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#13「狂う 記憶」

 時は再び、朝に遡る。


「全てを話しましょう。あなたに」


 理創さんがそう言った時に。


「あの震災の日、私は娘たち二人と出かけていました。年頃の娘だというのに、嫌な顔一つせず父親とともに過ごしてくれた。あまり関係ありませんが、その時すでに妻とは離婚していました」


 私は紅茶を一口すすり、静かに聞いていた。


「道の途中、靴紐を結ぶから先に行けと二人に言ったその時、突然大きな揺れに襲われました。その時から、何かとてつもなく嫌な予感はしていました。揺れはだんだんと大きくなり、悪い予感は的中したと思った時」


 理創さんは、私にまっすぐ向けていた視線を少しだけ落とした。


「偶然、彼女らのすぐ隣に、扉の開いた古い重機置き場がありました。二人は、私の話を聞かずそこへ逃げ込んでしまいました」


 とてつもない揺れだった。あれほどの地震は、きっとこの先十年は経験することはない__そのくらいに。


「私は揺れに耐えながら、急いで彼女らを追いました。見ると、春万(はるま)が隠れる場所を見つけ、千夏がそこへ走り寄ろうとしていました」


「でも、ボロボロの屋内は逆にまずいんじゃ……」


 私が言うと、理創さんはそれに頷いた。頷いてから、長い間があった。


「…………予想通り、その場所はかなり古びていた。私が外に出ろと言おうとしたその時、限界を迎えた高い屋根が一気に崩れ、千夏の頭上に落ちました。千夏は壊れた天井を見上げたまま、動けないでいました」


「……!」


 その先を、私はもう察してしまった。お姉さんがそんなちーちゃんを庇い、大怪我を負って亡くなった__恐らく、そうだ。


「私では間に合わない距離でした。だけど、春万は臆せず千夏の元へ走り、彼女を突き飛ばして__」


 再び、長い間があった。


 私は気づかぬ間に、顔を伏し、胸を押さえていた。聞く私でさえもこんなに辛い。まして、彼は今どんな気持ちで話しているのだろう。きっと、震える心を必死に押さえている。


「……………自分が身代わりになり、屋根に潰されました」


 彼の声は低く、それは絞り出すような声、あるいは後悔の声色だった。


「…………」


 理創さんは、再び口を閉じ。


 そして、手のひらで目元を押さえるのだった。


「理創さん……」


「即死でした。医療に携わる私には、それが分かってしまった」


 …………即死?


「………柿田さんにも分かるように言うと、首と腕……それぞれの重要な脈が深く切り刻まれていたのです。揺れが収まり始めた頃、千夏と二人ですぐに助け出しましたが……もう、遅かった」


 違う。ちょっと待って。


「……理創さん、待って」


「柿田さん……?」


「お姉さんは……春万さんは、その時もう亡くなっていたんですか?」


「……ええ」


 やっぱり、違う。


「それはおかしいです……千夏ちゃんは、怪我をしたお姉さんを抱えて助けを求めてたって……それってつまり、そのあとしばらくはお姉さんが生きてたってことですよね?」


「それは……」


 理創さんの表情は……"驚き"であった。


「……千夏が、そんなことを?詳しく聞かせていただけますか?」


「は、はいっ!」


 予想通りの反応だ。やっぱり、違う。ちーちゃんに昨日聞いた話と、理創さんの話は食い違うのだ。


 だけど……どうして?


「……千夏ちゃんは確か、道の真ん中にいたって言っていた気がします。周りの逃げ惑う人々が、お姉さんを助けようとしてくれなかったって……それから確か、周りが火事になっていたとも言ってました」


「道……人……火事……」


 理創さんは、三つの単語を繰り返した。恐らく、今の話のキーワードを。


「……私たちは道じゃなく、建物の中にいた。確か、周りに人はほとんどいませんでした。それに、火事なんて……私の覚える限り、どこにも見えなかった」


「本当ですか……?」


「本当です……娘の命日の出来事を、一片たりとも忘れるわけがないでしょう」


「…………ごめんなさい」


 確かにそうだ。かなりデリカシーのないことを言ってしまった。


「いえ、怒っているわけではありません。それより重要なのは、千夏の話と実際の出来事に食い違いが多すぎることでしょう」


「はい……」


 じゃあ、なぜ……ちーちゃんの勘違いか?いや、勘違いにしては……それに、昔といっても中学生の頃の話だ。そんなに記憶が曖昧になってしまうものなのか?


