#7「信頼 嘘つき」
蓮業寺さんのお陰で気持ちが落ち着いた私は、そのまま難なく4時間目までを終えることができた。先生が誰一人私のこと覚えてなかったのが、ちょっと効いたけど。
「購買行くけど、どーする?翼」
「んー、財布忘れちゃったからいいや。ごめんね」
おー、とだけ返事して、ちーちゃんはドアを開けて教室を出て行った。さて……じゃあ、私もお弁当出して__
「……ねね、柿田さん」
「は、はいっ!?」
背後のクラスメイトに呼ばれ、私は変にびっくりしながら返事した。背後の席の、青髪の女の子だ。いやこの学校女の子しかいないけど。
「あー、あたし霧島。よろしくね。その……矢市垣さんと、友達?」
「えっ、は、はい。そうです……」
変に緊張する。やっぱりほぼ初対面の人との会話はまだきつい。みんな良い人そうなのに、私だけが勝手に恐れてしまう。
「ほんと?そっかあ、あの矢市垣さんが友達を……」
「え、じゃあやっぱり、ボッチだったんですか?千夏ちゃん」
「いやめっちゃストレートに言うね?」
失言。反省します。
「んー、人付き合い苦手っていうよりは……なんか、周りの人のこと遠ざけてる感じかな。一定以上そばに踏み込ませないっていうか」
「はあ」
「日常会話してるとこなんて、今日初めて見たかも。お似合いだね、柿田さんと矢市垣さん」
「お似合いって……そんな、男女みたいな」
「ふふっ」
玲子ー!そう呼ぶ同級生の声が、廊下から聞こえた。
「うん、今行くー!じゃ、またね。あ、矢市垣さんとご飯食べるなら、あたしの席使っていいよ」
「はい。ありがとうございます」
軽く手を振って、霧島さんは廊下の方へ去って行った。
「あ、おかえり」
「おう」
それとすれ違いざまに、ちーちゃんが歩み戻る。
「そこ、座っていいって。霧島さんいい人だね」
「そうか?蓮業寺以外と全然しゃべらねえから分からん」
蓮業寺ともただの口喧嘩だけどな__と付け足して、ちーちゃんは霧島さんの席に座った。私は弁当箱と箸を持って背後に向き直す。
「いただきます……あれ、ちーちゃん購買のパンだけ?」
「んー」
袋を開きながら、ちーちゃんは軽い返事をした。
「ダメだよ、ちゃんと栄養とらなきゃ。お弁当ないの?」
「なーい」
ちーちゃんがパンを頬張りながら答えた。中のクリームが穴から側面の穴から出そうになると、彼女はすぐさまそれを指で拭って舐めた。
……人と距離を置いてる、か。ふと、さっきの霧島さんの言葉が脳裏に蘇った。
「どうした?」
「え?あ、ううん。なんでもない」
そんな風には見えないけど。でもあの言葉が本当だとしたら、彼女はクラスメイトの前では自分を偽っているのか__あるいは、私の前で偽っているのか?
ありえない。友達を疑ってどうする。今まで彼女がくれた言葉の全てに、嘘なんて無い。ああ、絶対に言い切れる。
「……とにかく!ちゃんとお家の人にお弁当作ってもらいなよ。パンばっかりだとお金もなくなっちゃうし」
「んー、無理だな。親忙しい」
「そっか……いつもは何時に起きてる?」
「7時半だな」
「じゃあ、7時に起きれるね?それで、おにぎりとサラダとかだけでもいいから、ちゃんと作ってきて」
「えー。めんどくせえな」
ちーちゃんは気だるげに言う。
「めんどくさいじゃない!あと、これからはサボりも禁止ね」
「え!?学校ちょいちょいサボってんのお前に言ってたっけ!?」
「前の金曜サボりだったのは知ってるけど、いつもそうしてるかは知らなかった。今そうだって分かったけど」
「あっ……」
かかったな。
「でもさ、最低限進級できる授業数は取ってるから……」
「ダメ!今サボり癖付けたら、大人になってから大変でしょ?」
「ぐっ……だーもう、分かったよ……」
よーし、折れた。
「……あたしはいいけどさ。お前、大丈夫かよ」
「え?」
「これから、学校ちゃんと来れんの?」
「私……私は……」
……うん。私はきっと__
「大丈夫。今私、すっごく楽しいから」
翌朝。翼に言われた通り、7時に起きた。少しきつかったけど、昨日少し早めに寝たお陰でなんとか起きられた。早めって言っても12時近かったけど。
翼に米の炊き方を教わり、昨日の深夜のうちにご飯を準備しておいた。炊飯器に温度低めに保温させておいたご飯を出して、具は__
「あ、明太子しかねえわ」
ラップでくるんで、しっかりと握る。ダルいと思っていたけど、始めてみると案外楽しい。
仲間を握り終わり、サラダも準備しようとした時。
「…………」
親父が、無言で台所を通りかかった。当然あたしの調理場に視線を向ける。
「……あんたの分無いからな」
「分かっている」
おはようも言わない。それだけ言葉を交わしたら、もうお終いだ。
『んー、無理だな。親忙しい』
「……一個だけ嘘ついたな」
気づくと、そう呟いていた。
キッチンの小さな時計の針は、無機質にゆったりと歩みを進めていた。