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王都を出てから村に戻るまでの道のりは、来た時より気楽だった。どうせエステルがいれば、ニワトリや魔獣とて恐るるに足らないと、気分に余裕があったのだ。そうして堂々と歩く姿に野生動物も恐れをなしたか、それとも単なる偶然か、今度は一度も襲われることなく、翌日の夕方ごろには、村へと辿り着いた。もう日が落ちそうだというのに、何やら村が騒がしい気がして村の中心を見やると、大きな馬車が停まっており、何人かの村人がそこに集まっている。
「こりゃ、ツイてるぜ。行商人が来てやがる」
ベンジャミンは誰に言うともなく呟いた。馬車の隣に立つ男の姿は紛れもなく、時折村を訪れる行商人だ。定期的に来るわけではないので忘れていたが、これは都合が良い。
商人の男に近付き、声をかけようとしたが、その時、馬車の近くで騒いでいる子供がいることに気付く。そちらを見ると、剣を持ったティムと、その隣に立つトムソンの姿が見えた。
「よお、何やってんだ?」
ベンジャミンが声をかけると、トムソンは困ったような顔で、ティムは興奮した様子で彼の方を見た。トムソンも何かを言おうとしたが、それより先に、ティムがエステルに駆け寄り、声をかけた。
「エステルの姉ちゃん!姉ちゃんからも父ちゃんに言ってくれよ!」
「え、なにを?」
「剣だよ、剣!俺、姉ちゃんみたいに強くなりたくてさ!買ってくれって言ってんだけど、父ちゃんがやめとけって言うんだ」
そう言って、ティムは手に持った剣を掲げた。まだ成長途中のティムの体には少々大きく、やや不格好だ。しかし、強くなりたいという心意気は天晴れなものだが、ベンジャミンは不満そうにする。どうせ誰かに憧れるなら、俺ではないのか。恩を売りたいわけではないが、つい最近、魔獣から守ったばかりの自分を差し置いて、エステルに憧れることは……いや、それより、剣に憧れることが不満だ。ベンジャミンは二人の間に割り込んだ。
「おいガキ、剣なんてやめとけ。てめえにゃまだ早いし、使い道もねえよ」
「なんだよおっさん、いいじゃねえか」
「買うなら斧にしろ、斧に。斧はいいぞ」
「やだよ。斧なんてダセーもん。やっぱ男は剣だろ」
「あ?」
斧をダサいと言ったティムの言葉で、ベンジャミンのこめかみに青筋が立った。木こりにとって斧は命だ。そして、俺にはそれ以上に、斧にこだわる理由がある。ベンジャミンは大きく胸を張って、弁舌を振るい始めた。
「おいガキ、よく聞け。その昔、斧一本で世界を救った無敗の英雄はな、自分が斧を使う理由を問われて、こう言ったんだよ。『剣は人を殺す、だが斧は人を生かす』ってな。意味が分かるか?つまり、剣は戦争で人殺すくらいにしか使い道がねーがな、斧は木ぃ切って家建てたり、薪作ったり、色々できンだよ。つまり斧ってのは人を救うために存在する、英雄のための武器で、ついでにパワフルな男のロマンが詰まってんだ。それにな、お前は知らねえだろうが、斧ってのはただ叩き切るだけじゃなくて、投げて使う戦い方ってのもあんだよ。上手く当てるのにはコツがあるし練習もいるが、俺くらいになりゃァ百発百中の――」
「おじさん、聞いてないよ」
エステルに肩を叩かれて我に返ると、ティムはベンジャミンを無視して、再びトムソンに剣をねだっていた。クソガキめ。歯ぎしりするベンジャミンを見て、エステルがおかしそうに笑う。
「旦那、斧がお好きなんでしたら、いいのがありますよ」
突如、背後から声をかけられる。振り向くと、商人の男がベンジャミンの方を見て頷き、馬車の中を漁り始めた。それから一本の戦斧を取り出し、ベンジャミンに見せる。
