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この恵まれた世界の中で  作者: 雀村桜子
強さと弱さ
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14

 ベンジャミンは話を済ませ、ロッソの家を出ると、北へ向かって歩き出した。東西を渡るための山へと続く道は、最初にエステルと出会った場所――村の北にある森の、入り口から東に伸びている。自分の家を通り過ぎ、さあ森の入口へと差し掛かろうという時、自分の後ろをついて来ていたはずのエステルの足音がしないことに気付いた。振り向くと、彼女はベンジャミンより三十メートルほど手前の場所で立ち止まっていた。

 何か変わったものでも見かけて、目を取られたのかと思ったが、そんな風でもない。ただ、ぼうっと、その場に立ち尽くしている。

「おい、何やってんだ。行くぞ!」

 ベンジャミンが大きな声で呼ぶと、エステルは、はっと我に返ったような顔をして、慌てて駆けてきた。その動きには、どこかギクシャクとしたものを感じる。

「何だよ、ボーっとしやがって」

「あ、あははは。ちょっと、疲れたのかも」

「ったく、じゃあ少し休んでいくか?」

「あ、ううん、大丈夫!大丈夫だから」

 やはり、どうにも様子がおかしい。昨晩はゆっくりと休んだはずだし、今までの様子からしても、彼女はそうそう疲れなど感じないはずだ。何か隠し事をしているのかもしれないが、よく分からない。ただ、無理に休ませても良くないと思い、ベンジャミンはそのまま進むことにした。一応この先、彼女の様子には気を配った方がいいかもしれない。

 東へ続く道を歩いてゆくと、徐々に周囲の景色が変わってゆく。森から続いていた木々は数を減らし、背の低い草が続く草原へ。それを過ぎると、草が生えるのもまばらになり、砂ばかりの道になる。道を進むうち見えてきた山も赤銅色で、山肌に所々、痩せた木が生えているのみだ。周囲は乾いた風が、砂の匂いだけを運んでいる。道の脇に目をやると、干上がりかけた細い川が、チョロチョロと少しの水を運んでいた。

 ベンジャミンがここを通るのは久しぶりの事だが、やはりここの光景も、大きく変わっている。昔はこの辺りの道も、正面に見える山だって、緑に覆われていたはずだ。世界の荒廃が始まったのは、一年前だか二年前だか知らないが、どちらにしても急激に砂漠化が進んでいる。行商人や王都の住人、それからゴンなどは、誰もが口を揃えて、ベンジャミンたちの村は随分マシな方だと言っていたが、その意味をようやく、ベンジャミンは実感してきた。もしも自分たちの住んでいる村がこんな風になってしまったなら、老人たちの生活はとても成り立たないだろうし、自分も村を捨て、王都の兵にでも志願するしかないだろう。

 険しい顔で歩いてゆくベンジャミンの横を、エステルは軽い足取りで、妙に嬉しそうに歩いていた。その様子に気付いたベンジャミンが、声をかける。

「お前、楽しそうだな」

「来た時と違って、今度は二人だから……なんだか、楽しくって」

「だからって油断すんなよ。一人でも二人でも、山道は危険なんだからな」

「うん、分かってる。おじさんも気を付けてね」

 頷くエステルの様子に、妙な違和感を持つ。と言っても、ついさっきの、村を出るときのような、不自然な様子ではない。だが、何かが引っかかる。少し考えて、ベンジャミンは違和感の正体に気付いた。

「そういやお前、いつの間にか俺にタメ口になってねえか?」

「あ、えっと……ダメ?」

 バレちゃった、とでも言うように、エステルは頭を掻いた。ベンジャミンは文句の一つでも行ってやろうかと思ったが、やめた。元々、丁寧に話されるのは苦手なのだ。あまり馴れ馴れしくされるのも気に食わないが、わざわざ丁寧に話せと押し付けるのは嫌だ。「勝手にしろ」とだけ言って、先を急ぐことにした。

