第六話 合格だ
(琴を回収して逃げる。安全地帯まで行けたらこのLS2は乗り捨ててやる……)
そのために越えなくてはならない高い壁。
「ようやく本気で殴り合えるな。魅せてくれ! 君の力を」
対峙する青と黒。
古谷純平は思い切りアクセルを踏み、レバーを上げた。
「なにやる気出してやがる、戦うわけないだろうが」
「…………。」
やる気満々に両手を広げたブルーは、いつもの鉄仮面に赤い熱を籠らせ、空へ上がった蠅を睨んだ。その瞳の色は青から銀に変色していた。
「依然、戦う気は無しか。機動力でaquaに勝てると思っているのか……?」
蠅を追って飛ぶ蒼きLS2。
「――!?」
その上昇の途中で黒蠅は拳を振り下ろす。逃げると見せかけての攻撃は躱され、黒蠅は斧の柄で弾き飛ばされた。
「今のも駄目か……!」
「狙いは悪くない。私でなければ当たっていたさ」
蠅は殴られた勢いのまま空を飛ぶ。
純平はマニュアル本を右手でめくりながら、左手で黒蠅のコックピット内左側にあるキーボードを打つ。
「あった。えっとなになに……狙撃銃を背にセットして、気を付けの態勢。レバーを引きながら――右手側のプログラムに変形命令を書き込み、操縦桿中央のボタンを押し込む」
漆黒のLS2は腕を畳み、足を上半身に押し込み、顔の顎までを収納。狙撃銃の銃身を角のように頭から突き出し、空へと急上昇した。
「戦闘機に変形した……可変機だったのか? 資料にそんな情報は無かったぞ」
ブルーが知らせていなかったのも当然である。なぜならその形態はまだ未完成だった。
「よし、これで機動力はこっちが上だろ。――多分」
戦闘機に変形した黒蠅はaquaを超える機動力を持つ。しかし、
「おっとぉ?」
「さほど、速度差はないようだ」
速度の差は微量で、助走を十分に取ったaquaに30mの距離まで近づかれていた。
ブルーは先ほど同様メインウェポンの連結斧の刃を飛ばした。
――捉えた。
そうブルーは確信した。だが、ブルーは知らなかった。〈黒蠅〉の戦闘機モードの強みを。
(なんだ?)
純平は操縦桿の隣に通常LSには付いていない異物を見つける。
それはタッチパネル。純平はさっき見たマニュアルの一文を思い出す。
(そうか、コイツで黒蠅の軌跡を――)
純平は上から下に指を落とし、“|”の字をパネルで描く。すると突然、黒蠅がブルーの視界から消えた。
「――は。」
飛ばした刃は空を切る。
完全に背中を捉えていたはずなのに、ブルー=ロータスは黒蠅を見失った。
ブルーは180度内に敵が居ないのを把握し、「下か!」と自分の真下に直下していく黒蠅を見つけた。
「嘘だろ……パネルで描いた通りに、機体が動いた」
純平は試しに“/”をタッチパネルに描く。すると黒蠅は斜め上に飛び上がった。
――〈黒蠅〉、又の名を“blady”。
その第二形態の軌道を操るのは左手のみだ。左手の小指と薬指で左側にある小さなレバーを掴み、方向を操る。そして親指でレバーのすぐ側にある〈軌道敷〉というタッチパネルを操る。軌道敷は横縦斜めの二次元をカバーし、レバーでの方向転換で全ての向きを網羅する。
純平はすぐさま黒蠅の操り方を把握し、手慣れた風に完璧な手の配置を実現した。
縦横無尽、三次元の軌道。
「アレは……機械の動きか?」
ブルーは頭上を回る黒い線を見て、思わずそう問いかけた。
〈黒蠅〉の強みは速度ではなく、自由な変則軌道。六枚の羽にそれぞれ設置された“MGC”(月光発電により得たエネルギーで重力を制御する装置)と“自立加速装置”(灯油をエネルギー源に稼働する、MGCとは別の機構)によって広がった速度の変則域。ゼロからMAX、またはその逆を簡単にそして機体やパイロットの体の負担を無くして成立させる。
「すごいな……これがLS2。道理で、どいつもこいつも欲しがるわけだ。これなら……!」
純平は弧を描いてaquaに黒蠅の角代わりの狙撃銃を向ける。
ブルーは右手で連結斧を振り、滅多に使わない背中のサブマシンガンも左手で使って黒蠅を追うが――人間の顔の側を五月蠅く飛ぶ蠅の如く、黒蠅は避けきった。
