第十一話 古谷 薫
「うっわぁ、おっきなお月さまみたい~!」
(素直にすごいな。これは……)
球型戦艦〈マクスウェル〉。
現在は新たな部隊を配備するため、あらゆるところから階段が伸びている。外から運ばれる様々な道具。人。兵器。パイロット32名 パイロット候補生21名 整備士64名 他126名 計243名。その全員の生活を確保するための物資の量は計り知れない。
純平は目の前の戦艦も気になるが、隣の激しい心音に気をとられていた。ドクン、ドクン、と興奮する心臓の音は純平にとって非常に不快なものだった。その音を出している本人は心底幸せそうに目の前の戦艦を見つめている。
「ぞくぞくするね。アレをぼくの手で動かすんだから……はやく乗りたいなぁ……テストじゃなくて、広大な海の上をジェットコースターみたいに――」
レイズ=グリーンフィストはCOLORS内でも有名人である。操舵手の数はそう多くないが、彼は少数とはいえ操舵手の中でもトップの操縦技術を持ち、逸話も多く存在する――が、それよりも多く〈乗り物ジャンキー〉としての悪評が出回っている。
(アトラス人よりもやべぇ奴がいる……)
びくん、びくん。と顔を紅潮させ、体を震わせる彼を見て、純平は心の底から脱走を決意した。
正気に戻ったレイズに案内され、純平と未琴はマクスウェルの第十一入り口の階段から中へ入る。連れてこられたのは二人部屋。二段ベットとシャワー室、冷蔵庫、テレビと電話。最低限の物が用意されている小さな部屋だ。
「すっご~~~い! 秘密基地みたい!」
「……傭兵団の秘密基地はつい最近壊されたばっかだけどな」
「荷物を運び終わったらブリッジへ案内するよ」
「その前に地図をくれないか? この戦艦、中が入り組んでいて地形が分かりづらい」
「リストバンドをタッチしてみて。地図がダウンロードされてるはずだよ」
純平はリストバンドに触れ、画面を空中に映し出し、新しくMAPが追加されているのを確認する。
(ほう……このリストバンド、GPSってだけじゃなく、色んな機能が付いてるのか。――なるほど、多くの機能を入れておけば中身をいじった時異常が出やすい。リストバンドにバグが出れば当然技術者共に勘づかれる。改造対策も込みってわけだ)
「にいさんにいさん! はやくつぎ! 探検にいきましょう!」
ぴょこぴょこと車酔いを忘れてはしゃぐ妹。
純平はやれやれと肩を竦め、未琴の手を掴む。三人は自動開閉の扉から長方形の廊下に出た。
「……食糧庫、格納庫、出口、艦橋はおさえておきたいな」
「全部案内しようか?」
「いいや、とりあえずは艦橋だけでいい。あとは適当に探検してまわるさ」
「た・ん・け・ん! た・ん・け・ん! ――あ!」
未琴は「忘れてた!」と大きく振っていた腕を止める。
「洗濯物……干しっぱなしです。夕陽さんがでてくるころには雨が降ってきてしまいます!」
「そっか。じゃあ手早く用を済ませないとな」
「雨? ぼくの記憶が正しければ今日は一日晴れだったはずだけど……」
「そうなのか? でもまぁ、あいつが言うんなら雨は降るんだろう」
レイズは純平の確信もった言いように違和感を覚える。
(雨が降る予報が出てるなら、天井のシャッターは閉めるはずだ。でも格納庫の天井は全開になっている……COLORSの天気観測が外れる可能性は1%、今日は確実に晴れだ)
「急ぎましょう! にいさん!」
「おいおい、腕を引っ張るなって……」
「…………。」
三人は艦内エレベーターを使い、中央道(マクスウェルY座標の中心部の階の廊下、動力炉などがある)をスルーして、最上階へ行く。――マクスウェルより角のように出た円柱の部屋、ブリッジへ入る(戦闘時はマクスウェル内部に収納される)。
「失礼します」
部屋へ足を踏み入れ、純平が見たのは円に広がる様々な機器。機械通の純平すら見たことのないものが多い。最新鋭のメカたちだ。
