第十四話 獅子と蝶々
黒蠅の特飛形態で純平はクリアートを追う。
距離にして700、速度差とCOLORSの雑兵による足止めを考慮すればおよそ一分で追いつくだろう。
純平は飛行しながら新調された黒蠅の武装を確認する。
(前と同じライフルと……サブマシンガン二丁、近接は実体剣オンリー。問題はこの肩に付いた外付けの追尾ミサイル。めちゃくちゃ使いたいが誘導の種類がわからないと怖くて扱えないな……)
黒蠅の正面画面の端に黒髪の女性の顔が映る。
艶やかな短髪東洋人少女。彼女は先ほど黒蠅のメンテナンスをしていた日比谷 影乃だ。
『あ、あの! それまだ使っちゃダメなんですってば!』
「――ちょうどいいところに。おい、アンタこれの担当者だったんだろ? ミサイルの誘導方式を教えてくれ」
『いやいや! 泥棒さんにそんなこと教えられませ――』
「教えてくれ。お仲間を救いたいならな」
純平は目線の先に白の敵LSと二機のCOLORS籍のLS(黄色&ピンク)を見つける。
COLORSのLSはどちらも負傷しており、黄色の方は左腕を、ピンクの方は右脚を失っていた。
敵LS、マントを羽織ったLSは無傷。一本の鞘入りの剣を居合の構えで握っていた。
『アルフレッド君……これちょっとヤバくない?』
ピンクのLSのパイロットが言う。
『エルザ! 増援が来るまで根性を見せろ! む!? 後ろから熱源!!?』
黒蠅が射撃で敵のLSを牽制する。
純平は通信を友軍信号から拾い、後ろから人型状態でCOLORSのLSに近寄る。
『援軍が来たか! ――って、なんだこの機体は!?』
『いやいやアルフレッド君、これって前に私たちが奪還したLS2だよ。パイロットはどちら様?』
「余分な説明は省く。とりあえずアンタらの味方だ、協力する」
純平はCOLORSの動揺お構いなしに話を進める。
「俺の言う通りに動いてくれ。そうすればアイツも倒すし、手柄もくれてやる」
『ななな! なんだ貴様は!? 突然来て、命令通り動けだと~~~~~!!!?』
『まぁまぁアルフレッド君! どっちみち手は無いんだから言う通りにしよう! ――お願いヒーロー君。状況を打開して!』
「――力は尽くすさ」
純平は友軍の証として手元のライフルで白のLSに射撃を試みるが、放たれたレーザー弾は白のLSが持った刀の鞘に弾かれた。
「どこの誰かは知らないが、俺の妹に手を出したこと――後悔させてやる」
白きLSは両腕を開いて黒蠅を歓迎する。
『お手並み拝見だね。蠅の王……』
三対一、空中戦が始まった。
場は市街地から離れた〈リーン渓谷〉上空。観光名所ともなっている場所だ。
純平は操縦桿を握りしめ、耳を澄ませる。
「まずは散開するぞ。俺が上、ピンクが下、黄色が敵の正面に陣取れ」
『おっけー!』
『元よりわたしは正面突破あるのみ!』
敵のLSの武装は大きな鞘入りの機械剣。あとはハンドガンが二丁だ。左手で鞘を抑え、右手で剣の鍔を触り居合の構えに入るLS。
クリアートはうっすらと笑みを口元に浮かべる。狙うは黒い蠅。
『そこでいいのかい?』
相手の構えを見た純平は後ろへ距離を取ろうとするが――
『上に回避してください!』
「――――っ!?」
影乃の声で純平は空へ跳ねる。――黒蠅の残影をエネルギー波が切り裂いた。
「斬撃が拡張した?」
純平は抜刀した敵の剣を見て、眉を細める。
そこには刃と呼べる部分が無く、ただ持ち手の部分だけが存在した。
(刀身がないだと?)
