第十八話 古谷純平、目覚める
――“にいさん……”
――“どうして? にいさん……”
(琴……?)
――“どうして、どうしてわたしを……たすけてくれなかったの?”
「――――ッ!!!?」
白い天井、鼻に付く薬品の匂い。
純平は嫌な汗をかきながら半身を起こし、頭を右手で抑える。
「夢……か」
「ここは現実だ」
「うお!?」
純平は耳元で囁かれ驚く。
声の主である金髪女パイロット〈ブルー=ロータス〉は不思議そうな顔で純平を見つめる。
「なにをそんなに驚く? 大きな声を出したつもりはないが……」
「あのですね、俺の耳は常人より敏感なんですから、耳元で囁かれると小声でも頭に響くんです。あと、突然声かけられたらびっくりするでしょう、普通に」
「なるほど。すまない、配慮が足りなかった。それより純平くん、聞いたぞ」
ブルーは少し機嫌良さげに声を上ずらせる。
純平が「なにを?」と問うと、ブルーは懐から黄色の覆面を取り出した。純平は覆面を見て顔を青くする。
「戦いたくないと言いながら、覆面を被って自ら前線に出るとはな。しかもあのニュー=クリアートを相手にして圧倒するとは……さすがだな」
「嬉しそうですね。俺が黒蠅に乗っていたことはもう皆知ってるんですか?」
「わたしとレイズと、あとはゴートン艦長のみ知っている。君が眠っている間、それなりに面倒なことがあったんだぞ」
純平はブルーの言葉を受け、自分の覚えている限りの記憶を掘り起こす。
(黒蠅から出て、レイズと話したとこまでは覚えているが、そこから先の記憶がない。やっぱり失神したんだな)
純平は周囲を見渡す。
「ってことはここは、医務室?」
「ああ。マクスウェルの医務室。ついでに言うと――ここはもう、空の上だ」
「……はぁ?」
――――――――――――――――
暗い空をマクスウェルは行く。
八月三十日。晦日月の今宵は月の光も無く寂しいモノだ。
(どうやら俺が眠ってから三日が過ぎたらしい)
医務室のベットで横になりながら純平は他人事のように振り返る。
純平が眠ったあの日、レイズは純平を医務室へ運んだ。だが医師は純平の耳のことを知らず、純平の耳を塞がないままベットへ運んだのだ。
純平の超聴覚は眠っていても脳を浪費する。眠ってからすぐに耳栓を付けておけば12時間で起きれるものの、そのまま放置すれば三日四日眠ってしまうのだ(しかも目覚めは最悪)。
ブルーが純平の病室へ尋ね、事情を知るブルーが耳栓を付けたのが純平が眠ってから三日目の昼過ぎ、そこからは順調に脳を休ませ、六時間後に目を覚ます。――その間にマクスウェル出航などの重要イベントは通り過ぎてしまった。
こうして純平は実感のないまま空へ上がったのだった。
「あ、患者さん。起きたんですね」
「ん?」
純平はミニスカ白衣を着た栗毛の医師を見て頭の後ろで組んだ手を解いた。その医師の顔を純平は知っている。
――レイズ=グリーンフィスト。メイン操舵手を名乗っていた女性が白衣を着ている。心なしか、髪は短く少し幼い……。
「心配しましたよ。体のどこも異常がないのに何日も起きなかったので」
「レイズ? お前、操舵手だけじゃなくて医者もやっているのか?」
「レイズ……あ、それはわたしの――」
医務室のドアがスライドし、二人の女性が現れる。
片方はブルー、そしてもう片方は男の恰好をした――
「おはよ純平くん。どう? 元気? ――なんでそんな怖い目でぼくを見るの?」
純平は現れた二人目の栗毛の女性を見て、視線を右へ左へ右往左往させた。
「レイズ、が……二人?」
「そんなに似てる? ぼくと弟」
「おとうと?」
純平が疑惑の視線をミニスカを履いた白衣の天使に向けると、天使は照れ笑いをして頬を掻いた。
「はい。わたしの名前は〈ルル=グリーンフィスト〉。レイズ姉さんの弟です。マクスウェルではナースをやらせてもらってます」
「――ちょっと待て。ブルー大尉、どうなってんですかこの姉弟は?」
