1-2『テンパる、ビビる』
ポチタロウ、享年八歳。柴犬系の雑種。
出会いは学校帰りに捨てられていた乳離れすらしていない子犬を拾って。
まあ、特に語る事も無いんじゃなかろうか。
小学生が子犬を拾って、両親説得して家で飼い始めた。ただそれだけだ。
まあ、一番最初はちょっと苦労したが。温めもしていない牛乳をお皿であげようとしてお母さんに怒られたぐらいだろうか。
で、そこから我が家に居る時はだいたい一緒に居た。寝る時すら一緒だったしね、なんなら大学進学を在宅で良いように地元の国立以外受けなかったまである。
そのくらい私はポチタロウラブだった。
あいらぶゆーふぉーりんらぶである。
さて、そんな愛してやまない私のポチタロウ。奴と死に別れ、転生をしてから十年の月日が流れた。
その間、私は片時もポチタロウを忘れた事は……わりとあるが仕方ないと言いたい。
前世の事を引きずって生きるのはナンセンスなのだ、私は新しい人生を歩んでいるのだ。
すまんなポチタロウ、お前の分まで私は幸せになる。ふぉーえばー。
「さあ、教えるだす、我がごすずん、サトウカズミのことをー!!」
と、再び思考の海をさ迷いながら現実逃避をしていたのだが、まあ、それじゃ状況把握とか出来ないよね。
私の家というかラスティオラ家の屋敷に突然現れ、私の生前の名前を叫びつつ迫るフェリオ王子。
さて、私の聞き間違いでなければ、この王子様は私の愛犬ポチタロウの転生した姿らしい。
いや、そんな馬鹿な。なんで人間になってるのさ。
……いや、犬耳族とのハーフだし、どうなんだその辺り。
ところで犬耳族って、みんな犬耳と犬のしっぽを持つ人間なんだけどさ、犬から進化したのか猿からの突然変異なのか……。
それとも大昔に犬とお猿さんが愛し合った結果なのだろうか。
いやまあ、この世界マジモンの神様がきっちり存在するらしいので進化論じゃなくて創造論で語るべき事なんだろうけど。
「おい、聞いているだすか!!」
「……はっ!」
しまった。どうにも唐突な事態に陥ると思考が現実逃避してしまいがちだ。
わんことおさるの濡れ場をもう少しで妄想する所だった。
「え、ええと、申し訳ありません……その、フェリオ殿下?」
「むっ、だからわすは……」
「その、殿下のお名前は当然、以前からお聴きしておりますけれども……ええと、ポチタロウというお名前は存じ上げておらず……」
「むぅ? まあ、父上にあまり言いふらすなと言われているからな、知らぬのは当然だろう」
あ、口調が戻った。なんだったんだあの妙な訛りは。
「それと、サトウカズミ…様ですか? この辺りでは聞かないお名前です」
「……??? あれ、知らない……?」
「存じ上げません」
私はキッパリとそう言った。
なんでって?
ビビりました。それ以外に理由はない。
だって、考えてみてほしい。婚約している相手が、中身が犬かもしれないのだ。
普通に考えて脳ミソに不具合がおきてないか心配するべき案件である。
解ってる、ポチタロウの名前と、前世の私の名前を言った時点でほぼ確定だと言うのは解ってる。
いやまて、もしかしたらポチタロウは別に転生していてフェリオ王子はポチタロウを騙った偽物の可能性も無くは、いや無いわ、犬を騙ってどうする。
うん、なんの関係もない奴がポチタロウの名前騙ってもメリットとか無いよね。仮に私なら自分は犬ですとか言えない。
だいたいフェリオ王子との婚約だって、私は及び腰ではあったが満更でも無かったのだ。
はっきりと述べるなら、このフェリオ王子、私の好みそのままである。
金髪碧眼のパーフェクト貴公子顔。まだ幼いがもう少し成長したら顔だけで惚れる自信がある。あった。
確かに性格などは知らなかったが、心と片隅で性格の不一致で酷い目にあってもそれはそれでじゃないかなーとか、悪魔的なビジュアルの私が囁いていたのだ。
その度にもう片方の天使が私を諌めていた訳である。
まあ、私の心境とか抜きに婚約は内定したんだけどね!
