第七話 COLORS
「では、面談を始めるぞ」
「取り調べの間違いでしょう」
傭兵団〈crow〉が壊滅して、一夜が明けた。
――ウルス共和国直属軍〈COLORS〉本部取調室。
純平は一杯の水を前に、自分を完封したブルー=ロータスと机を挟んで対面していた。
「君を軍で雇おうと思う」
「嫌です」
ブルー、昨夜の彼女の真の目的は傭兵団の壊滅などでは無かった。彼女の目的は使えるパイロットの確保。そして見つけた逸材、古谷純平(耳栓装着中)。
現在、彼女は取り調べという名目で勧誘を行っているのだ。純平も薄々そのことに気づいていた。
「なぜだ?」
「こっちの台詞です。COLORS様はこんな薄汚れた傭兵を雇わなくちゃいけないほど人手不足なんすか?」
「その通りだ」
目の前の女性は淡々と肯定する。
純平は諫めるように、肩を竦めて軽い口調で忠告する。
「俺は嫌われ者の黄色猿。そんな俺を仲間に引き込めば白い目で見られるぜ、アンタ」
「わたしの評価などいくら失墜しても構わん、それで軍が強くなるのならばな。それに、なぜ我々が“多色”と呼ばれているか、知らないわけでもないだろう」
嫌味も、苦言も、愚痴も。真っ向から切り裂く騎士のような彼女に純平は苦手意識を抱いていた。
(個人の利益に興味はないが、組織の利益には貪欲。困ったな……賄賂とかには絶対釣られないタイプだ。交渉材料足りえる財宝はいくつか隠し持ってるが、コイツ相手じゃ薪にしかならん)
軍人は貪欲で、金と手柄をちらつかせれば折れる存在――
養父から習ったことだが、養父は同時にこうも言っていた。“いかなる事柄にも例外は存在する”。
「君は傭兵だ。雇われるのが仕事ではないのか?」
「知ってますか? 傭兵に求められる一番の能力を」
「知らないな」
「依頼の良し悪しを見極める能力。親父の受け売りです。アンタらは負け確実の戦いに身を投じる愚か者、そんな愚か者につく馬鹿は傭兵失格だ」
「――確かに、私たちは帝国に後れを取っている。原因は一つ。パイロットの能力差、これに尽きる」
――だろうな。と純平は納得する。
パイロットの差、もっと言えば人種の差だ。
この世界の人種は大きく二つに分かれる。〈アトラス人〉とそれ以外だ。アトラス人が支配する大陸が〈セレーネ大陸〉、そしてアトラス人率いるのが〈ディアーナ帝国〉である。現在、COLORS及びウルス共和国はこのディアーナ帝国と戦っている。
アトラス人は他の人種に比べ体力と情報処理能力に長ける。あらゆる人種の力を結束させ、戦うCOLORSに対して、アトラス人は己の人種のみで対抗し優位を保っている。人種それぞれの得意分野を噛み合わせてなお、アトラス人は上を行く。遺伝子レベルで出来が違うのだ。
アトラス人と他の人種ではパイロット性能に大きな差が見られ、数で勝りながらもCOLORSは苦戦を強いられていた。それが、彼女の言うパイロット不足に繋がるのだ。ブルー以外でアトラス人に単独で対抗できるパイロット……彼女が己の部隊に望んでいたのはそれだ。
「ディアーナ帝国、アトラス人。彼らの能力は他の人種を大きく上回る。だが、稀に彼らに対抗できる人間が現れる。君のようにな」
「高く買いすぎですよ。俺はそんなに大層な人間じゃない」
「――〈地獄耳〉」
チラッとブルーが純平の瞳を覗く。
「東洋では君のような優れた聴力を持つ者を、そう言うんだろう?」
「少し意味合いは違う気がしますけどね」
「死角からの攻撃に反応できたのも、己の視界がゼロになる暗闇から狙撃できたのも、その優れた聴力で空間情報を把握できていたから。現に今も、耳栓をしながらも平然と会話できている」
純平は隠しても無駄だと判断した。
「ええ、おっしゃる通り。多少、人より優れた耳を持ってますよ。だけど環境によっては使い物にならないし、耳栓を外した状態じゃ一時間と意識がもたない。そんなに便利なものじゃない」
「そうか。だから昨日、わたしと言葉を交わしたあと唐突に気絶したのか」
「ええ。LSの音がうるさい戦場じゃ、さらに意識を保っていられる時間は短くなる」
純平は昨夜の対ブルー戦を振り返る。
(あの時、立ち向かわず逃げに徹していても意識がもたず結局やられていた。完全に詰んでたんだな、この女と対峙した時にはもう……)
「時間制限があるとはいえ、有用な能力であることに違いは無い。それに君は耳栓をした状態でも常人の数倍の聴力はあるように見える。耳栓付きでも充分驚異的だ。君の能力は貴重で、役に立つ。君の能力を欲しがるのは普通だと思うが」
「…………。」
「頑なだな。よし、ではやり方を変えようか。古谷純平君」
ブルーは一切れの紙を手に取り、無表情に純平の急所の名を口にする。
「古谷未琴」
ウルス共和国とディアーナ帝国の対立関係は要約しまくると〈多色主義(人種とか関係なく仲良くやりましょうよ)vs単色主義(俺らの人種だけが「人間」やで)〉です。