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この恵まれた世界の中で  作者: 雀村桜子
日常と非日常
11/37

10

 二人は、ひたすらに歩いた。幸いなことに、その後は野生動物に襲われることもなく、一度の野営を挟んだ翌日の昼過ぎには、遠くに王都が見えてきた。と言っても、城塞に囲まれた街の内部の様子は、外からでは窺い知ることはできない。ただ、城塞の上に頭を突き出した石造りの城が、「ここが王都だ」と言っていた。

 それにしても、王都も随分と変わったものだ、とベンジャミンは思った。自分も数か月に一度は王都を訪れていたが、半年ほど前には、こんな城壁など存在しなかった。あの頃は、遠くからでも街行く人の明るい声が聞こえてきそうな活気のある町だったのに、今では町と言うより、物々しい雰囲気の砦のようだ。

 複雑な思いを抱えるベンジャミンとは対照的に、エステルは見慣れない建造物に目を光らせ、面白そうにしている。自分が敵国の本拠地に乗り込もうとしているようには、到底見えない。

「――そういや、なんでお前、こっちの城なんかに用があるんだ?」

 まさか暗殺に来たわけでは無いと思うが、そうでなければ何のためにわざわざ世界の反対側から西の城まで訪れたのか、ベンジャミンには見当もつかなかった。

「私に力が宿った時から、声がするんです。女神の樹に行ってほしい、そうすれば世界を救えるんだ、って」

「ほう?」

「でも、女神の樹に通じる道は今、戦場です。両国の合意を得て戦争を止めてもらわないと、あの樹には近付けませんから。停戦の申し立てに来たんです」

「ちょっと待てよ。そんな話に、こっちの王が応じると思うのか?」

 西の王に限らず、仮に俺が王だったとしても、「自分は救世主で、女神の樹に行けば世界を救えるから停戦しろ」なんて話をされたって、頭のおかしな奴が来たと、つまみ出して終わりだろう。ましてや、敵国の人間の言う事なら尚更だ。その場で処刑してもおかしくはない。

「でも、東の王様は信じてくれたんです。それでほら、書状がここに」

 そう言ってエステルは、一通の封書を取り出した。中身は見られそうになかったが、高級そうな紙に東の国王の名が書かれているのを見ると、おそらく本物だろう。

 確かに、エステルの持つ魔法の力を見れば、彼女がただ者でないことは伝わるはずだ。とは言え、「女神の樹に行けば世界を救える」という話については、何も根拠がない。にもかかわらず、国王がそんな夢物語のような解決策に希望を託したのだとすると、東の戦況は、よほど悪いのだろう。

 停戦を申し立てたところで、西の国王が応じるとは到底思えない。むしろ、東の戦況の悪さを知れば、すぐにでも滅ぼしにかかると考えた方が自然だ。東の王はそんな事も分からないほどバカなのか、本当に、万に一つでも停戦が成立することに賭けるくらいしか打つ手が残されていないのか……。

「ま、さっさと済ませちまうか」

 ベンジャミンは、考えるのをやめた。どうせ俺が警告をしたところで、今から黙って帰るはずもないだろうし、このまま書状を渡した結果東の国が滅ぼされたとしても、それが東の王の選択なのだ。俺が横から口を出すような話ではない。そうして強引に自分を納得させたものの、どこかすっきりとしない気持ちを抱えていた。


 それから二人が王都に到着した頃には、日が沈みかけていた。今から王城へ向かったとしても、おそらく王への謁見は叶わないだろう。今日は、どこかで宿を探す必要がある。面倒と言えば面倒だが、野営と比べればよっぽどマシだ。大きな門をくぐり、二人は城壁の中へ踏み入った。

 外から見た様子もそうだったが、城壁の中の光景も、ベンジャミンの記憶にある王都とは大きく様変わりしていた。かつての王都は、よく言えば自由な活気に溢れていたものの、悪く言えば統一感が無く、とっ散らかっている、そんな街だった。旅人向けの店も民家の中に無造作に点在しており、あちこち回るのが面倒な一方、新しい店を探す楽しみがあったものだ。だが今は、王城へと続く一本の道が整備され、店はそこに、すべて集められている。一定間隔で並んだ店の間を歩く人々には、どこかピリピリとした空気を感じるし、その動きには統率されたものを感じた。

 宿はすぐに見つかった。目抜き通りより一つ奥の道、レンガ造りの建物に、「宿」と大きく書かれた垂れ幕が下がっており、非常に分かりやすい。建物に入り、店主に空いている二人部屋を訊ねると、一つだけ残っていると言われた。ベンジャミンは「それでいい」と言うと、店主の目の前に持ち物を並べる。オイルライター、干したヘチマ、石鹸、木彫りの人形、それから袋に詰めた米など。店主はその中からいくつかを手に取り、それにベンジャミンが頷くと、店主は宿帳を指差した。ベンジャミンは名前を書くと、部屋へと向かう。

 現在は、こうした物々交換が主流だ。王都には以前から貨幣制度が存在していたが、今は通貨による取引はほとんど行われていない。資源の不足や戦争の影響から、貨幣に対する信用が下がっているのだ。米や油、その他の生活必需品などの方が、よほど価値があった。

「ところでお前、手ぶらで旅してるみてえだけど、メシとか宿とか、どうするつもりだったんだ?」

「結構、何とかなりますよ。食べ物はその辺で手に入りますし、寝るときは木の上とかで寝ちゃいます」

 そう言いながら、エステルはマントで体をくるんで見せた。

「鳥かよ、てめえは」

「今の力が手に入ってからは、あんまり疲れませんから。それでも平気なんです。でも、ちゃんとした宿に泊まれるのは嬉しいです」

 何から何まで、普通の人間とは違うらしい。それにしても少しは自分の体に気を遣うべきだと思うのだが。こいつと話す度に、呆れてばかりだ。長く話していると疲れるし、さっさと部屋で寝てしまおう。

 ベンジャミンは部屋にたどり着き、ドアを開けると、そのまま固まった。部屋はそこそこの広さがあったが、どういうわけか、ベッドが一つしかないのだ。店主には確かに二人だと伝えたはずなのだが……ベッド自体は大きいところを見ると、二人で寝ろという事だろうか。

「私は、床で大丈夫ですよ。ベッドはおじさんが使ってください」

「バカか。てめえがベッド使え」

 当然のようにベッドを譲ろうとするエステルに、怒りを浮かべながらベンジャミンが反論する。二人で仲良く同じベッドで寝るなんてことは、もちろん論外だったし、子供を床で寝かせてベッドで高いびきをかけるほど図太い神経もしていないのだ。

 しかしエステルも、自分は大丈夫だからと食い下がる。自分の用事に無理矢理付き合わせているんだからとか、ベンジャミンは荷物を背負って疲れているはずだとか、ああだこうだと言って譲ろうとした。だが、最終的に「お前が寝ないならベッドを叩き壊す」と言って暴れ始めたベンジャミンを前にして、ついには折れた。

 決着がつくと、余計な手間をかけさせるなと不貞腐れたように、ベンジャミンは床に転がった。その夜、エステルが小さな声で「ありがとう」と言ったのが聞こえたが、何も聞いていないという風に、ベンジャミンは背を向けた。

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