『あの剣は第三代〈スキアー・クシポス〉。居合刀と呼ばれる武器です! 刀身全てが月光エネルギーで構築されており、居合の一撃で溜めたエネルギーを全て解き放ち広大な範囲攻撃を行います! 鞘が充電器の役割をはたしていて、鞘の上部にあるランプが三つ点灯すると最大範囲の斬撃が飛んできます!』
「――なんだ、味方してくれるのか?」
『じ、事情はなんとなーく把握しましたし、なにより黒蠅が傷つくとあたしが困ります! なので、不束者ですが手伝います!』
「助かる。あの剣の弱点はわかるか?」
『――〈スキアー・クシポス〉はランプが灯ってない時はただの柄、一撃を警戒すれば怖くありません』
「装填中は無防備ってことだな」
『隙ありだ!』
充電を狙ってアルフレッドが剣を持って突っ込む――同時にランプが一つ灯った。
「『さがれ馬鹿!!!』」
『むぅ!?』
純平、エルザの声が合わさる。
アルフレッドは声に引っ張られ急停止、光の刃をギリギリで避けた。
『もー! 気を付けてよアルフレッド君!』
『抜刀の瞬間がまるで見えん……!』
まったく。とアルフレッドに対しため息をこぼし、純平は観察を始める。
(ランプ一つで通常の剣の間合い……三つで100m超、二つならちょうど中間ってとこか? 切れ味、やばいだろうな。空気が焼けてやがる……恐らく、LS2の装甲でも耐え切れない)
逆に言えば、あの剣以外ならLS2の装甲は耐えうるだろう。
影乃は黒蠅の画面越しに状況を大まかに理解、アナウンスに入る。
『ミサイルの誘導方式は〈画像誘導〉です! 遠くから対象の画像をロックして使えます! 途中で左のキーボードから誘導対象の交代、および誘導を切って手動で軌道を変更することも可能です!』
「(黒蠅の特飛形態は視界が回りすぎて狙いを付けられないからな。追尾ミサイルはマッチしている) ――アンタとは気が合いそうだ」
純平は早速変形をし、黒蠅の本領――蠅軌道を操る。
鬱陶しく、白のLSの上空をぐるんぐるん蠅が舞う。
『な、なにあの動き!? きも凄い!』
『見てるだけで酔ってくるな……』
『エクセレントゥ! あの軌道を操るか!』
クリアートはコックピット内で拍手の音を木霊させる。
純平はランプの火が灯る時間を確かめていた。
(ランプが一つ灯るのにおよそ5秒、明確な隙時間だ)
『ミサイルは二セット分しかないので注意してください!』
遥か上空、逆さまの状態で急降下。誘導ミサイルを発射。発射された32基の小型ミサイルはお互いに距離を取るよう大きく広がり、対象に向けて収束していく。このバラバラになってから対象に集まる動きは通常プラグラムされているミサイルの動きである。
『仕方ない』
クリアートは一度鞘を腰に差し、背中のハンドガン二丁を抜きミサイルの迎撃に当たる。
降下&バックしながらの二丁捌きは純平から見ても舌を巻くレベルで、あっという間に半分が落とされた。
(う、うまいなコイツ……! だが――)
敵のLSは残りの16基を逃した。残ったミサイルはヘッドバルカンで撃墜しようとするが数が3になったところでミサイルはクリアートの死角に入るように動き出す。
ハンドガンの銃口で追うも、ミサイルは意思を持っているかのように弾丸を躱した。
『(残り三基で行動パターンが変わった?) ――手動でぼくの動きに合わせてるのか……』
映像越しに見ていた影乃も同様に驚く。
(あの動きの中で……さらにミサイルに意識を割く余裕があるの!?)
クリアートはハンドガンを背中に戻し、居合の構えを取らせる。
静寂。クリアートの世界がスローモーションになる。ほんの一瞬、ミサイルの軌道が横一直線になった瞬間――光刃が輝いた。
クリアートはランプが二つ灯った刃で残りのミサイルを一振りで切り裂いた。
神業を見せられても動揺せず、純平はじーっとただただ相手を見ていた。
(二タメは15秒……三タメは推測だが30ってとこか。ハンドガンで意識を散らし、居合いでとどめを刺す。小技からの大技、単純だが厄介だ)
ならばどうするか。
純平は空を飛び、ハンドガン二丁による弾幕と斬撃を掻い潜る。純平と交代するように二機のLSが強襲、クリアートは一度三機の包囲から抜ける。
純平は回避した後、額の汗を腕で拭った。
(この縦軸三機体制で動けば横の居合は使いにくいだろう。味方の増援を待てる上、相手を逃がさず着実に削って行ける――が、時間がない。この特飛形態は俺の意識を削りすぎる。もって五分、それまでに決めなきゃだめだ……!)
純平は相手の情報を整理する。思い出すのはトイレの前の攻防、銃弾を避けたあの動き――左右の色が違う奴の瞳。
「あの赤と青の眼……やっぱり人工物だ。研究所で見たことがある。弾丸を見切ったあの動きと、さっきの居合術のタイミング。まさか、アイツも俺と同じ――」
『君の〈超聴覚〉とぼくの〈紫視覚〉、より未来を見るのはどちらかな……』




