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翌朝、ベンジャミンたちは部屋で食事を取ってから、宿を出た。相変わらず、天気が良い。旅をする上では好都合なのだが、ここ最近、雨が降ることが目に見えて減っているのは、多少気がかりだ。今のところ、ベンジャミンの村は目立って水不足に悩まされてはいないが、いずれは困窮するのだろうか。今まで、自分は戦争にも、世界の荒廃にも無頓着だったが、エステルと王城へ行くことで、何か変化が起こるのだろうか。王城へ近付くにつれて、普段は考えなかったことを、あれこれ考えるようになる。ベンジャミンも、少しは緊張しているのだ。
戦争が始まる前まで王城の一階部分は一般開放されていたため、ベンジャミンも何度か入った事があったが、さすがに国王に謁見したことはなかった。そもそも国王の顔すら、ベンジャミンは見たことがない。確か、厳格な人物だと聞いていたような気がするが、面倒な事にならないだろうか。自分の品の無さは自覚しているだけに、悩みは尽きない。まあ、どのみち国王に用があるのは自分ではないのだし、黙って立っていれば良いだろう。
「おい」
王城の入り口には、鎧を着た二人の兵士が立っており、ベンジャミンたちが近付くと、片方の兵士が声をかけてきた。鋭く、威圧的な響きのある声だ。
「現在、無用の者の立ち入りは禁止している。用が無いなら立ち去れ。それとも、傭兵の志願者か?」
兵士の言葉には、「どうせ違うのだろう」と言いたげな響きがあった。確かに、事情を知らないものがエステルを見れば、こうした反応になるのも無理はないが、あまり気分の良くない言い方だった。それを気にした風もなく、エステルは書状を取り出すと、兵士に見せた。兵士は最初のうち、怪訝そうにしていたが、国王の名が記されているのを見つけると、顔色を変えた。
「大変失礼いたしました。どうぞ、こちらへ」
もう一人の兵士に対して「ここは任せた」と言うように目配せをすると、兵士はエステルたちを城内へと招いた。先程までの威圧的な態度は、微塵も残っていない。これだから宮仕えの連中は嫌いなのだ、と思いながら、ベンジャミンは城内へと踏み入った。
石造りの城内は、外と比べると少し気温が低かったが、吹く風に冷たさは、あまり感じない。兵士や給仕らしき者たちが、ひっきりなしにあちこちの部屋を移動しているところを見ると、人の熱気が空気の冷たさを相殺しているらしい。無用の者の立ち入りを禁じていると言う割に、戦争が始まる前よりも場内の人の数は多く見えた。
西の王都に、徴兵制は存在しない。兵士は全て、自ら志願してきた者たちだ。とは言え、彼らの多くは、積極的に戦争に参加したいと思っているわけではない。世界の荒廃により生活が成り立たなくなった者たちが、兵役に服すれば衣食住が保障されるからと、仕方なく志願してくるのだ。城に仕える者の多さは、それだけ生活に困窮する者が増えていることを意味している。
そうして考えると、優勢と言われる西部の者たちも、決して豊かな暮らしをしているわけではないことが分かる。このまま世界の荒廃が進むと仮定した場合、仮に戦争に勝利したとしても、いずれは自分たちも滅びるだろう。西の国王がバカでなければ、その点に危機感を持ち、抜本的解決を求めている可能性は大きい。だからと言って、エステルの話を信じて停戦に応じるとは考えにくいのだが……。
ベンジャミンたちは赤い絨毯の敷かれた廊下を、兵士に導かれるまま、奥へ奥へと進む。廊下は完全な一本道で、それぞれの部屋へと通じる扉以外に、分かれ道はなかった。確か、一本道に作った方が城に侵入した敵の迎撃がしやすいんだとか、そんな事を聞いた気がするので、そういうことなのだろう。しかし、扉と明り取りの窓、それから燭台ばかりが、全て一定間隔で続く廊下は、歩いていると少々退屈だ。
