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#12「紅茶と 真実と」

「お茶……しませんか」


 言ってしまった。引き返せなくなった。


「…………つまり、私はどうすれば良いのでしょうか?」


 当たり前だが、そんな疑問が理創さんから帰ってきた。


「えっと……お、お話ししたいことがあるんです!」


 よし、この後は……えっと、あれ、何て言うんだっけ……おかしいな、1時間かけて計画してきたのに……。


「分かりました。ですが、だからと言って学校を休むのは感心出来ませんね」


 あ、確かに。サボりと思われても仕方ない。


「それは……そ、それだけ大切な話なんです!どうかお願いします!」


 理由になっていない気しかしないが、私は正直にそう言った。


「……分かりました。少しだけお付き合いしましょう」


 理創さんは微笑み、そう言ってくれた。


「場所はここでよろしいのでしょうか?」


「あっ、はい!ありがとうございます、本当に!」


「いえ。丁度昨日、いい紅茶を買っていました。さあ」


 理創さんは落ち着いた振る舞いで、玄関の戸を開けた。






「お邪魔します……」


 ここは……理創さんの部屋だろうか。案内された部屋は、テーブルに造花が飾られた、質素で落ちついた和室だった。


「どうぞ。そちらに座って」


「は、はいっ」


 言われた通り、テーブルの前の座布団に座る。理創さんもティーカップを御盆ごとテーブルに置き、向かい側に座った。


「この間は、自己紹介が半端でしたね……改めて、矢市垣理創と申します。医者をやっている者です」


「えと、か、柿田翼です。あーと、い、医者はやってません」


「それはそうでしょうね」


 あっ、何言ってんの私……。


「緊張なさらず。ただの冴えない中年男と話す。それだけのことです」


「は、はい……」


 すごい、これが大人の余裕か。


「しかし、今日は仕事が休みで良かった」


「あ、はい!病院の定休日を調べてきたので!」


「そうでしたか……では、やはりよほど大切な用事のようですね」


「その通りです」


 そう言った後、私はティーカップを手に取って口をつけた。鮮やかな色に似合った濃く深い味と、砂糖の甘さがベストマッチしている。そんな熱い紅茶が喉を流れていく感覚とともに、すこし緊張がほぐれたような気がした。


「……千夏のことでしょう?」


「んぶっ!?」


 驚きで、危うく紅茶を吹き出すところだった。畳にかかったら大惨事だったけど、よく耐えた私の口。


「知ってたんですか……?」


「いえ。ですが、柿田さんが私と話してくれるとしたらそれくらいでしょう」


「くれる……まあ、そうですよね」


 納得しながら、私は理創さんの話し方を気にかけていた。なんとなく、卑屈なところを感じると言うか……いや、失礼でしょやめなさい私。


「……はい。ちーちゃ……千夏ちゃんのことなんです」


 脱線した思考をしっかりと切り替えて、私は話を切り出した。


「昨日の夜、千夏ちゃんに聞きました。お二人に、理創さんと彼女に何があったか……それから、お姉さんが亡くなったことも」


「…………」


 理創さんは一瞬、少しだけ驚く様子を見せたが、すぐに落ち着いた顔に戻った。


「千夏ちゃんは、『理創さんがお姉さんを助けてくれなかった』と話していました。それが本当なのか、知りたいんです」


 理創さんがお姉さんを見捨てた__そう言わないように遠回しにしたかったけど、あまりいい言葉は浮かばなかった。


「それで、うちに」


「はい」


「分かりました。ですが千夏のお友達とはいえ、家族間の事情を他人に詳しく話すと言うのは出来かねます。それは分かって頂けますね?」


「そ……それは分かってます。失礼なことを言ってるのも、首を突っ込んじゃいけないことに突っ込んでるのも、十分承知しています」


 心臓が高鳴るのを感じる。手足が落ち着かなく震えている。


「それを知ってどうするのか……まずは、目的を教えて頂けますか?」


 緊張を払うように、私は息を吸い込んだ。


「……千夏ちゃんの力になりたいんです。お二人に、ちゃんと話をして、仲直りして欲しいです」


 まっすぐ、彼の目を見て。私は、強く言った。


「私は……中学からついこの間まで、不登校でした。希望もなく毎日を浪費してた私のもとに、ある時偶然、千夏ちゃんがやってきました。その日彼女が救ってくれたお陰で、今の私があります」


『お前のせいで服が汚れた!怪我もした!』__始まりは、そんな変な言いがかりだったっけ。あの日、"私が動き出した日"の全てを、今でも鮮明に思い出せる。


 そして私を抱きしめてくれた、あの時の温もりも。


「千夏ちゃんは、驚くほどお人好しで、優しくて……この前はあんな風に振舞っちゃってたけど、本当はもっと良い人なんです。だから……嫌わないで、ちゃんと彼女と向き合ってくれませんか?」


「……!」


 理創さんが、驚く顔を見せた__気がした。


「……柿田さん。私が千夏を嫌っていると思いますか?」


「え?あ、えっと……」


 はい、とは流石に言えない……いや、言った方が……どうしよう……。


「まあ、思うのでしょうね。あの日のやり取りを見ていたら……ですが、驚かれるでしょうが、これでも私は娘として千夏を愛しています」


 冗談を言う口調ではなかった。彼がちーちゃんを嫌っていない。唯一にして最大の、そして真実ならば嬉しい誤算だ。


「もちろん、春万(はるま)……千夏の姉のことも。二人とも、かけがえのない娘ですから」


「じゃあ……」


「じゃあ、昨日のあの態度はなんだ……そう思って当然でしょう」


 私の言葉を読み、遮るように彼は言った。


「あなたの気持ち、確かに伝わりました。私も本当のことを、全てを話しましょう」






 それから一時間半後。


「はあっ……はあっ……」


 私は息を切らしながら、全速力で廊下を駆けていた。そう、あれから制服に着替え、学校へ行ったのだ。


「ちーちゃん!!」


 ちーちゃんを捕まえるために。


「え……つ、翼!?なんで……お前風邪は!?」


「治った!それより、ちーちゃん早退して!」


 ちょうど休み時間だったが、周りの目は当然、騒ぐ私に集まった。周りでヒソヒソと話す声が聞こえる。だけど、そんなの気にしている場合ではなかった。


 理創さんから真実を聞いて気付いた。このわだかまりは、解決できる。そのために、今すぐちーちゃんを理創さんのもとへ連れて行くのだ。


「はぁ!?お前、この間学校サボんなってあたしに言ったばっか……あっ、おい!」


「良いから!こっち来て!」


 彼女の腕を掴み、私は入ったばかりの教室をまた飛び出した。


「痛った……なんだよ急に?」


 廊下を歩きながら、ちーちゃんが聞いた。理不尽な目にあったと言いたげな、不機嫌そうな彼女の瞳が少しだけ心に刺さった。


「ちーちゃん、よく聞いて」


 そんな彼女の目を見つめ返しながら、私は言った。


「……理創さんと話して欲しいの。一対一で」


 仲直り計画、最終フェーズだ。

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