ザ・マン・フー・ソウルド・ザ・ワールド その5
数十分前
「……やっぱりあった…ディアンさんは遺していてくれた……」
ディアンの死体のポケットから、イトスの口にしたものより半分ほど小さな目玉が出てきた。
人の死体を漁るという行為は、当然だが不本意だ。ただ、ディアンの死体を見つけたときにふと思い立ったのだ。イトスに今日この日まで抵抗していたことは察しが付いていた。だからこそ、もしかしたらディアン本人の能力で何か遺してくれているかもしれないと。まだこの時のユノは、まさか使う時がくるとは思いもしなかった。
ディアンの能力の名は『メトロノミー』。物質を素粒子レベルで作り替える「再構成」の能力。
その能力に目を付け、扱いのとてつもなく難しいオルドリクセンを利用するためにイトスは狙ったというワケだ。
ユノの手に握られている目玉を何度も見返す。あるはずのないものが、そこにはあった。
「な……あれは……小さいが…同じ形状をしている。私が口に入れたオルドリクセンと同じ目玉だ……!」
イトスの複製などではない、小石ほどの小さな目玉。一体どこにあったのか、それはイトスにとっては脅威でしかなかった。
「……そんなもの紛い物に決まっている!汚れた血め……あの女ごと掻き消してやるッ!!!」
重い体を押し出し、歯軋り立てた凶相で目玉を抹消しようとする。痛みや脅威は気負いに一切影響を与えず、血眼になってでもその目玉をこの世界から消さんとする。
リアスの横を見向きもせずに通り過ぎる。
「させるか……!…イトス!」
意識が朦朧とする中、左手で血で重たくなった服のポケットから一つの指輪を取り出す。
正直に言えば忘れていた、最後の一つである対特異能力武器である毒針の指輪。一回限りの毒針を射出し、刺さった生物は長くても十秒程で死に至る、恐ろしい武器。
それを不器用に左手で構え、スイッチを押す。
「!……」
真っ直ぐ飛んだ毒針は、イトスの左肩に深々と刺さった。刺さないことを危惧してはいたが、やはり背後からの不意打ち、イトスに対応できるはずもなかった。
刺さった部分は徐々に肌の色が失われ、腐ったように変わり果てていく。
「……つけあがるなよ……私は勝者、貴様は敗者だ!このイトスに刃向かう敵は全て排除する!!」
すると突然、毒針の刺さった患部に手を当てると全力を込める。手は変色した部分を被っており、爪が強く食い込んでいる。
「な……何をやって…!?」
「私は勝者だ!不可能など無いんだァアッ!!!」
イトスは一心不乱に、患部を素手だけで千切り取った。深紅に塗られた肉片と血飛沫が、グロテスクに飛び散る。
そしてあろうことか、毒針の猛毒が全身に広まることはなかった。毒矢などは刺さった部分をすぐに切り取れば、毒が全身に回らなくなると聴いたことがある。つまりは奴はそれを素手で行った。
「貴様に出来ることが私に出来ないハズが無い……!こんなところで私の14年を無駄にはさせないッ!」
痛みが無かったかのように、歩き出した。放置されていたコリオの複製が動き出し、背後からリアスの脹ら脛にガラス片を突き立てる。
「アグァァアッ!!!」
深く突き刺さるガラス片は激痛を体中に運び、ボロボロのコリオの複製が悲しみを呼び寄せる。足止め目的のその一撃は、さらにリアスの意識を薄れさせた。
「……ふざけるな…」
白衣はもう白い部分がほとんど無くなり、イトス自身も血で真っ赤に変わる。そのまま歩き出したイトスはユノのもとに近づき、髪を体こど掴み上げた。
その顔に以前までの平静さや冷酷さは無く、ただただ本性である狂った忠誠心を剥き出しにしていた。
「アーリーの娘風情がッ!覚悟だ仲間だ語るんじゃあ無いッ!!!子供如きがこの私に盾突くとはッ!恥を知れェェエッ!!!」
一発、二発と、重く堅い拳がユノに叩き込まれる。乾いた血でコーティングされた鉄のように堅い拳。気を失っているユノは叫びもあげずにただ殴打されるだけ。
何発殴ったかもわからないほど殴り、やがて気が済んだイトスはユノを離す。人間のような情を持たない彼には、傷だらけのユノの顔は眼中にすら無い。
「馬鹿らしい……消すか」
その場に屈み、ユノが持っている目玉を探す。
偽物だとしても、自身を脅かす物は全て排除する。全ては理想のために、犠牲も何も重んじない。
しかし、いくら服のポケットの裏地を出そうと、いくら隙間に手を入れようとも、目玉が見つからない。
「無い……無いぞ……この女ァッ!!どこへやったァッ!!」
躍起になったイトスは目玉と一緒に持っていたチューブを投げ捨て、ユノを蹴り上げる。
吐血し、痣だらけのユノはゆっくりと、震えながら瞼を上げた。
「……雇われ…て……みない…?……リアス…」
最後の力を振り絞って、リアスに目を向ける。血だらけのユノの口の中には白く丸い物体が見え、すぐに深淵へとそれは消えていった。
「まさか……この女…!瀕死だというのにッ!目玉を呑み込んだというのかァッ!!!」
もうプライドなどは捨てたといった様子のイトスは、憤怒の表情でユノの口を開き、腹を殴りつけるも、目玉は出てこない。すなわち、オルドリクセンが取り込まれたという証。すぐにでも死ぬというのに、呑み込む意味がイトスには分からなかった。
ボロボロのユノは、吹けば消えそうな程のかすれた涙声でリアスに声をかける。
「……守って……皆を………」
寝たくもないのに眠りに落ちるように 微笑みながらユノは瞼を下ろした。立つことすら限界だったユノは、最後の希望に賭けた。
リアスは反発を、ユノは吸引を。発動条件はリアスとユノが近くにいること。二人で完成する能力。
その能力は今、「覚醒」する。
ヤケクソ気味の戦いですが温かい目で見てください。