「例え状況に覚え違いがあっても……お姉さんの……えっと……」


「春万の状態が違いすぎる。そうですね?」


「はい。そうです」


 私が言いにくかった言葉を、理創さんが完璧に補ってくれた。


「確かに……記憶違いとは考えにくいですね」


「なら、意図的に……?いや、でも……」


 私に嘘をついた?いや……そうだとしたら、周囲の細かい状況まであんなに変えたことが不自然だ。それに、嘘をつくメリットは……。


 だとしたら………………あと一つしかない。


「理創さん。人が自分の過去を改変することって、ありますか?」


「……?」


 突然の質問に、当然理創さんは困惑の表情を見せた。


「ええ……大きなショックがあった時、その出来事を都合のいいように改変する可能性は…………」


 そこまで言った時、理創さんは突然はっとして、呆然とした表情で立ち上がった。


「理創さん、もう一つだけ。千夏ちゃんたちは、仲が良かったですか?」


「……はい。いつも一緒に過ごすほどの姉妹でした。本当に、常に心を許していました」


 だとしたら。


「ですから、千夏が春万の死を故意に改変したりはしないでしょう。ましてや、それに関して他人に嘘をつくなど……」


 だとしたら、この矛盾の正体は、一種、彼女の思い込みだ。


「……柿田さん。春万の遺体の詳細を、この家に保管しています。そこで、一つお願いがあります」


 理創さんの視線が、まっすぐに私を捉えた。


「……千夏を、連れてきていただけますか?」




「……はい、もちろん!」






 そして、今。


「理創さんと話してほしいの。一対一で」


 私は、ちーちゃんの目をまっすぐ見て言った。


「……なんだよ、急に。なんで」


「ごめん、体調不良って嘘。ほんとは私、理創さんと話をしてた」


 ……っと。つい足を止めてしまっていた。私は再び、彼女を引っ張って歩き出す。


「おいっ……」


「ちーちゃん。なんで私に嘘ついたの?」


「あ?」


「お姉さんの話。あれ、嘘なんでしょ」


「……は?」


 気づくと、彼女の腕を引っ張っていたはずの私の体は一瞬浮き、それから逆に私の腕を掴まれて、私が捕らえられる形になっていた。


「……姉ちゃんが死んだ時の話だぞ?死人に関して嘘なんかつくわけねえだろ。いくらお前でもいい加減にしろよ」


 ちーちゃんは、鋭い目で私を睨む。ごめん……でもわざとじゃないの。


「…………嘘じゃないんだ。分かった」


 嘘じゃないのなら。私の予測は正しい、かもしれない。


「なら、理創さんと話をして。お願い」


「……何が言いたいんだよ」


「それは私からは言わない。だけど、ちーちゃんはまだ知らないことがあるの。それを知りたいなら、話をしに行って」


 そう言うと、ちーちゃんは観念するようなため息とともに、私から手を離した。


「それの一点張りだな」


「うん。私、必死だから」


 私たちは睨み合うように向かい合った。これで私たちの仲が悪くなってしまったりしたら__そんなことも頭をよぎりはしたが、どうでもいいと思えた。これは私の恩返しだから。


「分かった。そんなに言うなら行ってくる」


 ちーちゃんは背を向けて、廊下の階段へと歩き出した。


「ちーちゃん……?」


「保健室行ってくるから。荷物持ってきてくれよ」


「え……私が!?」


「自分で荷物持って行ったら不自然だろ。一回体調悪いですって報告挟まないと」


「もう……分かった」


 まあ、妥当といえば妥当な判断だが。


「ちーちゃん」


「何だよ」


 ちーちゃんは、顔だけ振り返った。


「……頑張れ!大丈夫だから」


 少し恥ずかしかったけど、そんなことを言ってみるのだった。


「意味わかんねえ」


 あんまり刺さってない!?


 ちーちゃんは深い反応も見せず、そそくさと階段を降りてしまった。


「柿田さん?」


 一息つく間もなく、後ろから声をかけられた。


「……あぁ、蓮業寺さん。朝はありがとうございます」


「いえ。順調ですか?」


 順調かどうか……即答はできない。なにせ、自体は思っていたよりも複雑だ。


「……はい」


 だけど、今はちーちゃんたちを信じるしかなかった。


 家族の絆を。

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