七星 その2
「…もう……無理…」
目に納まりきらないほどのホラーな子供達を目の前にして、コリオの意識が朦朧となる。
「あぁ……」
遂に倒れたと思ったその瞬間。コリオの体を何者かが受け止めた。
「チャッキーかな…?」
コリオの薄れゆく視界に映った紺色の髪の少年。子供達のほうを睨んでいる。
「まあ、敵でしょうね」
もう一人映った男と髪色の似た少女。
2人はコリオの顔を覗き込むと、コリオを床に置き、前に出た。
「ナフッ…アダタッ」
大量の子供達は各々の凶器を手に、洗練された軍隊のような隊列で歩を進める。
「喋れるのか、更に気味が悪い」
ユノとリアスは進んでくる子供達をものともせずに前進する。
多勢に無勢の戦いは体格的にもどちらが勝つか予想がつかない。
「コリオッ…コロスァッ!!」
子供達は一斉にバッタのように飛び出した。
「頼んだわ!」
ユノはリアスの後ろに回り、服を掴み盾にした。
リアスは驚いた様子で腰を屈め、コリオを持ち上げる用意を始めた。
「頼まれた!」
刃物持ちの数十体の相手を無理だと判断したのか、リアスはコリオをお姫様抱っこすると、2人は同時に走り始めた。
「どうすんのよ!」
縛った髪をたなびかせ、ひたすら廊下を走る。
行き先は行き止まりだが、重厚な扉が一つだけ見える。
ユノはコリオを抱えるリアスを見て少し焼きもちを焼いているような顔をしていた。
「こっちだ!」
リアスは扉が近づくと、すぐに取っ手に手をかけた。
金属製で分厚そうなところから見るとおそらく先は倉庫であろう。
ドアはスライド式、横に引けばいいのだが。
「ちょっと何してんのよ!」
「今日休日だァアーーッ!!!」
そう、休日。昇降口のガラス戸をジョーンズに開けてもらったはいいが、休日に学校の部屋の扉が開いているはずがない。
2人は命を懸けているので焦りが目に見えて分かる。
「そっ、そうだ!」
ユノはリアスを押しのけ、取っ手に手のひらをかざした。
「つまむ所だけを引き寄せて…」
腕を左に捻ると、ガチャッという音が聞こえ、扉が開いた。内部のサムターンの部分だけを引き寄せていた。
中に飛び込むと、即行でドアを閉め鍵をする。
その部屋は土や埃の匂いが漂い、小窓だけから光が差し込む体育倉庫。
リアスは来たことがないが、中にはいろいろと使えそうなものがある。
「やはり…本体をやるしかないかなぁ」
子供達を一掃するというのにも無理がある。リアスの反発はマシンガンみたく連発はできない。ユノの吸引も釘程度の大きさならまだいいのだが、包丁やノコギリなどの大きさになると刺さった際に洒落にならない。
そう考えている間も子供達がドアの前にうじゃうじゃと集合していた。
「ババドゥァァアーーッ!!!」
揃った奇声を上げドアをぶち破り、決壊したダムの如く一気に子供達が流れ込んできた。血眼で攻めてくる姿はもうただの呪われた人形だ。
「ッ…!」
リアスは反発で無理矢理、大きめの体操用のマットを子供達に向かって吹っ飛ばした。おまけでユノもマットを挟んで子供達を引き寄せる。
しかし何体か机から漏れ出した子供もおり、奇々怪々と向かってきた。
「せーのっ!」
2人は揃った掛け声でネットを投げつけた。
バレーやバトミントンで使うであろうネットは子供達に被さる。さらにユノがネットの端を引き寄せ、ネットで子供達を包み込んだ。
「漁猟ってとこだな」
リアスは一笑すると、ネットで包み込んだ子供達を踏みつけて2人は出入口に向かって進んだ。
遠距離操作型または自動操縦型の能力だから動きが単調なのか、机を当てた子供やネットで包み込んだ子供達は冬のナマズみたいに大人しくなった。
「ギャダバーーッ!!!」
しかしまだ手に余るほどの子供達が2人に突撃してきた。
「やっぱり、遠距離操作型かな…?」
「おそらくそうだろうけど、そろそろ時間よ」
2人はほぼ同時に、子供達には目もくれずに瞼を下げた。
その直後、強烈な閃光が放たれた。倉庫内は真白になり、影も一瞬だけ消え去った。
目を瞑っていても明々とした一閃が理解できた。
「ギャーース!!」
2人の周囲にいた子供達は急な閃光に目を塞ぎ、バタバタと倒れていった。
光は一瞬と設定していたので、2人は少しゆっくりと目を開けた。
「ストロボがこんなところに置いてあるなんて変な学校ね」
ユノは倉庫の壁伝いに置いたストロボを見つめる。
運動用のマットやネットの中に大型のストロボがあるのはさすがに怪しく感じたが、結局は全滅は出来た。だが戦いは終わったわけではない。
「本体が来るまでは油断はできないね」
「目がァ…視力が下がったよォ…うッうッ」
ワイシャツを着た小太りの男は、目をこすりながら重い足取りで歩く。ソフトモヒカンの頭は微妙な悪っぽさが出ている。
