#11「お茶 しませんか」
蓮業寺さんから返信が来たのは、十数分後だった。
「!」
ベッドの上でぼーっとしていた私は、携帯の震える音で我に帰り、慌てて画面を覗いた。
『了解です。お電話の方がよろしいでしょうか?』
『はい!』『あ、今からでも大丈夫です!』
2つ続けて返信した。10秒ほどして、また携帯が震えた。今度はメッセージではなく、電話の着信。
なんか緊張するなあ……先生に忘れ物の報告をするような気分で、私は電話に出た。
「……もしもし」
「もしもし。こんばんは、柿田さん」
「こんばんは。ごめんなさい、夜遅くに」
夜遅く?じゃない、まだ夜8時半だ。や、蓮業寺さんのことだから毎晩9時とかに寝てるかも。彼女からすればもう夜遅くかも。
「いえ。それで、どうかされましたか?矢市垣さんがあなたを困らせてるのなら、今から制裁に行きますが」
「あー、違います。大丈夫です」
そう答えると、彼女はそうですか、とだけ言った。ちょっと残念そうに。
「……ただ、その千夏ちゃんのことで」
「ちーちゃんでしょう?」
へ?
「え……知ってました?」
「もうクラスに知れ渡っていますよ、その呼び名。良いですね、私もそう呼ぼうかしら」
マジかぁ……自分で呼び始めといてなんだけど、なんか恥ずかしい……。
「えっと……と、とにかく!ちーちゃんのことなんです」
顔が火照るのを感じながら、私は言った。
「……あんまり詳しくは言えないんですけど……ちーちゃん今、家庭事情がよろしくなくて」
「はい」
「それで、友達だし恩があるし、力になりたいなあって思ってて……」
「なるほど。それで、どうして私なんですか?」
「あっ、それは蓮業寺さん、ちーちゃんのこと詳しいと思ったから……あ、えっと、ほら、中学校同じだって聞いてたので」
コミュ障みたいなたどたどしい口調の話を、蓮業寺さんは何も言わず最後まで聴いてくれた。
「なるほど。つまり、昔の彼女を知りたいわけですね」
「はい。そんな感じです」
その上で、"仲直り計画(仮)"の相談も出来たら……いや、彼女にそこまで頼るわけにはいかない。
「分かりました。ですが……確かに私はかつての彼女を知っていますが、友達だったわけではありませんし、詳しくは話せませんよ?」
「だ、大丈夫です。ちょっとだけでいいんです」
「はい。それじゃあ、何から話そうかしら」
しばらく黙りこんだ後、蓮業寺さんの声が再びスピーカーから聞こえてきた。
「……最初に会った時の感じと今の雰囲気は、だいぶ違いましたね。一年の頃の彼女は明るくて、お友達も多かった気がします。一年と二年の時は同じクラスでしたから、それは確かです」
結構な人気者でした__と、彼女は付け足した。
「それが変わり始めたのは、一年の二学期……でしたね、確か」
二学期。あの震災が起きた頃だ。
「あの日を境にお友達のことを避けるようになって、周りの人と口もきかなくなりました。最初は心配してくれる方もいたんですが、それを彼女は睨むようにして追い返していましたね。今は少しまともになりましたが」
ずっと仲良くしてた友達にそんなこと……性格が変わったどころか、"ねじ曲がった"とすら言える変化だ。それほどに、震災でのお姉さんの死はショックだったんだろう。
そんなことに私が首突っ込んで、どうにかできるのかな……?
「柿田さん?聞こえていますか?」
「ああ、はい。大丈夫です」
蓮業寺さんの呼びかけで、はっと我に帰った。
私はベッドに横たわる身体を仰向けにして、天井を見上げた。白い平面をぼおっと見つめながら、口を開く。
「だいたい分かりました。ありがとうございます」
「お役に立てたでしょうか?」
「はい、とても!」
良かったです、と、蓮業寺さんの声がした。
「……あの、蓮業寺さん」
「なんでしょう?」
「……一度壊れた人間関係は、作り直せると思いますか?」
「ううん……難しい質問ですね、抽象的で」
「あっ、ごめんなさい……」
「いえいえ。そうですね……正直、難しいでしょう。絆が壊れる時は酷くもろいのに、直そうとしても頑固にびくともしない。面倒ですよね、人間の社会は」
「そうですよね……」
「……だけど、必ず直せます。あなたがその証明ではありませんか」
「え……」
私が?