それはさておき、私が彼の言う所のごすずんであるという事をビビって咄嗟だったとはいえ、否定してしまった訳だ。
うん、どうしよう。
なんで嘘付いた私。
これ、後でバレたりしたらまずいんじゃないだろうか。
大恩ある~とか、言っていたけど、この人……犬? まあいいか、とにかく最高権力者の息子なんだよね。
しかも、結婚するかもしれないのに……。
あれ、マジでどうしよう……。
「……ん? 匂いが変わったな……」
「えっ」
向かいあったままだったフェリオ殿下がスン、と鼻を微かに動かし、そんな事を言い出した。
「言い訳ばっかりの嘘付きが放つ匂いだ」
ちょっと待って、なんでそんな事分かるの!?
「え、えと、それはどどどどういう……!?」
「ニンゲンは嘘付きになると汗の匂いが変わるのだ!」
え、なにその嘘発見器。流石犬耳族!
「おい、何か嘘を付いたのならすぐに白状しておけ、これは俺の生涯を賭けるべき問題だ、邪魔するような真似は許さん」
ヤバい怖いめっちゃ睨まれてる視線で殺される。
いくらポチタロウと言えど関係がリセットされた状態で、脅すように言われると恐怖で身体が震える。
「……フェリオ殿下!」
そこで、私の隣から声が放たれた。
声の主は、私を庇うようにしながら前へと進み出て、私と王子の間で膝まずいた。
「なんだお前は」
「無礼をお許し下さい、僕……いえ、私はラスティオラ伯爵家次男、リゼオセス・レイテ・ラスティオラにございます。殿下の婚約者として内定致しましたエルメゼシア・レイテ・ラスティオラの兄です」
声の主、リオス兄様は、畏まりつつもはっきりとした口調で自己紹介をし、更に言葉を続けた。
「エルメゼシア……エルシィは、殿下の突然の来訪に緊張してしまったのだと思います。これ以上は殿下へ無礼な振る舞いを致しかねません故、一度時間を置いて、落ち着かせたいと思います」
「それを聞き入れる理由がないな、あと、兄かなにか知らんが邪魔を……」
「殿下、礼を失して踏み込んだのは此方です、どうか……」
「……むっ……」
兄様の懇願に近い提案を、軽く一蹴しようとしていた所を今度は背後に控えていたらしい従者っぽい女性に諌められ、不服ながらも聞いてくれたらしい。
「まあいい、後で必ず話は聞くからな、覚えておけ」
「は、はい……」
どうにも、何か隠してると思われてしまったらしい。事実なのが辛い。
「ありがとうございます殿下。それでは私共は……いえ、エルシィは一度下がらせます。私が客間へと案内致しますので」
どうやらリオス兄様は接待役もやる気らしい。まあ、屋敷の使用人じゃ王族相手には格が足りないと思ったようだ。
本来は私がやらなきゃいけないんだけど、挙動不審な私を見て、まずいと感じたのだろう。
流石リオス兄様。不甲斐ない妹でごめんなさい。
「……エルシィ、ゆっくりで良いから緊張をほぐして、いきなりだったから仕方ないけど、失礼のないように落ち着いて、まずは仕度を」
ほんの少しだけ私へ顔を向けて、そう囁いてくれるのだ。
頼りになる、血が繋がって無ければ惚れてたかもしんない。
惚れっぽいな私、しょうがないのだだって免疫ないんだもの。元一人っ子ボッチだもの。
「案内するなら早くしろ」
「はい、ではこちらへ」
「ああ、そうだ、これだけは言っておくが」
「へ? は、はい、なんでしょうか?」
「飯は肉だぞ、パンはいらない。おやつは干し肉だ、甘いものは要らん、いいか、知ってることを全部聞き出すまではここにいるからな、覚えておくのだ!」
リオス兄様に案内されながら、私を指差しつつそう叫ぶポチタロウことフェリオ王子。
何故私に食事の注文を……じゃなくて、どうやら、完全に何か隠していると思われてしまったようだ。
本当に、どうしようか。あっさりバラすべきなのか、迷う。