「旦那が腰に下げてる斧、もうボロボロじゃないですか。これを機に新しいやつ買った方が、いいと思いますがね」
そう言われて、今まで使っていた斧をよく見ると、確かにガタが来ていた。考えてみれば、随分と前からまともに手入れをしていない。鈍った刃は研げば何とかなりそうだが、頭がグラついているのはどうしようもないし、柄の木も、かなり痛んでいる。このまま使い続ければ、東の国から帰る前にポキリと折れそうだった。
とは言え、斧一本と言えば、そこそこ高い買い物だ。どうしたものかと悩むベンジャミンに、商人が言う。
「お安くしときますから、お願いしますよ。いまどき武器なんてなかなか売れないし、重いから馬も嫌がるし、さっさと売らないと困っちゃうんですよ」
「じゃあ、なんで仕入れたんだよ」
「いやね、そりゃあたしだって嫌でしたがね、前に寄った村で押し付けられたんですよ。ま、あたしも鬼じゃありませんで、飢え死にしそうな人間に、手元の財産がこれだけだって言われて差し出されちゃあ、受け取らないわけにもいかないでしょうよ。それで、引き換えに米とか油とか売ることになっちゃって、もう泣きたいですよホント」
商人はペラペラと苦労話を口にするが、この手の話は大抵、作り話だ。飢え死にしそうなほど荒廃した地に住んでいる奴が、薪割り用の斧ならともかく、どうして戦斧なんて持っているのだ。おおかた、王都で兵士に配られた装備の余りでも引き取ってきたのだろう。
とは言え、新しい斧が欲しいのは事実だ。東の国までの旅路で、魔獣に襲われる危険性は十二分にある。エステルがいれば大抵の戦いは何とかなるだろうが、彼女に任せっきりにするのも気分が悪い。
とりあえず、手元の雑貨を商人に見せて取引を持ち掛けてみたが、商人は渋い顔をした。持て余している品でも、さすがにヘチマや石鹸では不満らしい。仕方なくベンジャミンは一度家に戻ると、保存しておいた米を引っ張り出した。大の男でも、半月は食えるほどの量がある。斧一本には少し多いかとも思ったが、どうせこれから、しばらく旅に出るのだ。放っておいて古くしてしまうよりは、売っぱらった方がマシだろう。米を商人に見せると、眉をハの字にしていた顔が、わざとらしい笑顔に変わる。
「さすが旦那だ。それなら、こっちの盾も一緒にお付けいたしますよ」
「調子のいいこと言いやがって、邪魔だから処分してえだけだろ」
「いやいやまさか、見ての通りの、最高の品ですよ。それにほら、とてもお似合いのことで」
商人は半ば無理矢理に、ベンジャミンに鉄製の盾を持たせる。似合うかどうかはともかく、今後の旅のことを考えれば、あって困るものではなさそうだ。足元を見られないよう、あくまで不満そうな顔をしたまま、ベンジャミンは斧と盾を受け取った。それが済むと、商人は「今日はそろそろ店じまいですかね」と言って、外に出していた品物を馬車に片付け始めた。気付けば、日が沈み始めている。
「ベンジャミン、これから夕飯なんだが、お前たちも来ないか?」
トムソンが、ベンジャミンに声をかけた。その後ろで、ティムが不満そうにしている。どうやら、剣は諦めることになったらしい。
「ほら、前にマールがご馳走するって言ってたし、それに、エステルちゃんの停まる場所も必要だろ?うちなら空いてるぜ」
「わ、ありがとうございます!」
ベンジャミンが答えるより先に、エステルが頭を下げた。ベンジャミンも、特に断る理由も無いと、頷く。特に、ここ数日は手の込んだ料理を食えていなかったので、素直に言葉に甘えておこう。トムソンの家に向かいながら、ふと隣を見ると、ティムが楽しそうにエステルと話していた。つい一分前まで機嫌を悪くしていたはずだが、もう忘れたようだ。良くも悪くも、子供らしい。久しぶりに、賑やかな夕食になりそうだと、ベンジャミンは顔をほころばせた。