「柿田さんが矢市垣さんに何を言われたのかは存じませんが、現にあなたは少なからず彼女の支えがあって立ち上がれた。そうでしょう?」
その通りだった。私がまた前を向けたのも、学校に行けるようになったのも、今話している蓮業寺さんと出会えたのも、全部ちーちゃんのお陰だ。
「矢市垣さん如きに出来たことが、柿田さん、あなたに出来ないなんてことはないはずです」
「……分かりました」
吹っ切れた。やれる。やるんだ。
「……でも、まずは何をしたら……」
「人間関係の修復、でしたよね?でしたら、矢市垣さんだけでなく、お相手さんとの相談も必要でしょう」
「え……あ、はい!ありがとうございます」
独り言のつもりだったのに、彼女はわざわざそう教えてくれた。ホントに迷惑かけてばっかりだ。
でも、理創さんか……お仕事忙しいだろうし……。ていうか、あの人の勤め先も知らないし……。
……いや、待て。お姉さんのケガを治せるかもしれなかったってことは……そう、外科医だ、きっと。
「あの、蓮業寺さん。蓮業寺さんも江ヶ崎市に住んでますよね?」
「ええ。そういえば、柿田さんもでしたっけ」
「はい」
中学はギリギリ違う地区だったけどね。
「えっと、急にごめんなさい。この辺りで外科医の診療所ってありましたっけ……?」
「外科医……ああ、矢市垣クリニックですか?矢市垣さんのお父様が勤めていらっしゃる」
「あああああああ!!!それです!!!」
とんでもないトーンで叫んでしまった。
そうだ、矢市垣クリニック!理創さん、どこかで見たことあると思ったら……。
「ああ、そういうことでしたか」
蓮業寺さんが何か察したように呟いた。
「確か、明日は定休日ですよ」
「ホントですか!?」
「はい。お相手は矢市垣先生でしたか」
あ、バレた。まあ、これだけ矢市垣クリニックの話すれば気づくか……。
「先生に幼少期、手術沙汰の大怪我を治して頂いた恩があるんです。もしよければ、私にも協力させてくださいませんか?」
嬉しい話だった。彼女がいてくれれば、割となんとかなる気がしてくる。
「えーと……すみません、あとで掛け直していいてすか?作戦を考えてきます」
「分かりました。私は10時には寝てしまうので、どうかお早めに」
はい、では。そう言って、電話を切った。
…………ぐ〜。
「……そうだ、夕飯食べなきゃ!」
私は呟いて、部屋のドアを開けた。
気分は上々だった。
翌日、朝。
「おようございます、矢市垣さん」
「……なんで蓮業寺が来んだよ」
矢市垣家の前で自転車に乗ろうとしたちーちゃんの元へ、蓮業寺さんが同じく自転車で現れた。
「本日は柿田さんがお休みと聞きましたので、あなたが寂しがっているだろうと思い、お迎えにあがりました。一緒に登校しましょう?」
「まあ休みっつってたけど、だからってなんで……てか、なんで翼が休むこと知ってんだよ」
「あら、もう連絡先を交換した仲ですのよ?さ、そんなわけで観念して一緒に行きましょうか」
「あー、はいはい。もういいよそれで」
「それから、彼女の代わりにあなたを見張りますので。早退などさせませんよ、今日は」
「しねえよもう」
「本当でしょうかねえ」
そうして、蓮業寺さんは割と強引にちーちゃんを連れて去るのだった。
……ナイスです、蓮業寺さん!
「よし……あとは」
ちーちゃんがいなくなったことを確認すると、私は塀の陰から飛び出し、矢市垣家の正門前にそそっと歩み寄った。近くの水たまりに、私服姿__桃色の上着と青いスカートの私の姿が映る。
そのまま門を通り抜けて玄関の戸の前に立ち、インターホンを押した。緊張する。拍動のペースが上がるのを感じる。気のせいか、顔も熱く火照ってきた気がする。ダメダメ、勇気出せ翼!
「はい」
戸の向こうから男性の声がし、すぐに戸が開いた。当然、来たのは理創さんである。
「……柿田さん」
「お、おはようございます……」
ぎこちなく頭を下げた。
「どうしましたか?千夏ならもう学校へ向かいましたが……それに私服ではありませんか」
「えっと……あ、あの!」
食い気味に強く、私は言った。
「お……お茶、しませんか!?」