「捉えられない……こんな軌道は見たことがないぞ!」
狙撃銃を使ったヒット&アウェイ。ブルーは直撃は避けるがついにその装甲に弾丸を掠めた。
反撃は全て、空を切った。
「これが――空の……!」
空を舞う蠅の軌道に人間の知能とジェット機の速さが加わった時、蠅はベルゼブブとなる。
その無敵な機体に弱点があるとすれば、パイロット。
「――ぐっ!?」
ほんの一瞬、純平は意識を揺らした。
速度を落とさない高速機動。何度も入れ替わる空と地。そして――純平にとってのタイムリミット。
耳栓を外し、聴域を広げた純平は膨大な情報量から一時間ともたず……気を失う。そして、そのタイムリミットは周囲の条件によって大きく変わる。耳栓を外してから22分、黒蠅に乗るまでは余裕があった意識の糸が……急激に細まっていた。黒蠅第二形態から見る世界にもはや上下の意識は無い、そんな世界を超高速で動けば周囲の情報は移り変わり情報量はタカが外れる。しかも眼は全く頼れず、耳のみで周囲を把握するしかない。
黒蠅の第二形態が未完成だった理由、それは“人を乗せることを考えていない”一点に尽きる。テストパイロット百名の内、まっすぐ飛べたのは五十名、曲がることができたのは十名、軌道敷を使えたのは一名。縦横無尽の軌道を操れたのはとうとう一人も居なかった。優れた操縦技術と超聴覚を持つ純平だからこそ、数分とはいえまともに動かせたのだ。
そんな諸々の事情を知った風に、ブルーは勝ち誇る。
「当然だろうな。とてもじゃないが、ソレは人が乗れる代物じゃない」
人間を超えた聴力と、往来のメカを超えた軌道。二つの能力を操るには人の脳の容量は少なすぎた。
「くそっ。俺の負けだな……」
純平は諦めた。
調子よく変形したLS2。その背中には、深々と短い斧が斬りこんでいた。
――投擲斧、トマホーク。
「ほんの一瞬すら、見逃してはくれないか」
ブルーのLS2〈aqua〉の両ひざには左右二つずつ、合計四つの短い斧が装着されている。下手投げでワンモーションで投げられたソレは、手裏剣の如く回転し、一瞬動きを淀ませた黒蠅を捕まえた。
姿勢制御の根幹を砕かれた黒蠅は人型に変形しながら木の群体に背中から着地。敗者を見下ろすように空からは青のLS2が舞い降りてきていた。
(……ここまで手を出せないなんてな。パイロットの顔を見たくなったのは初めてだ)
純平はコックピットを開き、両手を挙げながらLS2の上に立つ。
「降参、降参だ。もう抵抗しないからお手柔らかによろしくお願いしますよ」
純平が投降したのを確認し、青のLS2のパイロットもコックピットを開け、金色のボブカットの髪を振りながら顔を見せる。
純平は、彼女の顔を見て死んだ瞳を細める。
「女……?」
屈強な男性パイロットをイメージしていた純平は、イメージの正反対である細身の女性、しかも見た目麗しい金髪美女を見て驚く。
女はほんの一瞬、己の愛機の右肩に付いた傷、古谷純平に付けられた傷に視線をやり、数角度だけ口角を上げた。純平を見下ろしながら、彼女は見た目通りの美しい声を響かせる。
「合格だ」
「は?」
「見事な空中変形、最善とは言えないが優れた状況判断。狙撃の腕と回避能力の高さは間違いなくAクラス。――合格だ」
純平は、目の前の女性がなにを言っているかわからなかった。
思考がまとまらない純平をさらに混乱の渦へと落とす一言を、ブルー=ロータスは口にする。
「名も知らぬ狙撃手。君にはわたしのパートナーになってもらう」
傭兵団側の被害:死傷者二名 重傷者二名 軽傷者十八名 軽傷者以下のメンバーは全員捕縛。
COLORS被害:死傷者一名 重傷者無し 軽傷者三名。
こうして、傭兵団〈crow〉vs〈COLORS〉の戦いはCOLORSの圧勝で幕を閉じた――
「はぁ? いまなんつった?」
青年の戸惑いと共に……。
序章終了!
説明したいことは山ほどありますが……これ以上は情報量がパンクするので書けなかった(´;ω;`)ウッ…
いずれ節々の機体設定は開示していくのでご安心ください。
可変機、大好き。