと、労働だろうと、力だろうと、他人のためになることはすべて行い、自分の損害を後回しに、他人を最優先に、他人の望むものを与え、他人の望まないものを消す。それが道徳であって、この世界に生きるための最低限の条件だ。他人が老人だったらなおさらだ。これを守れないお前たちは出来損ないだ。特になんだお前は!老人に尊敬語すらも使わないとは!わしに向かって『君』じゃと。何様のつもりだお前は。」
少年はそのすべてを聞き取り、脳内で採点を行う。結果は、
「君の言う道徳は道徳じゃない。ゴキブリよりひどいな。」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!!」
老人は完璧に激昂し、杖で少年の足を叩く。
恋華はすぐさま透視能力で少年の足を確認した。そしてほっと息を吐く。どうやら折れてはいないようだ。だが、少年はというと。
「がっ!ゴホゲホ!」
目を見開き、足を抑えて吐血する。猩々緋の鮮血が少年の口からドバドバと産み落とされる。それをまじかで見た人々は叫び声を挙げている。恋華も我を忘れて少年のもとに駆け寄り、ばれないように少年の足の痛みを和らげていく。それを見た老人は、怒りに我を忘れているのかもう一度杖を振り上げる。狙っているのは頭だった。恋華はすぐさま少年の体を除けさせようとする。老人は勢いよく杖を振る。だが、その打撃は行われなかった。それはというと。
「やめたまえ。いくらわしより老人だろうと未来を背負う子供を痛めつける大人を見過ごすわけにはいかない。」
先ほどまで恋華と話をしていた老人が片手で止めていたのだ。
「その杖を放しなさい。杖は子供傷つける道具ではない。」
老人は持っていた杖を落とす。止めた老人の目つきは覇気の概念を超えたところにあった。そのころ、少年は恋華による治癒で回復すると、研ぎ終わった刃を片手に、老人に向かう。
「あのさぁ、そんなにぐちぐち言う元気があるのならさ、別に立ったままでも大丈夫じゃないの。しかもさ、僕に対しての態度がなっていないよねえ。僕はあくまでも話をしようとしたのにさ、暴力。っふ。暴力。くく。暴力。暴力暴力暴力暴力。君はさ、自分が年老いているから特別だと思ってるよね。あのさぁ、過去にどんな辛いことがあったのか知らないけど、人に、人の、人に対して、何の権限があって僕、いや、この女の子もそうだ。この列車に乗っている全員の権利を、人権を、自由権を侵害しているのかな。そんなこと許せないよ。許してたまるか。僕が、僕の権利を、僕の人・・・・いや、僕の権利を侵害しておいて自分はゆうゆうとのさばっているなんてさ。君は何で侵害する。暴力で人を、人権を制限するな。支配するな。君の個人的な理由で他人を巻き込むな。そんなもん道徳でも当たり前でも常識でもない。自己中だ。君の道徳は偽物の道徳だ。」
年寄りの顔が一気に紅潮していく。老人に腕をつかまれているにもかかわらず、大声で怒鳴りたてる。
「それならあ!ぬぁにが道徳なんじゃァ!当たり前と常識の何が違う。違うのはおめえの考え方だろぉが!!」
それに少年は背伸びをして、呼吸を整える。そして、「何を今更」みたいな目線で告げた。
「常識とは、僕ら人類が長い間築いた日常の共通点。それは大まかで人々の叶う範囲での欲望と理想と偏見の塊。常識は憲法とは違い、人によって様々である。だが共通点として挙げるなら『自分にとっての利益』さ。当たり前は周りからの同調圧力と日々の生活からなる。道徳はまず自分の立場を重要視して、そのあと他人に対して行動をとる。これが真の道徳の解放なんだよね。でも、最近の人々はこの「道徳」を捻じ曲げて考えるようになっている。元々は、人の自然こそ道徳だったんだ。だけど、最近の馬鹿な哲学家は道徳を本当の悪としてとらえた言い方をしている。道徳は正邪、善悪を判定し、人間が正しく生きれるように誘導することの総体である。実際は、道徳とは人の自然を補強するためのものである。自分への利得を手に入れやすくできるように手助けをすることや、どれくらいの猶予があれば弱者にもっと手を差し出すことができるか。これが道徳。」
淡々としゃべる少年は悟りを開いたかのように視線はまっすぐ、キザったらしい言い方が含まれていない。恋華はそれでも納得いかないという様子のおじいさんを見る。何か納得いかない理由があると見て取れる。そこで、恋華は神という特権を使いおじいさんの過去をさかのぼる。そして、
(あ、・・・・これかも・・・・・。)
確信があった。多分これが原因ではないのか。と、恋華はおじいさんに向かう。
