第五話 面接
純平は牽制の一発を入れ、すぐに地から足をはなし離陸。森の上、アジトを右手側に添えて、青いLS2〈aquaO‐light〉と対峙する。
「――青くて、綺麗で、輝いて……なんともまぁ、目立つことで」
「射撃良し。指揮は及第点、近接はどうだ?」
――勝機なし。
(あの三人が落ちたならもう存続は無理だ。後はどう被害を少なくするかだな……)
純平の判断は早かった。
(適当に相手してから逃げよう。目に見える武装はでっけぇ斧一つとちっちぇ斧が四つ。他にも端末系統が多く見えるな……申し訳程度にサブマシンガンを背中に掛けてるが、あんな勝手の悪い場所に付けてるんだから見せかけ確定。完全な近接特化、しかもLS2。張り付かれたら俺のLSじゃ剥がせない)
純平はメインウェポンである狙撃銃をLSの臀部にくっ付け、LSの背中収納BOXに付いている棒状の端末ブレードを手に取る。LSの手のひらサイズの端末から短い光刀が噴出される。
「逆手持ちか。珍しいな」
純平のLSは右手に逆手で刀を持った。
飛来するLS2は両手で斧を振り下ろす。純平は真っ向から刃を合わせようとせず、斧の軌道を誘導するように刃を薙ぐ。受け流しの構えだ。
ブルーは試すように軽く斧を振り続ける。それを純平は全て流し切った。
(コイツ……明らかに手を抜いてるな。それでも凌ぐのがやっとだが)
「近接はそこまででもないか。筋は悪くないがな……やはり、君の得意分野はアウトレンジか」
LS2は唐突に距離を取った。
純平はLS2の動きを見て、仄かにイラついた。
「距離を取らせてやる。中距離の動きを見せてくれ」
「舐められてるな……さすがの俺も、ムカッと来るぜ。――後悔させてやる」
純平はまっすぐ、アジトへと向かった。
その明らかな逃げ腰からブルーは純平に戦う気がない事を察する。
「そう来るか。ならば仕方ない」
LS2に背中を向けながら、ガチッ……と列車の連結が外れるような音を純平は拾った。
(なんだ? この音は……)
「こういうのは圧迫面接と言うのだったか?」
音は青のLS2から聞こえたものだ。
ブルーのLS2〈aqua〉は、手に持った斧の刃の部分と柄の部分を分離させていた。斧刃と柄を光の鎖が繋いでいる。
連結斧〈リールアックス〉。
LS2は柄を持ち、大きく振るう。鎖は伸び、その先に付く斧刃は70m先に居る純平のLSの左手を切り裂いた。飛び跳ねたLSの左手を見て、純平は奥歯を見せた。
「釣り竿斧!!? ……間合いが読めねぇな!」
刃が当たるギリギリまで背面を向けていたのに、すぐさま攻撃に反応し、向き直り、致命傷を避けた純平のLSを見て、思わずブルーは息を呑む。
「反応しただと?」
死角からの突飛な武器攻撃。まず、不意を突かれるはず。なのに純平は反応した。
現に傭兵団の三本柱はこの攻撃に反応できず、僅か三太刀で撃墜された。
ブルーは冷静に、目の前のパイロットを分析する。
(遠方からの射撃、優れた回避能力。よほど眼がいいパイロットだと思っていたが、今の私の攻撃は完全に視界外から放ったものだ。それを躱された。まさかこれは――)
ピカッ。と金色の光が思考中のブルーの視界を支配した。
「照明弾ッ!」
暗闇での戦闘では大抵のLSが照明銃を持ち込んでいる。もちろん、純平のLSも装備しており、ブルーもそれは確認の上だった……だが照明弾を敵機にぶつけるなんて攻撃方法はブルーの経験の外のモノ、ブルーは完全に虚をつかれた。
ブルーが見失っている内に、右手の照明銃を捨て狙撃銃を手に取って引き金を引く。光に紛れた影からの光弾、しかしそれも青いLS2は避けて見せた。
「なんでこれを躱せるんだ? 一体どんな化物が乗ってやがる……!」
足を止めたLS2を置いて純平のLSは煙を上げながらアジトに不時着する。
ブルーは思いもよらぬ狙撃手の攻撃の組み立てに心を躍らせていた。
「……面白い。照明弾をこんな使い方をする奴は初めて見た。柔軟な思考、実行する度胸。一瞬たりとも動きを止めない行動力。戦闘技術もさながら、視野も広い。――だが私に傷一つ付けられないのなら、合格は与えられんぞ……」
純平はLS胸部のコックピットを開け、飛び降りる。
目指すは格納庫、そこに残っているある一品――
「俺が使う予定じゃ無かったが、仕方ないよな……」
それは、どこぞの依頼人が正規軍から盗んだいわくつきのLS2。
漆黒の装甲。左右対称に三枚ずつ合計六枚の長方形の翼が背中に付いている。一番上の羽には左右どちらにも髑髏のマークが付いていた。
純平は側の装置から暗号を入力、コックピットを開く。付けっぱなしの起動キーを右に回し、エネルギーを這わせ、左右のキーボードから環境データを入力。緑色の光が一眼に灯るのを確認して、跪くLS2を起こす。
「お頭は確か〈黒蠅〉って呼んでたか? 元の名前は違うだろうけど」
全身に月光が満ちると同時に、正面のシャッターが崩れ落ちる。
斧を持ったLS2は静かに、自分と同次元の機兵を見ていた。
「そうか、それが盗まれた空の王と呼ばれるLS2……」
純平はLS2の拡声器で声を蒼き機兵のパイロットに届ける。
「アンタらとしては傷つけたくないモンだろ? 人質代わりだ、俺を逃がしてくれたら無傷で返してやる」
正面の機体は斧で空を薙ぎ、“言語道断”の意思を表した。
「ま、信用されるわけもないか。――なら力づくで通してもらうぜ」
黒いLS2は天井を突き破り、月を背景に空へと飛びあがった。