第十話 男? 女?
白い月が夜空を飾る。
純平は未琴が眠ったのを確認し、部屋の椅子に腰を落ち着け、先ほどまで読み聞かせていた絵本を棚に入れる。そして、机の引き出しに入っているメモ張を取り出した。
「hawk……」
純平は椅子の背もたれに右腕を回し左手でメモを開く。
――“hawk”調査記録。
hawk。それは純平たちの傭兵団にLS2を擦り付けた依頼者Aの名前である。
(crowを間接的に滅ぼした依頼者A〈hawk〉。お頭の話だと銀色の鷹の仮面を付けた男、身長は俺と同じぐらい、つまりは170後半。足跡は一切残してない……別に復讐なんざする気はないが、コイツは“不明”すぎる。目的も、正体も。なぜ俺達に目を付けた? なぜ黒蠅を手放した? ここまで完璧に身を隠せる奴なら、俺達に罪を擦り付けなくても十分軍から逃げきれたはずだ――今後、俺の邪魔にならないといいが……)
純平はメモをしまい、目頭を抑える。
(明日は戦艦に荷物を運ぶ。かなりの重労働になるだろうから早めに寝ないとな……しかし、嫌な予感がするな。hawkは放置しちゃいけない気がする。なぜか異様に気になる)
どっと疲れが肩に乗って来た。
脱出のプラン作り、hawkの捜査、整備士の仕事、金策。元より体力のない純平にとってここ数日の活動は重いものだった。
「むにゃ。にいさん……だいすき、です……」
「…………。」
未琴の寝言を聞き、純平は眠る彼女の側に歩み寄り、そっと前髪をかき分けた。
「ふぁ~あ。……俺も寝るか」
――――――――――――――
「ふーはっはっは! 正義の味方、〈カラーズホワイト〉参上!!!」
小鳥さえずる休日の朝、純平はコーヒー(砂糖盛り)を飲みながら、目の前でカッコいい(であろう)決めポーズをする妹を冷たい目で見ていた。
「なーにしてんだ? 琴」
「カラーズマンごっこです!」
「カラーズマン?」
「え!? 知らないんですかにいさん! いま、ウルスで大人気の戦隊ヒーローですよ!」
“戦隊ヒーロー〈カラーズマン〉!!!
構成員はホワイト、ブラック、イエローの三色! いま子供たちの間で大人気の愛と正義の特撮である!”
「――一応戦時中だろうが……ヒーローもんなんて流してる場合か? COLORSさんよ……」
「カラーズマンは人種差別モンスター〈レイシズムーン〉と戦って、最後は必ずロボットで相手を倒すのです! あ! それとですねにいさん、カラーズマンはにいさんと同じCOLORSの出身って設定なんですよ!」
「…………。」
「カラーズマンの影響で、将来はCOLORSに入りたいって子供が増えてるとか! にいさんには特別、この〈カラーズイエロー〉の覆面をさしあげましょう!」
純平は渡された黄色の覆面を指でつまみ上げる。
「前言撤回。ばっちり軍事利用してるなオイ。――それより琴、ごっこ遊びが終わったら支度しろよ」
「え? なにか用事ありましたっけ?」
「今日は俺達が乗る戦艦に荷物を運ぶ日だ。そろそろ案内役が来るはずだが……」
ピンポーン
呼び鈴が鳴った。
純平は名残惜しそうにコーヒーカップをテーブルに置き、宿舎 (というかマンション)の202号室の扉を開ける。
「こんにちは」
扉の前に立っていたのは小柄な美人だった。
純平は目の前の人間の容姿に戸惑いつつ、「こんにちは」と返す。
「はじめまして。ぼくは〈レイズ=グリーンフィスト〉。ブルーに君たちの道案内を任された。今日はよろしくね、純平くん」
綺麗な長髪、艶やかな唇。上目遣いで彼は純平を見る。
誰から見ても美人――なのだが、レイズという人間はどうも性別が分かりづらい恰好と顔立ちをしている。
「(ぱっと見は女だが……恰好は男。声は声変わり前の男と言われても納得するし、普通に考えれば女の声域か。でも喋り方は男……胸はないようだが) ――どっちだ?」
うふ。と口を隠して彼は笑う。
「どっちだと思う?」
その笑みは純平の戸惑いを見透かしているようだった。
弾性車両(rubber car)。
ゴムで作られたその体は例え人を轢いても衝撃を吸収し、ダメージを減らす。車同士の接触事故でも効果を発揮し、80キロで動く車同士がぶつかっても運転手は無傷で済む優れものである。
(結局性別を教えられないまま乗せられてしまった……)
その車の助手席に純平は座らせられていた。後部座席には未琴が、運転席には性別不詳の〈レイズ=グリーンフィスト〉が座って運転している。
「てっきり俺はブルー=ロータスが迎えに来るもんだと思ってたよ」
「ブルーはそんなに暇な人間じゃないよ。ぼくみたいな下っ端と違ってね」
「下っ端ねぇ……」
純平は耳を澄まし、車のエンジン音、タイヤが地を滑る音、車体が風を切る音を拾う。
「その割には良い音で走るな。速度の緩急も心地よくて、ブレーキの音はほとんど聞こえない。車が寝息を立てているようだ」
「へぇ、ブルーから聞いた通り、本当に耳がいいんだね純平くんは」
「――あんた、パイロットだろ?」
「半分、正解ってところかな」
レイズは赤信号を前に車を止め、「ヒント」と言って青信号になった瞬間――制限速度を超えて車を発車させた。
「うぎゃあああああああああ!!?」
「おいおい……! 軍人だろあんた!?」
後ろで未琴が涙声で叫ぶ。
純平はグリップを掴みながら冷や汗を流す。
レイズはハンドルを捌き、車を綺麗に躱して道を走る。速度を出しながらもその軌道に一切の無駄は無かった。
目的地の格納庫へ到着し、レイズが車を止めると同時に純平は彼の役職の答えを口にする。
「――そ、操舵手か?」
「ご名答。ぼくが君たちが乗る戦艦のメイン操舵手を担当するよ。ちなみに安全運転は保証できないから♡」
「にいさん。琴はふあんです……」
「ああ、俺もだよ……」
純平はダウンした未琴を抱っこして先に車から降りたレイズの後を追う。
「変わった格納庫だな……」
「戦艦用の格納庫だからね」
ドーム状の格納庫、その入り口を通った先には――
『おーらい! おーらい!』
『食料品はこっちだ! LSの予備パーツは第三、第四格納庫に運んでおけ!』
『明日からは泊まる奴も居るから今日のうちに準備万端にするぞ!』
太陽の陽が開けた天井シャッターから差し込んでいた。
陽光に照らされるは巨大戦艦――
「まさか、噂は聞いたことあるが……」
出航まで二日を残した朝、純平と未琴は自分達が乗る戦艦の前へと連れてこられていた。
全方位に大砲、格納庫、ブースターが付いており、死角のない最新鋭兵器。旧来の船型戦艦と一線を画す、世界初のボールの形をした戦艦。その名は――
「これがぼくたちが乗る最新鋭、最高の船。世界初の球型戦艦――〈マクスウェル〉だ」