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目を覚ましたとき、周囲は静かだった。まだ日が昇って間もない時間だったが、それを考慮しても街を歩く人間が少ない。町そのものの規模が小さいこともあってか、西の王都と比べると、活気にはかなりの差があった。
エステルは先に起きており、どこからか用意した焼き魚を一人で食べていた。おそらくは、近くの川で捕った魚を魔法で焼いたのだろう。彼女はベンジャミンが目を覚ましたのに気付くと、四本持っていた魚のうち、二本をベンジャミンに差し出した。遠慮なくベンジャミンは受け取って腹に収めると、少し体を動かし、時間を潰してから、王城へと向かった。
街の中央、並木道の先に王城は見えていた。やはりと言うべきか、西の城と比べると小ぢんまりとしており、装飾も少ない無骨な城だ。まっすぐに通りを進むと、すぐに城の入り口へと辿り着いた。門番などは立っておらず、勝手に入っていいものかとベンジャミンは躊躇したが、エステルは特に気にした様子もなく、城内へと入っていった。ベンジャミンも、それに続く。
城内は大広間になっており、正面に二階へと続く階段が見えた。右手側には兵士の詰め所と調理場が、左手側には資料室と会議室が、扉もなくそのまま繋がっており、とにかく『だだっ広い』という印象を受ける。空間の広さに反し、人の気配をあまり感じないのも、だだっ広さを感じさせる一因となっている気がした。
「で、王がいるのは二階か?」
「うん、二階の広間をまっすぐ進んだ先だよ」
そう言うと、エステルはそのまま階段を上ってゆく。特に誰かが案内をしているわけでもないらしい。ベンジャミンもエステルに続き、そのまま二階へと向かう。上った先は再び広間になっており、左右に廊下が伸びていた。そして正面には開けっ放しの扉の先に、玉座の間が見えている。しかし、玉座には誰も座っていなかった。
玉座の間は簡素なつくりで、色褪せた絨毯の伸びた先、一段高くなったところに玉座が一つ。その左右に燭台が一本ずつ立っており、部屋の右奥に小さな扉がある。それ以外は、ほとんど装飾らしい物もなく、兵士の一人もいないこともあって、えらく寂しく見えた。
ベンジャミンは一体どうしたものかと思ったが、エステルは特に迷うような様子もなく、右奥の扉の前へと進むと、軽く数度叩いた。部屋の奥から、「入れ」と声がする。手招きするエステルに続いて、ベンジャミンは奥の部屋へと踏み入った。
部屋の中を見たベンジャミンは、怪訝そうな顔をした。玉座の間の奥にある部屋なのだから、てっきり王の私室か何かで、豪勢な空間が広がっているのだろうと思っていたのだが、予想に反して部屋は狭く、家具や調度品の類も粗末なものばかりだった。部屋の隅には乱雑に本が積み上げられており、がっしりとした体格の男が、古びた椅子に座って本を読んでいる。
男が本を机に置き、顔を上げた。彫りの深い、目鼻立ちのくっきりとした顔に、さらに深い皺がいくつも刻まれている。一見すると老人のようにも見えたが、動作の一つ一つは力強く、目の輝きも衰えていない。実際はそれほどの高齢ではないのだろうか。
「例の救世主の……エステルです。只今、戻りました」
「うむ、よくぞ戻った。して、結果はどうであった?」
問いかける男に、エステルはかぶりを振った。男は目を閉じ、顎に手を当てて頷く。
「ふむ、やはり、そうであろうな」
「すみません、ご期待に沿えなくて」
「いや、良い。むしろ今回の件は私が、おぬしに詫びねばならんことだ」
「そんなことは……!」
