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この恵まれた世界の中で  作者: 雀村桜子
絶望と活路
27/37

26

 ベンジャミンが客室に入ると、横になっていたエステルが顔を向けた。

「起こしちまったか?」

「ううん、起きてた」

 エステルは平然として答えた。顔色も悪くはなく、今のところ体調は安定しているらしい。少し休んだおかげか、それとも元々、一時的な発作のようなものだったのだろうか。

 今後の予定を伝えようとして、ベンジャミンは言葉に詰まった。一体、彼女にどう切り出したものだろう。事情を全て、馬鹿正直に彼女に話すわけにもいかない。なんとか良い言い訳を考えたかったが、その時間は無さそうだった。大事な話に参加できず退屈していたエステルが、「早く聞かせて」と言わんばかりの視線をベンジャミンに向けている。

「……女神の祭壇に、行くことになった」

 ひとまず、目的地だけを告げる。案の定、エステルはきょとんとした顔をして固まった。その間、どう誤魔化せばいいかと、ベンジャミンは必死に思考を巡らす。

 だが意外なことに、エステルは少しの沈黙の後、「わかった」とだけ言った。なぜそんな場所へ行くのか、どういった話の経緯でそう決まったのか、疑問を持って当然のことについても、何も質問してこない。

 ベンジャミンは肩透かしを食らい、うっかり「どうして何も聞かないんだ」と問い詰めそうになったが、何とか踏みとどまった。彼女が何を思っているのか知らないが、質問して来ないなら、その方がいいはずだ。自ら墓穴を掘る必要は無い。

「準備ができたら呼びに来るって話だ。それまで休んどけ」

 そう言って、ベンジャミンも空いているベッドに横になる。昨日、地面で寝る羽目になったせいで少し疲労が残っていたし、慣れない王との会話で気疲れもしていた。休めるうちに、休んでおきたいのだ。

 客間のベッドはあまり手入れがされていなかったが、地面とは比ぶべくもない。フカフカとした感触を背中で味わっているうち、徐々に瞼が重くなってきた。ベンジャミンはそのまま、目を閉じた。


 いくらかの時が経って、やや乱暴に戸を叩く音に目を覚ます。目を開け、身を起こすと、年老いた男が部屋の入り口あたりに立っていた。隣で、もぞもぞとエステルが身を起こす音が聞こえる。

「あんたらか。王さんの言うとった人たちは」

「ああ」

「そうか。すぐ出られるか?」

 エステルのほうに目をやると、大丈夫だ、と言うように頷いた。ベンジャミンは男の方に向き直り、「出られる」と答える。

「そんなら、村の南の港だ、城出てまっすぐ進んだとこだな、そこで待っとる。いつでも出せるから、さっさと来てくんな」

 そう言うと、男はさっさと出て行ってしまった。てっきり彼が案内して、一緒に港まで向かうと思っていたので、ベンジャミンは少々面食らった。

 第一に、彼は何者だったのだろうか。伝達に来るなら城の兵士だと思うが、彼は兵士と言うには歳を取りすぎているし、宮仕えとは思えないほど言葉遣いや態度も荒っぽい。港で待つと言っていたからには、彼が船員なのだろうか?

 隣では、エステルも同じく訝しげな表情を浮かべていた。まあ、港に向かえばハッキリするだろう。ベッドから這い出て軽く伸びをすると、荷物を取って城を出た。太陽はてっぺんを少し通り過ぎたくらいの位置に来ていた。眠っていたのは二時間ほどだろうか。まだ少し眠いが、疲労は取れた気がする。

 男に言われた通り、城を出てから南へと続く道をまっすぐと進んでいくと、町を出てしまった。道らしき人の足跡はそのまま続いているので、このまま進めということだろうか。他に道はないはずだし、多分そうなのだろう。わずかに不安を感じながら歩き続けると、正面に船の帆らしきものが見えてきた。

 辿り着いた場所は、岸壁にそのまま船が泊めてあるだけの場所だった。とても『港』と呼べるような場所には見えなかったが、先程の男が船に立っているのだから、ここで間違いはないだろう。ベンジャミンたちが近付くと、男は「さっさと来い」と言うように手招きをした。

 船は小型の帆船で、一度に乗れるのはせいぜい五人ほどの大きさだ。いくらかの食料が積まれているが、それ以外の積荷はなく、他の乗員もいない。丸一日以上の旅をするには不安のある船だったが、いまさら文句は言っていられない。

「あんたが、船員なのか?」

「そうだ」

「他には?誰もいねえのか」

「そりゃそうさ。若いのはみんな戦争行っちゃってるし、交易も止まっちゃってんだから。普通は誰も船なんか出さないよ」

 話しながら、男は船を留めていたロープを外し、出港させた。本当に彼一人しか船員はいないらしい。言われてみれば、こちらの国は城の兵士も少なかった。戦えるものは可能な限り、戦争に駆り出されているということだろう。城の中に人が溢れていた西の城とは随分と事情が違うようだ。

 ふと後方に目をやると、エステルが両手足を広げて左右に揺れていた。遊んでいるのかと思ったが、表情は真剣で、足元を見つめながら右に左に、体を動かしている。

「お前、何やってんだ?」

「……船に乗るのって、初めてだから。おじさんは平気なの?」

「まあ、何度か乗ったことはあるが。平気って何がだよ」

「足元。転びそうで怖くない?」

 なるほど、エステルはバランスを取るので必死だったらしい。手足を広げて揺れていたことへの合点はいったが、代わりに一つの疑問が湧いてきた。

「じゃあ、なんで座らねえんだよ」

「……あ」

 その手があった、と言うような顔をして、エステルはその場に座り込んだ。それから、恥ずかしそうに笑って頭を掻く。慣れない船上の状況に、そんな簡単な解決法も頭のどこかに追いやられていたようだ。ベンジャミンは呆れた顔をして、自分も座り込んだ。

「女神の祭壇だったか。西の方までは遠いからな。休んどった方がいいよ」

 船員がベンジャミンたちに話す。二日足らずの旅と言えば、ベンジャミンたちにとってはそれほど長いものでもない。とは言え船旅は自分で歩くわけではないから退屈だし、時間が長く感じるかもしれない。どうせ何かやる事があるわけでもないのだから、言われた通り休んでいた方が良さそうだ。

 さっさと眠ろうとするベンジャミンの隣で、エステルは楽しそうに周囲を見回していた。その様子に釣られて、ベンジャミンも少し体を起こして景色を見渡すと、ついさっきまで船が泊まっていた島から、少しずつ離れていくのが見える。しばしの退屈な船旅と、その先に起こる出来事に不安と期待を寄せながら、ベンジャミンは再び横になった。

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