 二人は山道へと踏み入り、傾斜の付いた地面の上を進んでゆく。歩く度に、足元の砂がザクザクと音を立てる。山肌の道は細く、決して歩きやすいとは言えないが、今でも人が通る道であるためか、大きな岩が道の脇に退けられたり、地面を均した跡があり、最低限の道らしさを残している。

 ベンジャミンは魔獣に出くわすことを警戒していたが、周囲に生物の気配は、ほとんどない。果物のなる木どころか、獣の食べる草すらもロクに生えていないところを見ると、動物たちも安息の地を求めて旅立ったのだろうか。

 今でこそ気性の荒い魔獣たちだが、女神の力が世界に満ちていた頃は、積極的に人を襲うことはしなかった。それが変わったのは、やはり世界の荒廃が原因だろう。魔獣もまた、生きるために必死なのである。もっとも、それを理由に魔獣に同情する気など、ベンジャミンにはさらさら無い。生きるために必死なのは、人間も同じなのだから。

 何にしたって、危険が無いなら無いで、それに越したことはない。東の国までの道のりは、まだ長いのだ。いきなり体力を消耗させられては、たまったものではない。しばらく歩いた所で、目の前の地面にいくつかの岩が突き出しているのが見えた。歩行の邪魔になりそうな大きさではなかったので、無視してそのまま踏み越えようとする。

「おじさん、待って!」

 エステルの声に、何事かと振り向く。彼女の目線は、ベンジャミンの足元へと向けられていた。それを見て、ベンジャミンも自分の足元を確認する。その瞬間、顔を引きつらせて飛び退いた。なんと、自分が踏んでいた『岩』が、モゾモゾと動いていたのだ。

 周囲の砂を押しのけ、『岩』はその姿を現した。ごつごつとした黒い体に、細い足を伸ばした姿は、蜘蛛に似ている。だが目を引くのは、大振りな一対のハサミと、長く伸びた尾だ。そして尾の先には、鋭い針を備えている。ベンジャミンは少し考えて、おそらくサソリだろう、と判断した。今一つ自信のない答えになったのは、その大きさのせいだ。彼が知るサソリは、大きいものでもせいぜい手の平に収まるくらいだったが、目の前のそれは、大人の頭ほどの大きさがある。とても、同じ種類の生き物とは思えない。

 騒ぎに釣られたように、少し離れた位置に埋まっていたサソリも二匹、地上に姿を現した。どちらも、最初の一匹と同じくらいに大きい。サソリたちは眠りを妨げられて怒ったか、ベンジャミンに向かって腕を振り上げ、威嚇するような姿勢を取っている。これ以上刺激しなければ見逃してくれそうだったが、先へと進む道は、他に無い。左は切り立った山肌、右は断崖である。無視して通り過ぎることは、不可能だろう。

 サソリの両腕のハサミは子供の手ほどの大きさがあり、指でも挟まれようものなら、瞬く間に切り落とされてしまいそうに見えた。確か、ハサミの大きなサソリは、それだけで十分天敵に対抗できるために、尻尾の毒は比較的弱いと聞いたことがあるが、ハサミだけでも十分すぎるほどの脅威だろう。それに、これだけ大きな体だ。毒そのものが弱くても、大量に注入されれば危険なのは間違いない。つまるところ、ハサミにも尻尾にも、全く油断できそうになかった。

 じっくりと、相手の出方を窺っている暇はなさそうだ。だが幸いにも、こっちには買ったばかりの武器がある。ベンジャミンは右手の斧、左手の盾、それぞれを強く握りしめた。せっかくだ、試し切りをしてやる。

「おらっ――!」

 気合を入れ、まだ目の前で威嚇の姿勢を取っているサソリ目掛け、斧を振り下ろした。ぶん、と風を切った斧が、サソリの体にそのまま、叩き込まれる。

 ガチン、と高い音がして、本当に岩でも殴りつけたかのような硬い衝撃が、ベンジャミンの腕を痺れさせた。サソリは斧で殴られた衝撃で、砂の中に体を半分ほど、埋まらせていた。しかし驚くべきことは、斧の直撃を食らっても、その背に少し傷が付いたのみで、甲殻は砕けていなければ、目立って陥没もしていなかったことだ。砂が衝撃を吸収したのだとしても、異常な硬度である。

