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この恵まれた世界の中で  作者: 雀村桜子
絶望と活路
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「おじさん、朝だよー!朝ですよーー!」

 ベンジャミンの目を覚ましたのは、エステルの大きな声だった。今までの旅でずっと聞いてきた、明るい声だ。朝と言っているが、日の傾き方を見ると、もう昼が近い時間だろう。

「あー、うるせえなあ……体はもういいのか?」

「うん、もうバッチリ!いつでも村を出られるよ!」

 そう伝えると、エステルは一階へと降りていった。眠い目をこすりながら、ベンジャミンはベッドから這い出る。長く寝たおかげで、前日の疲労はもうほとんど残っていなかった。どうせなら、もう一日くらいゆっくりと休んでいきたいところだったが、村人たちの様子を考えると、あまり長居しない方が良いのだろう。エステルも、居心地が良くないはずだ。

 ベンジャミンが一階へ降りようとしたとき、窓から風が吹き込んだ。その風に、窓際の机から一枚の紙が飛ばされ、ひらりと落ちる。ベンジャミンは、それを拾い上げた。どうやら、誰かの手紙らしい。勝手に覗くのは良くないと、そのまま机の上に戻そうとしたが、ちらりと見えた内容に、ベンジャミンは血の気が引いた。



 なぜ私たちが、救世主と呼ばれる子を授かったのか。

 田舎の百姓に過ぎない私たちが、何をすればよかったのか。

 その答えを求め、さまよい続けていました。

 けれど、私たちは半年という時を経て尚、その答えを見つけることができませんでした。

 私たちには荷が重すぎる救世主の親としての使命を、女神さまはなぜ私たちにお与えになったのでしょうか。

 私たちは、これ以上に答えを求めることができません。

 そして、もはやあなたにとって私たちの存在は、既に重荷にしかならないものと化しているでしょう。

 互いに、これ以上の苦痛を味わわないうちに、私たちは女神さまの元へと行きます。

 幼いあなたを残して逝く、私たちを許してください。

 さようなら。



 震える手で、手紙を机に戻す。間違いない。これはエステルの両親が残した、書き置きだ。

 動悸がして、呼吸が早くなる。冷静ではいられなかった。これを見たとき、あいつはどれほどのショックを受けただろうか。親のいないベンジャミンにも、それが途方もなく大きなものであることだけは分かった。

 それに、あいつは、間違いなく両親の死は自分のせいだと、自責していることだろう。自分は勝手に力を与えられただけで、悪いのは力を与えたやつだ、自分は悪くないなんて言えるような、図太い神経はしていない。

 ベンジャミンは改めて、自分の愚かさを呪った。俺は今までずっと、あいつの苦しみを何一つ知らずにいたのだ。明るく振る舞う姿ばかりに気を取られ、どうせ幸せに生きてきた奴なんだろうと、勝手に思い込んでいた。その笑顔の裏で、彼女がどれだけの無理をしているかも知らずに。

 何か、しなければいけない。ベンジャミンは、強く思う。何をすればいいのか、いまだ見当もつかないが、こんなことが許されるとは思えない。幼い少女が、一方的に力と使命を与えられ、甘える相手も、帰るべき場所も、果てには己の命すら奪われるなど、あまりにも救いが無さすぎる。たとえ本当に彼女が世界を救えたとしても、その世界で彼女が生きることすら許されないのだ。

 一階へ降りると、エステルは居なかった。既に外に出ているらしい。荷物を取って家を出ると、玄関前でエステルがピョンピョンと飛び跳ねていた。ベンジャミンが出てくるのを見て、駆け寄ってくる。

「準備はできた?お城は、ここから南の道をまっすぐ進んだ先だよ」

 笑顔で話すエステルに、「ああ」とだけ返事をして、ベンジャミンは歩き始める。妙に同情的な態度を取るのは、彼女も望まないだろう。今まで通り、普通に接するのが良いはずだ。そんなことを考えながら、村を出た。