二人が話しているのを、ベンジャミンは黙って聞いていた。玉座の間の奥の部屋に居るのだし、口ぶりからしても、この男が東の王のようだが、どうにも王族らしい雰囲気ではない。鍛えられた体つきと質素な服装は、むしろ年季の入った農夫や木こりのように思える。あちらから自己紹介をしてくれれば楽なのだが、エステルとの話で忙しいようだ。
「しかし、停戦が不成立となれば致し方ない。今後のことは――」
その時、続けて言おうとした男の言葉は、どさりと人が倒れる音に遮られた。倒れたのは他でもない――エステルだ。
「――ッ!」
突然の事に、王らしき男は驚いて固まる。ベンジャミンは慌てながらも、大急ぎでエステルを抱き上げる。
「どこだ!?ベッドとかは……」
「玉座の間を出て右手側の部屋が客間だ。全て空いている」
ベンジャミンは全力で部屋を飛び出し、玉座の間を抜け、一番近い客間へと飛び込んだ。そしてベッドを見つけると、エステルを寝かせた。横になった彼女が朦朧とした様子で、力無く言う。
「ごめんなさい、何度も、迷惑かけて……」
「お前は悪くねえよ」
何が迷惑だ。こんな時に、他人の心配をしている場合か。弱々しく話す彼女の様子は、本当に痛々しい。
「話は俺がつけておく。お前はしばらく休んでろ」
「……うん」
エステルの小さな返事を聞くと、ベンジャミンは部屋を出た。できれば彼女の傍にいてやりたかったが、それで俺に、何ができるわけでもない。俺が今すべきことは、できるだけ早く事態を前に進めることだ。そう考えていた。
廊下を戻った先、玉座の間の入り口あたりに、先程の男が立っていた。男は困惑した様子で、ベンジャミンに声をかける。
「……彼女は?」
「今のところは、どうとも言えません」
ベンジャミンはそう言うと、玉座の間に入るよう男に促した。男はその通りに部屋に入ると、玉座へと腰かけた。
「やっぱり、あんた……あなたが、東の王で?」
「申し遅れたな。いかにも、私が王だ」
「俺は……わたしは、ベンジャミンです。西部の人間ですが、今はあいつ……エステルに協力してます」
それを聞いて、王は少し怪訝そうな顔をした。
「ふむ、まあ、良い。彼女には、すぐに医師を向かわせよう」
「それはいいスけど……多分ムダだと思いますよ」
「どういうことだ?」
「あいつは、与えられた大きすぎる力に、その身体が耐えられてないそうです。今回倒れたのも、疲れや病気じゃなく、その力のせいで身体が悲鳴をあげてんでしょう。ただの疲労や病気なら、あいつはすぐに治せる。それができないのは、女神の力が原因の傷を、女神の力では治せないって事じゃないんでしょうか?」
「何と……」
王は眉をひそめ、目を閉じた。それから、どうしたものかと心配するように首を振る。彼の心配が、純粋に彼女の身を案じてのものなのか、国の主として戦力を失っては困るという思いなのか、ベンジャミンには分からない。
しばらく、王は考え込むようにして唸っていた。それから少し経つと、顎に手を当て、ベンジャミンの顔を覗き込むようにしながら、問いかけた。
「おぬしは、西部の出身と言ったな。西部の地が、今なお緑豊かな地であるという話は、真か?」
「少なくとも、こっちよりはずっとマシですね。西部の全てじゃなく、王都から遠い場所は荒れてるって話ですが」
「ならば、女神の祭壇、女神の水晶というものの話を聞いたことは?」
「……まあ、多少なら」
ベンジャミンは自分が知る限り、今までに聞いた話、西部の地で見てきた光景などを、包み隠さず王に伝えた。一応、東の国は敵国であるのだし、西部の自分が自国の情報を流すのは問題がある気もしたが、いまさら気にしている場合ではなかった。
王は頷きながら、話を聞いていた。そして、一通りの話を聞き終えると、やや小さな声で言った。
「彼女を救う方法が、一つだけあるかもしれぬ」
その言葉に、ベンジャミンは目を見開いた。