中では作業員が数人まだ調整している様子だった。中央で彼らに指示を出すのは最高司令官でありブルーの実の父親(現在は絶縁中)フォックスと、隻腕のマントを羽織った軍人――
「お、暴れん坊がきたな」
「レイズ、ちょうどいい所にきてくれた」
レイズは彼の言葉を受け、「お世話になります」と敬礼をして返す。
(右の眼帯付けた奴は確かCOLORSの最高司令官――〈フォックス=ルート〉。だが隣の奴は……)
純平は隻腕の男が何者か理解できずにいた。
隻腕の男を見ながらキョトンとした純平の顔を見てレイズは純平の腕を引っ張り、耳を自分に寄せて小さな声で説明する。
「ブルーから聞いてないの? 今回のホルス島奪還任務の指揮官にして、このマクスウェルの初代艦長となるお方――〈ゴートン大佐〉だ」
「ゴートン……ってまさか、ゴートン=エルヴィスか?」
「ん、なんだ、知ってるの?」
――遠い記憶、養父との会話の中で、純平はゴートン大佐の名を聞いたことがあった。
『いいか純平、便利な奴とは酒を飲め』
『なんだよそれ……』
痩せた土地でフードを被った養父は太陽を指さす。
『目立たずに働くためには、代わりに誰かを立てなきゃならない。俺達が影なら光となる存在が必要なのさ』
『あんたに一緒に酒を飲むほどの友達が居たのか?』
『居たさ。フォックス=ルート、ゴートン=エルヴィス、クリード=ビンズ……〈ニュー=クリアート〉、〈フィオナ=イガルク〉。あとは――えっと……』
『五人か』
『いやホントは百人ぐらい居るんだぞ? ただパッと思いつくのはこれぐらいってだけで……』
『わかったわかった』
『アイツらは便利だったなぁ。ちょこっとサポートすれば確実に敵を落としてくれたし、自然と視線を集めるカリスマ性みたいのがあったから俺の功績もみるみる吸い取ってくれた。また一緒に飲みたいねぇ……』
つまり、純平の目の前に居る中年の男二人は共に養父の友人ということになる。
純平はどうしたものかと好奇心と自制心の間で揺れ動いていた。あの自堕落な養父と酒を飲んだという二人に興味はあるし、できることなら養父とのエピソードも聞きたいところだが、変に目立ちそうな予感もする。
純平が心を決めかねている間に、二人は純平と未琴とレイズの前へ歩み寄って来た。
フォックス司令官は髭面で、年相応の老け方をしているが、その眼差しは鋭く、狼のようだ。
一転、ゴートン大佐は金髪で青い瞳をもった若々しい容姿。実年齢は養父と同じ38歳ほどだろうが二十代後半ほどに見える。表情は穏やかで、落ち着く声色を持っている。
「レイズ、あとでいいからマクスウェルの最終調整を手伝って欲しい。高度の調整に難があるんだ」
「了解です」
「――それにしても今日は運がいいな。会いに行く手間が一気に省けた。君にも会いたかったんだよ、古谷純平君」
純平の正面にゴートン大佐は立つ。
「どうも。自己紹介は……いらないみたいですね」
「ああ。君のことはブルー大尉から聞いている」
「ブルー!? そうか、君がブルーが連れて来たという東洋人……」
「では、君の膝にくっ付いているのが妹の未琴ちゃんか」
未琴はゴートン大佐に見られると、気分悪そうに目を伏せ、純平の膝の後ろに隠れた。
嫌われたか? と笑うゴートン大佐。純平は首を横に振る。
「こいつ、昔から大人の男性に対して苦手意識があるんです。そのせいで養父とは最後まで疎遠でした」
「養父?」
「あー……えっと」
純平は「しくったな」と心の内で呟き、まぁいいかと開き直る。
「〈古谷 薫〉。知り合い……ですよね?」
今更ながらファーストネーム+階級で呼んでいたことに気づく。まぁいいか( ´艸`)
あと嬉しいことに“ネット小説大賞”様から感想をいただきました。コンテスト、盛り上がることを祈ってます!