「クソォ…許さないぞォ…うッ」
ガラガラ――と、男は金属製の重厚感のある扉を両手で開けた。それだけでも男は息切れをした、額に汗を浮かべている。
「16分、けっこう早くて助かったよ」
「ひぇぅ?」
倉庫内に入ると人影が真横に見えた。
その人影は男の顔の横に手のひらをかざしていた。
「雇い主は…誰?」
ユノが何かを下に敷いて座っていた。
よく見ると、大量の人形のようなものが網の中に入っていた。
男は体中に汗を噴き出し、目が泳ぎ始める。
「言えば許す、言わなかったら…分かる?」
ユノは妖艶な佇まいで男に意味深な言葉を向けた。その眼差しは男をさらに恐怖させる。
「わ、分かったよ!言うってば!あははうッ……」
男は息苦しそうな声でせがんだ。しかし視線は泳ぐフリをして一点を見つめていた。
視線の先には壊れたガラクタの如く、不気味な動きで立ち上がるあの子供がいた。
その子供はユノの背後に足音一つたてずに近寄る。
男がニヤリと笑った瞬間。
「ドギュアーーッ!!!」
いつもの奇声と共にナイフをユノの背中に振りかざした。
カンッ――
包丁が弾かれた。ユノの背中には2つの鏃が、背中を這うようにして浮遊していた。
「私の『セヴンズ・スター』は触れた物を反射させる……二度も同じ過ちを犯すってことはバカってことだ」
ユノとはまた違う、男勝りで厳ついが柔らかい声。
弾かれた包丁は再び、1つの鏃から1つの鏃へと反射し、子供の背に突き刺さった。
「ひィゥッ!!」
「時間はそんなにないから、早めに喋ってくれない?」
ユノが挑発すると、男は怖じ気づいたのか
「分かった!分かったから!そ、そう!僕はそのコリオっていう女の子を殺せって命令されたんだ!」
「なぜ?」
「詳しくは聞いてないけど、能力のために必要だって…うッ」
「能力って…雇い主の能力か?先に雇い主を言え」
「えっ…えっと…」
男はもじもじと下を向く。
「早くしろ!」
リアスの怒号に体を反応させた男は閉じていた口を開いた。男は口の中に汗が入り、どんどん顔色が悪くなっている。
「や、雇い主は……ア――――
突然、男の背後から伸びた短剣によって男の左胸が貫かれ、血飛沫が水鉄砲のように噴き出した。
男は悲痛の叫びを上げる時間も与えられず、その場に崩れた。
「!」
「途中までは100点だったが……それは0点だ」
血飛沫を受け、倒れる男の後ろから体全体を見せた人影。
それは完全に、あの首を切断された男と同じ姿の人間だった。
「……!?」
3人は口を半開きにし、全く同じ姿の男を見る。
服装から声や体まで何もかもが一緒だ。
「二度と再会することはないと思っていたが…人間は思い通りに動いてくれないな。「個性」ってもんが邪魔をする……」
その男は首を切断された男の体を踏みつけると、リアスを睨んだ。
「君の母親…ディアンだったかな?まだ準備は整っていないから殺してはいないが………そろそろ刻も迫ってきている、早めに助けるのがオススメだ」
恐怖で体が上手く動かない。
殺す…その言葉に反応したリアスは、拳を握った。
「少しヒントを与えすぎたかな…25点だ。行動は早めにやって損はない、君の母親だって、そっちの女の親の仇だって、私は知っている。では、頑張ってくれよ」
リアスはもう我慢できなかった。
「ウォォォォォオ!!!」
大きく見えるその拳は複雑な感情を持って、男に向かった。
パンッ――
男は破裂した風船のように、昨日の護衛の男と同じ方法で消え去った。拳は空を切り、風を巻き起こす。
「……」
血走り、穏やかさが消えたリアスの目をユノが優しく見つめた。ディアンと似た瞳は、リアスの心を鎮めた。
「あの男…姿はこのデブと同じだったけど、全ての元凶。もっと情報がないと場所が割り出せないわ」
血溜まりを作る死体を目の前にしてもなお、3人は冷静に話し始める。
「早くしないと……」
リアスはあの男の言動を思い出すと虫酸が走る。
「落ち着いてリアス、奴らを待つほうが最善の手よ。あの様子じゃ相手からペラペラ喋ってくれるわ」
「ちょっと待って2人共、私もついていく」
コリオが一歩前に出た。その目つきは凜とした覚悟の目だった。
「コリオ、なぜ君が?」
「親の仇……今になってくるとは思いもしなかった。必ず、絶対あいつをぶっ殺す………。ずっとずっと探してた殺人鬼を…!」
「………もちろん協力はする…でしょ?リアス」
「…うん」
「……いろいろとややここしくなってきたけど、とりあえずは明後日、また敵が来るわ。それに備えましょう」
サムターンとは仮面ライダーファイズというか、晴れの天気記号みたいな形をした内側から鍵を閉めたり開けたりするやつです。
殺されたほうの男の名前はテリー・ジェッツ。能力名は「ブームキッド」です。