しばらく歩いて、二階へと続く階段に辿り着いた。階段の横には、また二人の兵士が立っている。一人は痩せていて背が高く、もう一人はがっしりとした体つきに、髭を生やしていた。ベンジャミンたちを案内していた兵士は、その二人に事情を告げると、入口へと戻っていった。
髭を生やした方の兵士が、ベンジャミンたちに「しばらくお待ちください」と言って、二階へと上がってゆく。しばらくして兵士が戻ると、ベンジャミンの斧と、エステルの剣を指した。
「申し訳ありませんが、武器となるものはお預かりさせていただきます」
ベンジャミンは一瞬、躊躇する。もちろん王城で暴れるつもりなど毛頭なかったが、兵士に囲まれた中で武器を手放すのは、どうにも心細い。しかし、どうせ隣にエステルが居るのだと思うと、その不安も立ち消えた。二人が武器を差し出すと、背の高い兵士がそれを預かる。それから、髭の兵士に連れられて、二人は二階へと上がっていった。
二階正面の扉は開け放たれており、その奥には数人の兵士と、玉座に座った初老の女が見えた。間違いなく、あれが国王だろう。国王は鋭い切れ長の目で、厚い化粧をし、紫を基調とした豪華なドレスを身に纏っている。なるほど確かに威厳のある様子だが、少々けばけばしい雰囲気があった。
「このような時期に客人とは、珍しい。東の王よりの書状を預かっていると聞いたが」
低く、はっきりとした声で、王が話した。あまり大きな声ではないが、強く、よく通る声だ。エステルは少し頭を下げると、書状を取り出した。それを髭の兵士が受け取ると、王へと手渡す。王は何の表情も浮かべずに、受け取った書状に目を通した。
「荒唐無稽な話だ。このような話を以て停戦を要求するなど、東の王は乱心か」
王は憫笑した。その様子に、エステルが落胆する。まさか彼女も、そう簡単に停戦が受け入れられるとは思っていなかっただろうが、こうも一笑に付されては無理もないだろう。なんとか説得するような言葉を探そうとはしているが、通じそうな相手ではない。もごもごと口を動かしているエステルを、王は眉一つ動かさずに見下ろしている。
「……一つ伺いますが、王サマはこの先、どうするつもりですか?」
黙って見ていることができず、ベンジャミンが割って入った。自分が必死になって王を説得する必要などないし、説得に応じてもらえるとも思わなかったが、このまま引き下がりたくもなかったのだ。ロクに使ったこともない丁寧な言葉を必死に引っ張り出し、王に問いかける。
「どうする、とは何だ?」
「確かに、戦争は西が有利かもしれません。だが、戦争に勝ったとして、世界の荒廃が止まるわけでもない。今のままじゃ、いずれ西の人間にだって限界が来る」
「ならば、お前には全てを解決する方法が、見えているというのか?」
「こいつに……救世主の力に、賭けてみる価値はある。そう思うだけです」
「言ったはずだ。そのような荒唐無稽な話を信じるつもりはない。もっとも、戦争が終結し、我々の邪魔をする者がいなくなった後であれば、そのような戯れに付き合うことも考えられようがな」
「テメェ……」
東の人間を見捨てろ、と言うような王の言葉に、ベンジャミンは怒りを隠せなくなる。それが、仮にも人を率いる者の言う事か。自分が戦う立場でもないくせに。いや、戦う立場でないからこそ、こうも簡単に、多くの犠牲を出す選択ができるのか。いいご身分なことだ。もはや立場を忘れて罵倒の言葉を口にしようとした彼の口を、エステルが塞いだ。
「――協定は不成立、という事で。承知いたしました」
静かに、それだけ告げると、きびすを返した。ベンジャミンは納得できなかったが、立ち去るエステル見ると歯噛みして、彼女に続いた。エステルも、王の言葉に納得したわけではないだろう。何か言い返したいことは、あったはずだ。だが、これ以上言い争いを続けても、こちらの立場が悪くなるだけであることも明白だ。悔しさを噛み殺して冷静な判断をしたエステルの思いを無碍にしてまで、王に食ってかかることは、ベンジャミンにはできなかった。
