第九話 謎の男
「古谷純平。19歳、男性。日董の生まれ。8歳までは日董で暮らしていたが日董が敗戦し植民地化されると同時に妹共々〈対アトラス人強化人間研究所〉に預けられる。
10の時、彼が居た研究所は何者かの手によって壊滅。その後15歳まで記録から姿を消す。16歳になり、傭兵団〈crow〉に入団。持ち前の銃の腕と……恐らくは研究所で授かった聴力を駆使して水面下で活躍――と」
書類の溜まった机を前に、隻腕の男は紙束の隙間を縫って頬杖をついた。
正面に立っている金髪の女性ブルー=ロータスは静かに男性の顔色をうかがっていた。
「ゴートン艦長、いかがでしょうか?」
「いいんじゃないか。あの地獄の出身だ、君が気に掛けるのもわかる。入隊を認めよう」
と言いつつ〈ゴートン=エルヴィス〉は思いつめた顔をしていた。
「古谷……」と口ずさみ、視線を上げてブルーに尋ねる。
「彼は……父親について、なにか語ってはいなかったか?」
「父親、ですか?」
――『親父の受け売りです』
「確か、古谷純平に傭兵としての生き方を教えたのは父親だったはずです。ただ、この件については深く語ろうとはせず……」
「そうか。……アイツにガールフレンドなんて居たことないはずだが、ましてや子供なんて――」
「艦長?」
「あぁ、すまない。古谷というファミリーネームには馴染みがあってね。君から見てどうだい? 古谷純平という青年は」
「戦闘IQも高く、LSの操縦スキルも申し分ないです。居るだけで役に立つでしょう」
「そういうことではない。彼という人間についてさ」
ブルーは変化球な質問に言葉を詰まらせる。
「なんでもいい。頼もしい、怖い、うるさい、面白い、くだらない。君が彼に抱いた純粋な感想を述べてくれ」
「…………。」
二十秒後。
散々悩んだ挙句、ブルーは子供が吐くような単純な評価を口にした。
「嫌い、です?」
首を傾げながら、自分でも不思議そうにブルーは言い放った。
ゴートンは思っていた逆の答えに対し、口を手で隠しながら微笑する。
「驚いたな。君は士官学校時代から無好無嫌な人間だと思っていた」
「そんなことは……」
「なるほど。優れた聴力と操縦スキル、そしてブルー=ロータスに嫌われる稀有な人間。素晴らしいじゃないか。――ん?」
ゴートンは先ほどブルーより渡された古谷純平の登録情報を見て、疑問を浮かべる。
「彼はパイロットとして優秀……なのだろう?」
「はい」
「ではなぜ、彼は整備士として登録されているんだ?」
「…………。」
わかりません。ブルーは真っすぐな瞳でそう言った。
――――――――――――――
ウルス共和国直属軍〈COLORS〉本部格納庫。
『うお~! すげぇなぁ!!!』
整備士が横一列で感嘆の声を上げていた。
彼らの目の前では一人の青年が一人の少女と共に、的確にLSの破損個所を直していた。配線の整理からコンピューター言語の扱い、部品の組み換え。全てをこなして古谷兄妹は一息つく。
「にいさんとわたしにかかれば余裕です!」
「そうだな。案外天職かもしれんぞ、これは」
古谷純平は整備士生活を楽しんでいた。
整備士の長、黒人のナッシュ=ラフターが代表して称賛の声をかける。
「お前らやるなぁ! いやぁ、驚いた。まさかこんなわけぇのに俺と同等の技術を持つ奴らが居るとは」
「いやいや、ラフターさんには敵いませんよ。修理ならともかく、改良処理は手が出せません」
「それは開発の分野だからな。修理に関しては俺より上だ、特に……破損個所の見極めを機械通さずにできるのは恐れいった」
「……なんとなく、聞けばわかるんですよ。どこか軋んで、どこが痛んでいるのか」
純平はLSの正しい駆動音を記憶している。その正しい音からズレた音を出す箇所が痛んでいるとわかる。一度、手の甲で機体を叩けばその反響音で大体の構造を把握できるのだ。そこからの修復技術に関しては育ての親の受け売りである。
「おっと、お姫様のご帰還だ。お前の担当だろ?」
純平は言われる前からわかっていた、月下の女王が近づいていることに。
ラフターは純平の胸を叩き、意味深な一言を残す。
「あれは整備士泣かせだぞ」
ラフター整備長の背中を見送り、純平は頭を掻く。
(にしても、本当に色々な人種が居るな。俺みたいなイエローが居ると思ったら、さっきのオッサンみたいに黒い奴も居るし、ブルー=ロータスのような白人も居る。だがまぁ、色んな人種の力を結束させても単色主義の帝国には歯が立たないんだから困ったもんだ)
「整備士泣かせ……つまり、すっごく操縦が下手な人ってことですかね?」
「いや、違うな。――琴、先に食堂行ってろ」
「え? でもLS2の修理なら人手がいるんじゃ……」
「LS2と言ってもあの青いのは銃火器をロクに詰んでないから修理は楽だ。俺一人で十分、それよりも食堂の席を確保しておいてくれ」
「わっかりました! 琴はもうお腹ぺこぺこです!」
未琴は勇み足で格納庫を後にする。純平は未琴の背中に向かって「ちゃんと手洗えよ~」声を投げかける。
「さてと」
ザッ。ザッ。と足音を立てて、一機のLS2が定位置に跪き、停止した。
純平は背後を振り返り、サファイアのように美しい青のLS2に近寄り、その状態を見て肩を落とす。
コックピットから降りてきた青の瞳の女性パイロットはいつも通りの鉄仮面で純平に歩み寄って来た。
