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この恵まれた世界の中で  作者: 雀村桜子
絶望と活路
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 ベンジャミンは身を乗り出し、王の言葉を待った。彼女を救う方法がある。確かに王は、そう言った。暗雲が立ち込める状況の中、一筋の光が差し込んだようだった。しかし、言葉とは裏腹に、王の表情は決して明るくない。期待と不安の混ざりあった表情を向けるベンジャミンに、王は言った。

「女神の祭壇だ。彼女の力が女神に起因するものとすれば、そこで何かが得られる可能性がある」

「……何か、根拠が?」

 問いかけたベンジャミンに、王は首を横に振った。ただの当てずっぽうか。ベンジャミンは落胆する。

「しかし、言いにくいことだが……停戦が不成立となった以上、現状を打破する方法が、我々には無い。戦争で勝利することは元より、彼女を女神の樹まで送り届けることすら、難しいだろう。加えて、彼女の体調も優れぬとなれば尚更だ。ともすれば、今の私には……女神の祭壇に希望を求めるくらいしか、思いつかぬ」

 ベンジャミンは歯噛みした。やはり、東部はエステルの言葉に賭けるくらいしか希望がないほど、崖っぷちの状況だったらしい。そして、今度は女神の祭壇か。藁にも縋る思いにしたって、限度がある。そんな思い付きのような案にホイホイと乗れるか。

 そう考えはしたものの、ならば他の策が思いつくかと言えば、さっぱりだった。強引に戦場を抜けようとして、途中でまたエステルが倒れてしまえば、その時は確実にお終いだ。しかし、このまま待っていたところで事態は好転しないだろう。ならば、本当に女神の祭壇に賭けるしかないのか?

 だが、そんな雲を掴むような話に乗ることを、エステルは承諾するだろうか。彼女に相談しようかとも思ったが、それは危険な選択だった。まさか、「今のままだと、お前は女神の樹に辿り着く前に死ぬ」などとはっきり言えるはずもないし、かと言ってそれを黙ったまま、上手く女神の祭壇へと向かう必要性を説くことができるとも思えない。わざわざ西部まで戻るだけでも一苦労だというのに。

「――そうだ。今更またあの山を越えて西部に戻るなんて、あいつに負担が大きすぎる。そんな余裕はねえ」

「いや、その点ならば問題ないはずだ。我々も協力させてもらう」

「協力?」

「この町の南より、船で女神の祭壇へ、おぬしらを送ろう。南の海を通れば二日もかからぬし、体力の負担も少ないはずだ」

「けど、大丈夫なんですか?南を通るなら、西部の人間に警戒される可能性がある」

「おそらく、その心配は無いだろう。海流の都合上、東部の者が海路から西の王都や戦場へ攻め込むことは、きわめて難しいのだ。それゆえ、我々は海路からの攻撃を仕掛けたことがないし、西部も海路を警戒していないはずだ。迂回しつつ女神の祭壇を目指すのであれば、尚のこと目に付きにくいだろう」

 その言葉を信じていいものかどうか、ベンジャミンは悩んだ。海流については詳しくないのでよく分からないが、全体的に希望的観測の混じったような話であることは分かる。不安は拭えないが、他に方法が無いのは変わらない。この際、泥舟だろうが何だろうが乗るしかないだろう。

「なら、お願いします。あいつは俺と違って、替えが利かねえんだ。何とかして、助けねえといけねえ」

「相分かった。ならば準備が整い次第、追って連絡しよう。それまでは、彼女と客間で休まれるがいい」

「はい、ありがとうございます」

 話を終え、ベンジャミンはきびすを返す。部屋を出かかった時、その背に王が声をかけた。

「一つ、説いたい。東部の人間であれば、我々のために尽力することも理解できる。だが、おぬしはなぜ、西部の人間でありながら、東部の救世主と呼ばれる彼女に関わろうとする?」

 今までの、あくまで協力的な姿勢だった声とは、少し調子が違う。ベンジャミンの答えによっては、『敵』と見なすことも吝かではない。そんな響きのある言い方だ。

 ベンジャミンは立ち止まり、わずかに考えた。何のために、自分はエステルと旅をしていたのか。その理由は旅の中で、自分自身で何度も疑問を持ったことだ。元はと言えば、自分が彼女に斬りかかったことへの罪滅ぼしのつもりだった。だが当然、今は違う。いくつもの目的を持ち、いくつもの願いを胸に、旅をしてきた。俺が今、それを言葉にするなら――。

「……もしも、自分が多くの人間にとっての英雄になれないなら。誰からも英雄と呼ばれる人間、その一人にとっての英雄くらいにはなりたい。そんなとこですよ」

 背を向けたまま、ベンジャミンは語った。今の自分の、最も素直な気持ちだった。王の気に召す答えだったかどうか知らないが、自分にとっては満点の答えだ。

 これに文句を付けてくるようなら、王だろうが何だろうがブッ飛ばしてやる。半ば敵意すら持って王の反応を持ったが、王は何も言わない。しばしの沈黙が続くと、何だか急に気恥ずかしくなってきた。

「それじゃ、失礼します」

 そう言うと、少し駆け足気味にベンジャミンは玉座の間を出た。王はその背を、ただ見送る。彼が客間へと向かい、その姿が見えなくなると、王は顎に触れながら、口角をわずかに上げ、呟いた。

「……不思議な男だ」

 ベンジャミンの意志を、全て理解したわけではない。それでも、彼の思いに邪なものはないと、確信した。そんな表情だった。

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