「ったく、あのケバババア、偉そうにしてるだけで、結局何も考えてないだけじゃねえか。てめえも何か言ってやりゃよかったのによ」
「……仕方ないですよ。こんな話、やっぱり信じてもらえないと思ってましたから」
城を出たベンジャミンは、思いっきり鬱憤を吐き出した。元はと言えば、自分だってエステルにそれほどの希望を持っていたわけではない。彼女の超人的な戦闘力や、人を癒す力は疑う余地もないが、だからと言って、たった一人の人間が世界全てを救えるなどとは、今でも信じられない。それでも、他に何の解決策も用意できず、勝ったとしても一時しのぎにしかならない戦争を行っている人間に鼻先であしらわれるのは、気分が悪い。王だか何だか知らないが、ただ椅子にふんぞり返って偉そうな事を言っているだけの奴と比べれば、そこらの村人だけでも救っている俺の方が、よっぽど立派だ。クソッタレめ。
「で、どうすんだ?停戦の話はおじゃんになったワケだが」
「東の国に、戻るしかないでしょうね。ここに居ても仕方ないですから」
ベンジャミンは考える。もともと、自分の役目は城までの付き添いだった。ならば、これで終わりだろう。通り道である、ベンジャミンたちの村までは同行するかもしれないが、それで終わりだ。こいつが東の国に戻って何をするかなんて俺には関係の無いことだし、もう二度と会わないかもしれない。
ようやく、こいつのお守りから解放されるのだ。清々する。そう思っているはずなのだが、どうにもスッキリしない。それでいいのか、と自分の中で声がする。ベンジャミンは、エステルに目をやった。肩を落として話すエステルの姿は、いつもより小さく見える。救世主だと呼ばれ、特別な力を持っているとしても、やはり中身は子供だ。
「ったく、めんどくせえな。まあいい、そうと決まったらさっさと東の国に向かうぞ」
それを聞くと、沈んでいたエステルの表情が明るくなった。その分かりやすい態度に、ベンジャミンもつられて顔をほころばせそうになるが、何とか踏みとどまった。お前が喜んでくれて嬉しい、なんて態度を見せるのは、何か負けた気がするのだ。
「えっと、これからも一緒に来てくれるんですか?」
「そう言ってんだろうが。それとも何だ、俺なんて居ねえ方がマシだってか?」
「いえ!それじゃあ、よろしくお願いします!」
ベンジャミンは、小さく舌打ちをした。結局、安い同情心で面倒事を引き受けてしまった自分に、苛立ちを感じる。だが仕方がない。彼女の目的は、まだ達成されていないのだ。未解決の問題をほったらかして立ち去れるほど俺は腐っていないし、人を救ってこそ、英雄だ。そう、俺は英雄らしいことをしているのだ。ベンジャミンは、無理矢理にプラス思考に切り替えた。
西の国から東の国までは、本来ならば世界の南を通って二日もかからずに移動できる距離だ。しかし、南方で戦争が行われている今は、北を通って大回りする必要がある。早くとも片道に一週間はかかるだろう。東の国で面倒事が起これば、滞在期間はさらに伸びるはずだ。ベンジャミンは持ち物を確認して、ため息をつく。こんな事になるなら、もっと多くの雑貨を持ってくればよかった。今の手持ちの品では、長旅に備えてあれこれ買い物をするのは厳しい。かと言って、一度村に戻ってから、再び王都を訪れるのは無駄が多すぎるだろう。
結局、ベンジャミンは少量の水と食料だけを購入し、王都を出た。もう少し街を見て回りたい、などとエステルが言い出さないか気にしていたのだが、彼女は特に何も言わなかった。王城の一件で王都に良くない印象が付いたのかもしれないし、考えてみれば、そもそも観光に来たわけではないのだから、当然のことかもしれない。
ただの「通り道」に過ぎないはずの、ベンジャミンの住む村の人々をわざわざ手助けして回っていたところを見ても、彼女は心の内では人々を、そして世界を救うことに強い使命感を持っているのだ。天真爛漫に振る舞ってみせる彼女の本心を、ベンジャミンは徐々に理解していた。




