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夫には言わない

作者: raika

19時にオフィスを出て、南北線で麻布十番へ向かう。


後ろめたさが全くないかと聞かれたら、3ミリぐらいある。夫に対して1ミリ、彼に対して1ミリ、そして彼の奥さんに対して1ミリ。


週末に一泊、同僚とスノボへ行くという夫に、小さな仕返しが必要だった。夫は何も悪いことはしていないし、しないのだけれど、快く送り出すためには罪悪感のようなものが欲しくなる。


だから、4回生の頃に何度かデートをして、でも結局付き合わなかった同級生に連絡をして食事の約束をした。



一本早い電車に駆け乗って、化粧室で5分だけチークと眉を整えて、最後に全身鏡に映ったミモレ丈のスカートの位置を確認する。

年末年始に義実家を訪問する際に着たボディーラインが出過ぎない服装にしたのは、私はもう既婚者だし異性としては意識していないですよという彼への抵抗であり、夫に対する小さな罪悪感への言い訳だった。



子どもの手を引く母親と、連れ立って歩く男性会社員2人を追い越して、店に急いだ。

木曜日の夜は金曜日より落ち着いている。


5分遅れるというLINEに、ゆっくりでいいよと返して、先に入っておくことにした。

カウンターに通されて、おしぼりを受け取り、それとなくメニューに目を通して、飲み物を先に頼むか迷っているうちに彼は来た。


ーごめん待たせて。ビールでいい?

ーううん全然。うん、ビールで。


ネクタイを緩める手首には腕時計が馴染んでいて、ビールといくつかの料理を注文する様子も、当然に小慣れていた。

お疲れさま、とグラスを小さくぶつける。

お通しの和え物が気取っていなくて美味しい。



大事な営業案件の受注が今日決まったこと。

簿記の試験を受けたこと。

仕事と勉強に夢中になっていたら奥さんに拗ねられてしまったこと。



それは彼らしい物事の捉え方と、彼らしい話すリズムで、そこに、社会人になってから身につけたらしい言い回しが加わっていた。

彼が打つ相槌もその類で、丁寧で心地よいものになっていた。



ーそういえば年末、五島列島に行ったんだけど、めちゃくちゃよくてさ。



誇らしげに見せてくる画面を覗き込む。

小型飛行機、芝生のような場所、砂浜と海、海と船ー。

人差し指の先にある煉瓦色の教会に意識を向けて、彼が見聞きした島の話に耳を傾けた。



ーいいね。私も今度のゴールデンウィークに行こうかな。



ー旦那さんと?



へ、と顔を横に向けると、思っていたよりも近くで目が合って、

彼の手が、私の太腿の上にあった。



胸で音がする。




冷静を装って

2秒だけ手を重ねて




そして彼の太腿に手を戻した。

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