 村の南には、砂ばかりの大地が広がっている。それから、まばらに生えた草木。つまるところ、村にたどり着くまでの景色とさほど変わらない。ただ、サソリがいないことはありがたかった。

 歩く間の沈黙が妙に不安に感じ、ベンジャミンは今までよりも積極的にエステルに話しかけた。さっそく普通に接せなくなっているような気がしたが、同じ景色ばかりが続くのが退屈なのも事実だ。『普通』の自分でも、このくらいは会話をするはずだろう。そうでもないだろうか。いざ、普段の自分の行動を考えようとしても、思い出せない。

 東の地について当たり障りのない話を振ると、エステルはそれに答える。昔は西と変わらないくらい、緑豊かな大地だったこと。昔は村にも活気があったこと。昔は今の道を、旅人がよく通っていたこと。

 世界の荒廃が始まったのは、せいぜい一年ちょっと前のはずだ。ベンジャミンには『昔』という表現を使うほどでもない気がしたが、若いエステルの感覚で言えば、ずっと昔のように感じるのだろうか。そう思うと、自分がえらく年を取ったような気がする。

 話しているうち、エステルが南西を指差した。「王都が見えてきたよ」と言うが、ベンジャミンが目を凝らしても、遠くの景色はモヤついていて分からない。自分も視力は良い方だったはずだが、エステルの視力がそれだけ異常なのだろうか。まさか俺の視力が加齢で衰えたわけではないはずだ。

 エステルの言葉通り、それから程なくして、王都らしきものが見えてきた。西のように城壁は無く、そもそもの町の規模が小さめだ。それでも、エステルの村と比べれば遥かに立派ではある。

 町の方を眺めていると、不意にエステルがモゾモゾと動き始めた。何をしているのか見ていると、彼女は結んでいた髪をほどいた。それから肩にかけていたマントを外し、頭にかぶる。怪訝そうにするベンジャミンに、エステルは小さな声で「変装」と話す。

 その言葉を聞いても、まだ意図が分からなかったが、程なくしてベンジャミンはそれを理解した。道の向こうから、一人の旅人がこちらへ歩いてきたのだ。ベンジャミンは軽くあいさつをして、そのまますれ違う。旅人はエステルの方をちらりと見たが、特に何を言うでもなく、そのまま去っていった。

 考えてみれば、当然の行動だった。救世主と呼ばれた彼女が、顔を晒したまま王都をうろつこうものなら、騒ぎになるのは分かり切っている。西の地や自分の村はともかく、この先は変装の一つも必要になるのだろう。顔を隠すだけでは不十分かもしれないが、素顔でいるよりマシには違いない。それに、ここは直射日光や砂埃が目立つし、布で頭や顔を覆うことはそれほど珍しくない。案外、手軽ながらも有効な変装かもしれなかった。


 それから特に変わったことは起こらないまま、日が完全に沈むより少し前には、二人は王都に辿り着いた。

 やはり遠目で見た通り、西の王都と比べると町の規模は小さく、道もそれほど整えられていない。おそらく王城へと続いているであろう道は、水路や街路樹に彩られ少しばかりの華やかさを見せているが、それだけだ。旅人向けの店なども、あまり見当たらなかった。道を歩く人も少ないが、これは時間が遅いので仕方ないだろう。昼間ならば、もう少し活気があるはずだ。

 とにかく、今日は宿を探そう。この時間では今回も、このまま王には会えそうにない。ベンジャミンの考えを察したように、エステルが「こっちだよ」と言って導くように歩き始めた。こういう時には、現地の人間が頼りになる。

 しばらく歩くと、木で造られた二階建ての大きな建物に到着した。宿を示す旗が壁に下がっており、中に明かりがついているのも見える。エステルはベンジャミンに、中に入るよう促した。