 予想外の事態に、ベンジャミンは一瞬、硬直した。その隙にサソリは斧と地面の隙間から抜け出し、そのままベンジャミンの足元へと、素早く這い寄ろうとする。

「ちィ……ッ」

 ベンジャミンは咄嗟に、後方へと飛び退いた。そこに、入れ替わるようにしてエステルが前に出る。腰に下げていた剣を右手に握り、迫り来るサソリの正面に立つ。狙いを定め、サソリの背の関節めがけて鋭く剣を突き出す。ヒュッと風を切った剣は正確に、甲殻の隙間を刺し貫いた。再び、キンと高い音が響く。突き刺した剣を素早くエステルが引き抜くと、サソリの体から黄土色をした液状の体組織がドロリと流れ出す。致命傷を負ったサソリが、その場でのたうち回る。

 その様子を一瞥だけして、エステルは前方へと目を移す。残り二匹のサソリが、左右に分かれて彼女へと迫りつつあった。エステルは左手を少し前に出し、手を開いて構える。その体を、淡い光が包み始めた。魔法だ、とベンジャミンは直感した。

 光は素早くエステルの手の平に集まったかと思うと、光の中から弾けるように炎が上がり、光球が火球へと変わる。エステルが、かっと目を見開くと、火球は一直線にサソリに向かって飛び出した。正面からサソリに直撃し、衝撃で周囲の砂を巻き上げて爆ぜる。吹き飛ばされたサソリは、体に火をつけたままひっくり返った。

 瞬く間に二匹のサソリを仕留める光景に、ベンジャミンは戦いを忘れて、見入っていた。そして、三匹目を一体どうやって倒すのかと、まるで物語を読んでいるかのように、期待の眼差しを向けようとしていた。だが、エステルは動かない。次の攻撃の準備をしている様子ではなく、集中力が途切れ、立ちつくしているような姿だ。そこに、最後のサソリが這い寄ってくる。

 まずい、と思いベンジャミンは駆ける。だが、どうする?斧をそのまま叩き込んでも、あいつらには効果がない。甲殻の隙間を通すような使い方は、斧では難しいだろう。ならば――――。

「おおおおおおおっ!」

 ベンジャミンは叫び、斧を左下に向けて構える。そして、サソリが間合いに入った瞬間、全力で外側に振り抜いた。斧の側面でサソリを捉え、その体を、思いっきり打ち払う。カァン、と小気味のいい音が響き、綺麗な弧を描きながら、サソリは崖下に落下していった。

 その様子を見届けると、ベンジャミンは額に浮いた汗をぬぐった。それほど激しく動いたわけではなかったが、驚いたり慌てたりしたせいで、体のあちこちに変な汗が滲んでいた。

「おじさん、ナイススイング!」

 ベンジャミンの肩を叩き、エステルが微笑みかけた。笑顔に、疲れた様子は見えないが、額は少し汗ばんでいる。

「急いで魔法を使うと、精神力をすごく使っちゃってね。ちょっと、フラついちゃったりするんだ。助けてくれて、ありがとう」

「バカ言え。助けられたのは俺の方だろうが」

 なるほど、さっき立ち尽くしていたのは、そういう事か。ベンジャミンは納得した。とっさに自分が割って入ったのは、正解だったらしい。とは言え、もう元気そうにしているのを見ると、別に自分が割って入らずとも、迫ってきたサソリが襲い来るより前には立ち直れていたような気もした。それに、二匹のサソリを仕留めたエステルに対し、自分は一匹を追い払っただけだ。結局、感謝されるような働きができたとは、とても思えなかった。

 体に浮いた汗をふき取って一息つくと、ベンジャミンは歩き出した。その後ろを、嬉しそうな顔で、エステルがついて歩く。東西を繋ぐ山道は、まだまだ長く続いていた。

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