「気にするな。世の中人それぞれだ」
「別にぼくら変なとこなんてないよね?」
「はい。至って普通な姉弟です」
「はぁ、めんどくさい。もういい、お前ら姉弟はスルーすることにした」
男装趣味の姉と女装趣味の弟、どうやらこの姉弟に異質である自覚はないらしい。
性別に囚われないと言うのは差別を嫌うCOLORSらしいと言えばCOLORSらしいともいえる。
「つーか、お前……操舵手なんだろう? いいのか、こんなところでのんびりしていて」
「ずっと舵握ってるわけがないでしょ。それに、メイン操舵手はぼく一人だけど、サブ操舵手は十二人居る。警戒区域でもないまっすぐなルートでは全体で5人も居れば十分だよ」
「操舵手ってのはそんなにいっぱい必要なのか?」
純平の問いにブルーが答える。
「マクスウェルの重要機関十二か所にそれぞれ操縦室が用意されていて、そこに配備されるのがサブ操舵手。そして、ブリッジでそれぞれのサブ操舵手に指示を出すのがメイン操舵手であるレイズの役目だ。まっすぐ進む、という命令を実行している間はレイズに役目は無い」
「それって手足をそれぞれ別の人間が動かしているようなもんだろう。動きが破綻しないか?」
「それは違うよ純平くん。イメージとしてはぼくが脳で、彼らは神経。あくまで脳は一つ。ぼくが頂点で指示を出し、サブの人達がその指示を実行するためにマクスウェルを動かすってわけ――と、操舵手の話をしている内に進路変更の時間だ」
レイズは差し入れの果物をベットのすぐ側のテーブルに置き、出口へ足を向けた。
「それじゃあね、純平くん。元気になったようで良かったよ。あと未琴ちゃんのことは心配しないで。君よりCOLORSのメンバーと打ち解けて楽しくやってるから」
「あ、じゃあわたしもこれで失礼します。夕食の時間なので」
純平とブルーを置いてグリーンフィスト姉弟は部屋を去った。
気まずい空気が流れる。ブルーは不満げに純平に問う。
「なぜだ」
「なにがですか?」
「レイズとわたしは同い年。なのに君は、レイズには敬語を使わずわたしには敬語を使う。なぜだ、わたしの方が君より一つ年下だと言うのに」
「関係性の問題ですよ。あんただって上官相手なら例え年下でも敬語を使うでしょう」
「君は雇われている身、階級はない」
「ええ、そうですよ。レイズと俺に上下関係はない。だけど、あんたは違う。あんたと俺は雇い主と雇われ者の関係。敬語を使うのは当然です」
「…………。」
頭で納得してはいても、顔は納得できないという顔だ。
純平は面倒な話題だと判断し、話を変える。
「でもわからないですね、なんであんたは俺を軍に誘った?」
純平は三日前の戦闘で共闘した二機のCOLORS隊士を思い出す。
「アルフレッドと、エルザとか言ったっけ? あの二人、優秀だ。それにレイズも、ゴートン=エルヴィスも。LSも母艦も優秀なのを揃えている。――盤石な布陣、相手が誰であろうと負けないでしょう」
「そうか。君は……アトラス人と戦ったことがないのか」
「……? ええ。帝国に行ったことはありますけど、アトラス人と戦ったことは――」
「アルフレッドとエルザ、君は彼らが優秀だと思うか?」
「もちろん。俺が居た傭兵団であの二人に勝てる人間はいない。アルフレッドとかいう奴は頭は悪いが回避の勘と近接のキレが良い。エルザ、あの女は“駒”として優秀だ。作戦の意図を汲むし、味方がして欲しい立ち回りをする」
「ああ。わたしの彼らに対する評価も君と概ね同じだ。COLORS内でも間違いなく優秀な部類。だが――」
ブルーは青い瞳で純平をじっと見て、声色を落として言い切る。
「彼らのレベルでようやくアトラス人の新兵レベルだ」
前回の話でブクマが一気に剥がれた(´;ω;`)ウッ…
クズ過ぎたか……胸糞すぎたか……まぁいいさ。予定通り。悪役は嫌われてなんぼよ!ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