「・・・・孫3人が親不孝のまま他界したんですね。それで悲しみとストレスが混ざって訳が分からなくなっちゃったんですね・・・・・・・・・。」
おじいさんはぎょっと目を開き恋華を見つめる。少年はおじいさんの腕をつかんでいる、オッドアイのおじいさんに「手を放して。」といい腕を放させる。
「な、・・・・・なん・・・・なんでわかるんじゃぁ・・・・・。」
おじいさんは薄いかすれた声で聴く。よく見れば周りの人も驚愕の表情を見せている。そりゃそうだ。知らないはずの他人の人生を知っているのだから。恋華は続けて言う。確かに孫が他界するのは悲しいものだが此処まで他人に迷惑をかける理由は他にある。
「昔から親に我慢を押し付けられて、戦時中だったから欲求不満が積み重なって、でも結局戦後でも親がいなくなってゴミカス同然の生活を送って、食べたいものも食べられず、屋根があって温かい家もなく、家族という愛もなくなり、親戚からも『原爆の後遺症とかが移る』とかで受け入れられてもらえず、泥水をすすり、道路で寝て、海へ飛び降り自殺しても結局生きて、せっかく結婚しても嫁は置手紙一つで浮気相手とどっか行って、育てた子供も記憶力に障害があって、施設に行っちゃって、孫にあたる3人兄弟も全愛情を与えても、中学卒のヤンキーかつ親不孝で、全員薬物で自殺しちゃって・・・。」
全部言い終えた時には周りの人たちは泣いていた。子供は感性が強い時期らしく大声で泣いていた。ある人はハンカチを片手に、メイクがはがれても気にせずに、またある人は新聞で顔を隠している。オッドアイのおじいさんは拳を力強く握っている。しかし、少年は自分以外の全て、泣く人に対して憎悪の視線を向けている。歯を食いしばっているうえに、少し怒気を孕んでいた。
「く、うううぅぅぅぅぅぅう。うあああああああああ。」
おじいさんは号泣した。大人でもみっともないほど大声で。
「なんで、知ってるんじゃぁ。」
泣きながらも言った。さすがにこれで気づかない方がおかしい。
恋華はおじいさんの脳に直接言葉を贈る。
「こういう悲しい人生を送っている人がいると、死んだおばあちゃんが言っていたんです。言っていた人と顔が良く似ているのであなたではないかと思ったんです。」
嘘である。いや、そういう設定にした。一言「神だからです。」と言っても信じてもらえないだろうと思ったからである。それを聞いたおじいさんはさらに目をくわっと開いて、恋華に尋ねる。
「そのおばあさんのお名前は何と?」
「え、・・・・・・と。上野、・・・・私と同じで、恋華だったと。」
おじいさんは「やはり、」と言い、目から涙を転がした。
「恋華ちゃんか、・・・・懐かしいな。そうか、あの姉さんの孫か。気が動転しとったから分からんかったが輪郭と言い、透き通るような黒い髪といいそっくりじゃなあ。」
(!!!!)と、恋華はびっくりした。適当に言った死んだおばあちゃんの名前が当たっているとは思わなかったのだ。とりあえず、情報収集である。神の手さえ煩わせる問題を作った恋華おばあちゃんがどんな人物か知るために。
「お知り合い、・・・何ですか。」
「そうじゃあ。町、いや日本一美しいべっぴんさんでな。わしが子供のころよく野菜をくれてな。わしよりも10歳くらい年上で、優しくてな。ちょっと変わった思想を持っていたんじゃよ。」
おじいさんは遠い目をしていた。
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電車を降りると日が沈みかけていた。
おじいさんは、周りの人に謝り出ていった。
周りの人はおじいさんを気遣って、荷物を運んだりしている。
私は辺りを見回す。改札を抜けた先には少年が歩いているのが見えた。少年は何処か忌々し気な顔をしている。手にはスマホを、耳にイヤホンを付けて歩いている。何かを呟いていた。
私はそれが気になり、少し盗み聞きをする。私と彼には50mの距離があるが関係ない。こういうときに神様なのはありがたいものね。
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「全く、僕はあの爺さんと違ってもっと悲しい目に合ってるのにぃ、はぁ。何なの何なわけ。電車に乗ってゆったりとすることが至福なのに。はぁ、なにホント何なわけ、あんな光景を僕に見させてよくもまあぬけぬけと人生を謳歌するんだねぇ。はぁ。早く家に帰って、お母さんの作ったご飯でも食べてお父さんと妹とTVゲームでもしようかなぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~。」




