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神隠し


もう何時間こうして空を見上げているのだろうか。

自分の真上を通り越していく鳥の種類は20を超えた。


ここに生息している鳥は本当に色彩豊かだ。

赤に青に緑に黄色…それら全てが一匹の鳥に集約しているのだから贅沢なデザインなことだ。


うちの近所にいる鳥なんて白と茶色と黒しかないのに。



あそこにいる鳥なんてほら、火を噴いてる。

見た目はトカゲに近いけど、空を飛んでいるから鳥だ。ドラゴンじゃない。



「やばい…という言葉しか出てこないくらいやばい」


語彙力はとうに底を覗かせていた。


語彙力モンスターと言われたこの天野計之助あまの けいのすけをこうまで頭真っ白人間にさせるとは、やるじゃないか神隠し。



そう、僕は好きでこの場所にいるわけじゃない。

いや、こんな風景が好きな人間だとしても 進んで来られるはずがない。


僕は神社での神隠しを通してここに来たのだから。




1週間ほど前のこと――

僕はいつものカモさんにお仕事をしていた。


カモさんというのはつまり、いい稼ぎができるお得意様ってことだ。


「先日お話した西ITサクセス株式会社への投資の件、前向きに考えてくださっているとのことで、ええ、はい!滅相もございません、この度の投資はあのときよりも更に確実性が高いお話でして」


このカモさんは僕にとっては金の生る木である。

金を持っている上に僕のことを完全に信用しているからだ。

この状態に持っていくまでとても苦労したんだ。


1度目に持ち込んだ安定的な投資話で儲けさせてやり、2度目の投資で信用を得る。

そして、巡ってきた3度目の投資話でやっと本丸の投資にカモさんを乗せることができたのだ。



「本当ですか!ありがとうございます!ええ、はい!ありがとうございます、はい!

この後の手続きは、いつものように私共が手配しておきますので、はい!今後ともよろしくお願いいたします」



今後、なんてものはないのに我ながら景気の良い言葉がスラスラと出てくるものだ。


今取り付けた投資先の会社は、既に夜逃げの準備まで済ませた完全に「アウト」な会社だ。

そこの社長さんとは知り合いで、事前にそのことは知っていた。



うちのカモさんに株をたんまり買い取らせた後はさっさとトンズラこいて、はい終わり。

僕はその社長さんから金の一部を貰うって寸法さ。


手際の良さに惚れ惚れする。本当に。



そう自惚れていられたのもたった5日間のことだった。



共犯の社長さんからの入金を今か今かと鼻を鳴らして帰宅してみたらそこには、金属バットを抱えた集団がドアを蹴散らしながら僕の名を叫んでいた。

僕は咄嗟に悟った、



「あのクソじじい、一人で持ち逃げしやがった!」



そこからの逃避行はもう見るも無残で、コンビニの袋と財布片手に2つ隣の県にある実家まで逃げ帰ったのだ。



知らせもなく、4年ぶりに突然顔を見せた息子に母も父も驚いていたが、すんなり僕を受け入れてくれた。


茶を出し、饅頭を出し、布団を出し…まるで明日が旅行であるかのように嬉しそうな顔をして世話をしてくれた。

しばらく忘れていた良心というものがズキンズキンと痛みを発した。


僕が家を出ている間に、ばあちゃんが亡くなっていたこともその時知った。

昔はよくばあちゃんの膝で寝かしてもらってたっけ…。


そんなことを考えていたら、ふとばあちゃんがよく僕にしていた話を思い出した。



『けいちゃんや。裏の山にある神社にゃあ、お日様がさようならしたあとに行っちゃあいけんよ。あそこの神様はね、お前みたいなかわいい子をさらっちゃう悪い神様なんだ』



まあ、子供を危ない時間に山に近づかせないよくあるホラ話だとは思うのだが、付け加えて話していたことが僕にとっては印象深かった。



『昔あそこで夕方すぎまで遊んでいたけいちゃんの妹はね、神隠しに遭ってしまったんだよ』



神隠し…そうばあちゃんは神妙な顔で言っていた。

そんな馬鹿な話があるもんか。


嫌な記憶がフラッシュバックする。

何歳だったかはもう覚えていないが、僕はそのとき妹とその神社で遊んでいたんだ。


その神社は高い階段の上にそびえていて、反対側は岩だらけの危ない場所だった。

いや、だからこそ好奇心を煽られたのかもしれないが、僕たち二人は夕方を過ぎてもそこで遊んでいたんだ。


遊び方は、二人だけのかくれんぼ。

岩陰がたくさんあって楽しかったのを覚えている。


僕が鬼になって目をつむったそのとき、小さな悲鳴とともにドサッと何かが落ちる音がした。

声のしたほうへ駆け寄ってみると、妹が5~6m下の岩場に倒れてた。


すぐに僕は、足を滑らせて落ちたのだと悟り妹に声をかけた。

落ちた先に尖った石でもあったのか、頬からは血がしたたり落ちている。


妹はただ唸っているだけで一向に起き上ってこない。

不安に駆られた僕はその場を離れて大人たちを呼びに行ったんだ。



戻った時には既に、妹の姿はなくなっていた。




結局そのあと妹が、近くの池で遺体で見つかったと聞かされた。

わけもわからないまま葬式に立ち会ったのを覚えている。



だから、そう――

懐かしい気持ちに駆られたからなのか、両親の温かさにいたたまれなくなってこの場を離れたくなったのか今となってはどうでもよいが、僕は深夜にも関わらずその神社に足を運んでいた。


携帯の明りを頼りに、階段を登りきるとその神社は変わらない姿を表した。


月明かりに照らされて、怖さよりも神聖さを感じさせる。



そして、妹が落ちたあの岩場へ足を運んだ。

岩に足をかけ、下を照らしながら慎重に「あの場所」を覗き込む。


この年になって見てみると意外と怖い高さじゃないな。



と思ったそのときだった――


トンッ、と背中を押され、次の瞬間には体中に鈍い衝撃と痛みが走った。



自分が岩場から落ちたのだと気づいたのは、ぼやけた視界が元に戻ってからだった。

手は擦りむけて血が出ていた。



「ぐっ…!けほっ……いったぁ…!」



上体を起こして携帯を探す。

しかし、壊れてしまったのか明りが見えない。


手探りをしていると、なにかに触れた。

岩とは違う感触の大きなものだ。



「これは、祠か?」



自分の体と同じくらいの祠がそこにはあった。

月明かりが雲を抜け、その祠をさらに鮮明に照らし出す。


その瞬間息をのんだ。

祠の真ん中に備えられた石像には、赤黒い小さな手形がついていた。



美鈴みれい…!」



僕は無意識に妹の名前を呼びながら、その石像に血の付いた手で触れていた。



『ごめんなさいね』



そんな声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には視界は真っ白になっていた。

例えるなら、麻酔を打たれたような、頭が沸騰して意識が遠のくかのような、そんな感覚に襲われた。





そして―――――


「この現状、というわけだ…」



なるほど、これが神隠しってやつか。

まさか自分が当事者になるなんて思いもよらなかった。

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