「どうした、なにか問題あるか?」
「なるほどな。あんたは強いけど、整備士にとって嬉しいパイロットとは言い難い」
ブルーは少し肩を落とし、しゅん……と目を伏せる。
「そうか。理由を聞いてもいいか?」
「――だってあんたは無傷で帰って来るだろ?」
「む?」
「こっちの仕事が無いじゃないっすか。燃料入れるぐらいなら自分でできる。斧が少し刃こぼれしてるから、替えてほしけりゃ替えますけど」
「いや、別にいい。それより君は、本当にLSに乗らないつもりか?」
「またその話ですか……パイロットとしてLSを動かすことだけが、“戦い”ではないでしょう?」
「それは、そうだが……」
純平は給油口を開け、そこにホースを伸ばす。
作業をする純平に、ブルーは背後から話しかける。
「空に上がった時、他の者と連携がとれないと致命傷になりかねないぞ」
「空に上がっても俺は整備士として働きますので」
「脅すわけじゃないが、ホルス島の奪還任務では少なからず母艦はピンチに晒されるだろう。――妹の命が1%でも危険となったら、君はどうせLSに乗る。その時、他の者と意思疎通ができなければ、君も、妹も、死ぬかもしれないぞ」
純平はまずホルス島まで行く気がない。
今の純平にとって大事なのは脱出ルート。GPSリストバンドの解析をし解除、脱出用の船を確保し逃走する。過程で必要となるのはCOLORSの技術を知ること。少しでもCOLORSの機械を分析したい純平にとって整備士という立場は物凄く都合の良いモノなのだ。ゆえに整備士を辞めるという選択肢はない。
「君は整備士としても優秀だから無理強いは……もうやめよう。だが、万一に備えてせめて十二階のシミュレーション室で腕を錆びつかせないようにしておけ」
立ち去るブルー。純平は頬の油を拭い、手袋を外す。そのまま格納庫を出て、廊下へ足を踏み入れた。
(確かに、いざって時はあるだろうな……LSを奪って逃げる、そんな状況が来てもおかしくはない)
食堂へ向かおうとして、エレベーターの前で立ち止まる。
「シミュレーション、ね」
純平は食堂のある一階ではなく、十二階のボタンを押し、ゲームセンターのような空間――シミュレーション室へやってきた。
「いらっしゃーい」
白髪の爺さんが新聞を広げながらカウンターに居座っている。
「オーナーさん。ここにある機械は自由に使っていいんすか?」
「どうぞどうぞ」
純平はシミュレーション室を見渡す。
LSのコックピットのみ切り取ったような造詣の機器が立ち並んでいる。ボックス型だ。
それぞれ武装と想定ミッション、難易度などが設定されているようだ。
(ゲームみたいだな……適正に合わせて種類があるみたいだが――ま、ガンナー用のシミュレーションでいいか)
純平は銃を主武装に置く射撃練習用のシミュレーションボックスに入る。
中はそのままコックピット内部と同じだ。画面には何やらスコアが並んでいる。
「へぇ。シミュレーションのスコアを記録してるのか。一番は……〈Alfred〉。ブルー=ロータスはやってないみたいだな」
純平は画面を操作し、早速シミュレーションを始める。
「…………。」
黙々と敵を撃ち抜き、純平は数分でシミュレーション室から退出した。
――――――――――――――
純平が居なくなってから一時間後、一人の青年がシミュレーション室を訪れた。
整った眉、眼、口。女性と見違うほどの美しい橙色の長髪。軍服を着た男が白髪の爺さんに話しかける。
「オーナー! 今日も来たぞ! この、アルフレッド=ソロムがな!」
「今日も元気だねー、アルフレッドちゃん」
「それでどうかね? 私の記録は打ち破られてないか?」
「昨日見た時は全部のシミュレーション機器でアルフレッドちゃんが一番だったよ」
「そうかそうか! ふっ。やはり、私と言う人間に競えるのはブルー=ロータスを除いて居ないか。さて、今日も今日とてハイスコアを更新しようではないか!」
アルフレッドはシミュレーション機器を見渡し、顎に手を添え一考する。
目についたのは射撃練習用のシミュレーションボックス。
「む? ……ボックスが開けっ放しではないか。礼儀知らずめ」
アルフレッドはボックスを閉めるついでに射撃訓練を行うことを決めた。
アルフレッドはボックス内の座席に座り、画面に触れようとして目を見開いた。
「なぬ!?」
正面の画面に映し出されたスコアランキング。そこにいつも通りある自分の名前……一つ、いつもと違ったのはアルフレッドの名前が上から二つ目に記録されていることだ。
「私のハイスコアを遥かに上回る記録が……!? ――オーナー!!!」
「はいはい、どうしたのアルフレッドちゃん」
オーナーの爺さんはアルフレッドに呼ばれ、記録を見る。そしてすぐにアルフレッド同様に驚きの表情を浮かべた。
「アルフレッドちゃんより上――しかもこれ、理論値ギリギリの数値だよ! こんな記録、グレンちゃん以外で初めて見た!」
アルフレッドは一位の名前を見て、心の内で読む。
(“crow”……?)
「そういえばさっき男の客が来てたな……まさか彼が。顔は見なかったけど、多分、若めの子だったなぁ……」
アルフレッドは見覚えのない名前を再度確認した。
「何奴だ? この“crow”という者は……」