 宿の中に、他の客の姿は無い。それどころか、店員の姿すら見当たらなかった。とは言え、わざわざ明かりをつけているのだから、誰もいないことはないだろう。ベンジャミンは正面のカウンター奥の扉に向かって、声をかける。すると、ドタバタと音を立てながら、痩せた男が一人、扉を開けて出てきた。

「いやいや、大変失礼いたしました。まさかお客様が来るなど、とても思っておりませんでしたもので」

 揉み手をして、ぺこぺこと頭を下げながら、店主らしき男は言った。どうやらさっぱり、客が入っていないらしい。ベンジャミンは「二人だ」と告げ、背中の荷物を下ろし、中身を取り出そうとする。その間にも、男はペラペラと話した。

「いやはや、真にありがたいことです。ここ最近は、お客様もめっきり減ってしまいまして。いえいえ、まさかうちの寝床が汚いとか、そんな事は全くございませんのですがね、ま、のんびり旅をしていられるご時世でもございませんし、何よりほら、アレのせいで最近は騒がしいですから」

 商人にお喋りな奴が多いのは、どこでも変わらないらしい。しかし、こいつはその中でも、特によく喋る。鬱陶しいとも思ったが、『アレ』という言葉が気になり、一応、ベンジャミンは問いかけた。すると店主は、肩をすくめて言った。

「そりゃあもう、アレと言ったらアレですよ、救世主とか言われてるヤツです。しかし、ありゃ本当に迷惑なモンですよ。昔は王都の医者に会いに来てた人も、みんな救世主ってヤツの所に行くようになっちまって、お客さん取られちまいましたからね。今じゃ旅の人なんて、だーれも来やしない。救世主だとかなんだとか言っても、結局戦争で戦ってくれるわけでもないし、町を豊かにしてくれるわけでもないし、うちにとっちゃほとんど疫病神みたいなもんですよ。ま、最近はどこぞに消えちまったって話ですし、これでようやくお客さんも帰ってきてくれるかと思うと喜ばしいわけですが――」

「気が変わった。キャンセルだ」

 いまだ喋り続けようとする商人に、ベンジャミンは苛立ちを隠そうともせずに言うと、再び荷物を背負い、きびすを返した。突然の言葉に戸惑う店主を振り向こうともせず、そのまま宿の外へと出る。その後ろを慌てて、エステルが追いかけた。

 ベンジャミンは乱暴に戸を閉め、舌打ちをする。疫病神。消えて喜ばしい。店主にとっては何の気のない言葉だったのだろうが、何も知らない人間にエステルを悪し様に言われたことが、ベンジャミンには許せなかった。

「あんなヤツの言う事、気にすんじゃねえぞ。てめえが悪いんじゃねえんだ」

「……うん。でも、ごめんね」

 エステルは申し訳なさそうに答える。一応、ベンジャミンは他に宿がないか聞いてみたが、エステルは首を横に振った。まあ、そうだろう。町の規模を考えれば、そう何軒も宿があるとは思えないし、あの店主の景気の悪そうな口ぶりを考えれば、あったとしても既に廃業していそうなものだ。ただでさえ戦争で旅人が減っているのだから。

 結局、王都に着いたというのに、二人は野宿をすることになった。しかし、ここ最近は野営をしていた日の方が多いくらいだったし、いまさら一日ばかり外で寝る日が増えたって、気にすることでもない。ベンジャミンは適当に空いている場所を探して、寝転がった。

「ほら、星見ながら寝るのも、悪くねえじゃねえか」

「あははは、おじさんがそんなこと言うなんて、全然似合わないよ」

「ハッ、うるせえよ」

 とりとめのない話をして、ベンジャミンは目を閉じる。思えば俺は、こいつに随分と入れ込んでいる。最初に出会った時からは想像もできなかったことだが、悪い気分ではなかった。

 だが、この日々はいつまでも続くものではない。この先、王城で起こること次第では……いや、何も起こらなかったとしても、エステルの命は長くないのだ。安息と不安が混濁する中、ベンジャミンは眠りについた。

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