17
朝早くに目を覚ました二人は、力強く荒野を歩いていった。これまでの旅の疲労はすっかり消え、全身に力がみなぎっている。昨晩、腹いっぱいに食った魔獣の肉のおかげだろう。これだけ元気が出るのなら、不老不死なんて無茶な言い伝えが出てくるのも、少し分かる。
加えて、「もうすぐ村に着くはず」というエステルの言葉も、ベンジャミンの足取りを軽くした。まだまだ東の王都までは距離があるが、ちゃんとした人里で休めるのは、やはり安心できる。サソリの足音に怯えながら眠るのは、いい加減に嫌気が差していたのだ。
彼女の言葉通り、それから程なくして荒野の先に、村が見えてきた。ベンジャミンは表情を明るくして、歩いてゆく。その時、同じく村へと向かって歩くエステルの表情が少し曇っていたことに、彼は気付かなかった。
辿り着いた村は、荒涼としていた。相変わらず周囲が砂ばかりなので、見た目が殺風景なのは予想通りだったのだが、それ以上に、活気を感じないのだ。まだ陽が落ちるまでには少し時間があるのに、そもそも村人が歩いているのをほとんど見かけない。不思議に思いながら村を見回していると、近くの民家から、一人の若い女が出てきた。その女はベンジャミンたちの姿を見ると、恐ろしいものを見たように目を見開いた。
「――エステル!?あんた、何しに戻ってきたのよ?」
「あ……ううん。すぐに旅に出るから、大丈夫だよ」
怒りの混じった声で詰め寄った女に、エステルは申し訳なさそうな顔をして答える。それを聞いた女は、ベンジャミンに一瞬、いぶかしげな目を向けた後、そのまま立ち去った。
「知り合いか?」
「……ここ、私が生まれた村だから」
問いかけたベンジャミンに、悲しそうな顔でエステルが答えた。自分の村だと言う割には、とても帰郷を喜んでいる様子ではない。それに、今の女の様子も気になった。少なくとも良い関係ではなさそうだが、単なる不仲とも、何か違うような気がした。
「私の家に、行こう。こっちだよ」
そう言うと、エステルは村の奥へと向かっていく。その時ベンジャミンは、自分が彼女に斬りかかった夜のことを思い出していた。あの日、部屋に入った時に見た、どこか儚げな横顔。それと似たような雰囲気を、今の彼女には感じる。何故かは分からないが、あまり良くない予感がした。
彼女の家は、村の西にあった。二階建てで、村の中では立派な方だったが、家の壁は傷みが目立つ。家の横に作られた小さな畑らしき場所も、荒れ放題だ。しかし、ただ古くて手入れのされていない家とは、何か違うような気がするのだが、どこがどう違うのかというと、よく分からなかった。
考えながら家を眺めていると、同じように、エステルの家を眺めている老人がいる事に気が付いた。眺めているというのは、正確ではないかもしれない。ただ、そちらを向いて動かずに立っている。そんな様子だった。不意に、その老人がエステルの方を向く。
「エステルか」
「はい、長老」
しわがれた声で、老人が声をかけた。どうやらエステルの親族ではないらしい。だが、長老と言うには随分と貧相な見た目の老人だ。ロッソも威厳のある老人というわけではなかったが、この老人は浮浪者か何かにしか見えなかった。
「帰ってきたか、この村に」
「いえ。すぐにまた、旅立ちます」
「フム、フム……そうか。それもよい。全ては女神さまのお導きじゃて」
一人で納得するように、老人は頷いた。それから、ベンジャミンの方を向く。
「……フム。して、おぬしは?」
「ベンジャミンだ。今はこいつと一緒に旅してる」
「フム。それもまたよい」
また老人が頷く。何を考えているのか分からない様子に、ベンジャミンは背中がムズムズした。老人は、まだ何かを言うかと思ったが、ベンジャミンとエステルをしばらく眺めた後、そのままどこかへと歩いていった。
「何なんだ、あの爺さん」
「この村の長老だよ。目が見えないみたいだけど、代わりに他のものが見えるんだって」
「他のものって、何だよ」
「分かんない。でも、それで病気の人の治し方とか、分かるみたいなんだ」
なんとも要領を得ない話だ。視覚を失った代わりに聴覚や嗅覚が発達して、他の人間に分からないものが分かる、ということだろうか。それともあの老人もエステルの魔法のような、不思議な力を……?
いずれにせよ、ここで立って考えていても仕方がない。エステルに導かれ、家の中に入った。
部屋にはあまり生活感が無く、殺風景な印象だった。左手側には調理場があり、右手側には二階へと続く階段が見える。家の中に、他の人の気配はなかった。
「少し、座って話そうよ」
いつもと違う、少し暗い調子で、エステルが言う。そして調理場の前のテーブルの席に腰掛けた。ベンジャミンも、それと向かい合う位置に荷物を置き、座った。




