ザ・マン・フー・ソウルド・ザ・ワールド その3
「君たちで実験するというのも、悪くないな」
複製で創り出した椅子を投げ、リアスの目の前で瞬時に消滅させる。消滅の際には破裂音が伴うため、一瞬目を瞑ったリアスを狙い、イトスは手を伸ばした。
手に触れられれば敗北ということを強く覚えているリアスは、張り手のように反発でイトスを退けつつも後退する。
「ッ!」
だが後ろには、拳銃を振り翳すコリオの複製がいた。
拳銃が内部損傷を起こして使い物にならないとはいえ、撲殺するという考えは四歳児でも出来るだろう。
「オラァッ!!」
だが向こうもこっちも戦力は二人。コリオが鏃で拳銃を弾き飛ばし、複製を殴り飛ばす。殴り飛ばされた複製は壁にぶつかり、後頭部から血を垂れ流す。
自分を殴るというのは自戒しているようで複雑な気持ちになってくる。
「避けるだけじゃあ私の能力は分からないぞ。身をもって体験したほうが……早いとは思うんだがなァ…」
近くにある机や椅子、棚にある薬品を投げても、イトスの手に触れることで全て消えていく。その物体があったという事実さえも、イトスの記憶以外から消失していく。
いつの間にか消えている家具などには気づかず、リアスは複製を適当にあしらう。
「複製は敵じゃあ無い。なかなか能力が見られないイトスが問題だ」
「リアス……イトスにしか理解できない能力っていう可能性はない?あの性格なら、試すために強引にでも使ってくると思うんだけど……しかも壁が無いって、ありえる?」
微妙に笑いながらも、二人は等間隔で物を投げつける。それに対して、気分の良いイトスは、孫の相手をする祖父のようにその無駄な行動を嘲笑う。
棚にあった薬品は抹消され、家具も金具も、診察室内にある物はほぼ全て消え去った。
「違和感はあるけど……ここの内部構造は知らないし、壁は最初から無かった記憶が…」
「まあ確かに……最初から無かったね」
そして二人は遂に、医務室内にある全てを投げ終えた。残っているモノと言えば、扉や窓、そして掛け時計ぐらいだろう。
「アハハハッ、頑張れ、もっと足掻け。君達が真実に辿り着くことは…無い……!」
イトスがまだ能力を使っていないハズが無い。能力の正体が掴めないのであれば、それは「当たり前」を当たり前では無くするモノ。精神に干渉する、もしくは目に捉えることが出来ない能力。
明らかなる違和感を、完全に場違いだという感情を覚えればいい。何も知らなくとも、あらゆる物につきまとう常識というものが欠落していれば違和感というものを必ず覚えるはず。
それが楽に行えるのなら苦労はしないのだが、そのためにわざわざずっと物を投げつけていたのだ。
「やっぱり……あるはずのものが無い…いくら場所が場所とはいえ、医務室に薬が無いっていうのは、異常じゃない?」
「引っ越しでもするみたいに、なーんにも無いってのは、おかしいね」
空っぽの医務室。顔をしかめる二人と常に笑うイトス。頭にかかりまくる靄。不可思議で言い表せない目眩のようの感覚。この状況で、イトスの新能力がまだ使用されていないワケがないのだ。
「幻覚を見せる能力か、記憶を操作する能力。少なくとも、どっちかであることは確定…」
大体の見当はついた。とりあえず今はただ、拳に触れないことを意識すればいい。
「……さっきから一秒ずつ交互に物を投げているなとは思ったが……そういうことだったのか…まあいい、分かったところで……何ら変わりはないッ!」
イトスは膝をつき、床に手を付く。そのまま立ち上がると共に床を蹴り、リアス達に向かわずに奥にある壁へと向かった。
「?……ま、待て!」
リアスは思わず追跡し始める。壁の前に来たイトスは跳び上がり、壁を蹴って天井に手を触れた。
人並み外れた身体能力がないと言っていたが、比較的高めの天井に手を付けるほどの跳躍力があるではないか。
一回目にイトスが触れた床はボロボロと崩壊を始めている。リアスには奴の狙いが分かった。
「イトスよりも上に跳ばないとマズい!コリオ!跳べ!」
残り時間に見合わず、コリオまでの距離が遠すぎた。
『ネヴァーマインド』と『フー・ソウルド・ザ・ワールド』の発動条件はどちらも拳で触れること。その区別は、イトスの意思によって決まる。一度床に手をついた際は『フー・ソウルド・ザ・ワールド』を発動させ、天井に手を触れた際は『ネヴァーマインド』を発動させた。
ホワイトハウスには地下がある。今リアス達がいるのは日本で言う1階。1階の床と地下の天井を共に抹消し、1階の天井と2階の床の複製を、1階の床と地下の天井の代わりとして創り出すということ。イトスよりも上に出なければ、イトスの創り出した床の複製に阻まれて地下へと落下する。
医務室の床は崩壊し、落ちゆくコリオの頭上に天井が一瞬で創られる。リアスはイトスを追跡していたせいで、複製の床という障壁によって、コリオと離れ離れになってしまった。
「コリオォォーーッ!!!」
新しい床にリアスの体は叩きつけられる。別にコリオは死んだというわけではないが、一人減ってしまったのは致命的だ。
「……私の複製達が一体どこへ行ってしまったのか……気にならないか?」
「……なんだと?」
「つい先程、聖歌隊みたいに律儀に並んでた複製のことだ。私は最初から、君達二人を引き離そうと画策していた。勿論、作戦はここでは終わらない。」
胸騒ぎがする。下の階の真下の部屋の音は聞こえないが、心臓が荒縄で締め付けられるような罪悪感と恐怖感がする。今まで積み重ねた積み木が、グラグラと激しく揺れる。
「君達を引き離したあとは……ただの鯉の餌やりだ」




