隕石の信号とディアン・ペルフ
ホワイトハウスから北東 宝石店「ニューマン」前
特に代わり映えもしない市街地。周りは橋が崩落したニュースがかなり大々的に報道されているにも関わらずシーンとしている。全力で逃げてきたのもあってか、警察や報道機関は見えない。
何も知らないリアス、ユノ、コリオの三人はルクセル達を待つ。
「はぁー疲れたぁ……宝石店って……ここかな」
息を荒らげるリアスは、目の前にある豪華絢爛な宝石店を見つめる。二つの目移りしてしまうほどに美しい宝石が飾られたショーウィンドウと、間に挟まれたガラスの扉。
ついさっきここら辺へ逃げてきたと同時に、ルクセルからのメールでこの宝石店へ行けとメールが来た。その前にも来たメールから推測するに、ここはスカイフォール国立研究所というやつだろう。どう見ても宝石店だが。
「アレクは大丈夫かなぁ」
先程からコリオは携帯や周囲をチラチラと見ている。
「そんなに心配?ホント恋する乙女ねコリオは」
「バッ…!違うし!友達だから心配してるだけ!」
ユノにからかわれるコリオは隠す気があるのか無いのか分からない。こんな時になんだが、とても微笑ましく、戦うのが嫌になってくる。
姉は死んだ。だからこそリアスは、戦いに備えてその悲しみを忘れられる何かを欲している。
歩道の向こうから、さっき見ていたのに不思議と懐かしい影がリアスの視界に飛び込む。
「心配しなくても、アレクは大丈夫みたいだけど」
整った顔立ちは相変わらずで、サラサラの金髪を風に揺らせて、そこにはアレクが立っていた。
最強の助っ人が参上したような猛者感が凄まじい。
「お前らもうこの店に着いてたのか」
いつもの冷静な口ぶりで、三人と再会する。
特に久しぶりでもないので当然だろうが、コリオは心なしか嬉しそうにも見える。
アレクは何事も無かったかのような様子。勿論アレクもメールを見たのだろう。
「どうしたの?その右手。目立つにも程があるわよ」
意識しなくても目に入る銀色の機械の腕にユノがつっかかる。
アレクは先程の戦いで右前腕を切り取ったため、すぐにでもフィオリの治療を受けなければならなかった。そうすれば元の状態に戻るからだ。しかしアレクがしていたのは肌色ではなく銀色の腕。
「ああ、これか。フィオリに連絡は繋がらねぇから腕はもう無理だと思ってな、ホテルにあったルクセルの予備の義手を借りた。まだ神経が完全に繋がってないし、サイズも微妙にデカいが、なんも不自由はないさ」
アレクは重そうな金属製の義手を動かしてみせた。
ルクセルが義手をしていたのを忘れていた。しかもルクセルは奇跡なのかアレクと同じ部分を無くしていたため、丁度良い義手があったというわけだ。確かによくよく見れば、左腕よりも右腕のほうが長い。
「セオドアの複製は上手いこと倒したみたいだな。そういや、メールを送った張本人が──」
その時突然、アレクの言葉を遮り、強風と閃光が轟々と響き荒れた。
光の方向を見ると、無数の火球が一つの位置に集中して降り注いでいた。宝石店やリアス達への被害は何も無いが、隕石は一向に止む気配を見せない。
もう戦闘が行われていた。しかしなにかいつものルクセルの隕石とは違う。耳を劈く音が奇妙だ。
「何?あの光!?」
目を細め、コリオは光の元をじっと見つめる。
もう十個以上は降っている。
「あれ……隕石だ!『リザンクシア』の隕石!」
「だがなんだあの量は……いつもはあんなに落とさない。必ず小さいのが一発だけのはずだ。トドメの時も一発だけのはず!」
アレクはルクセルと共闘したから分かる。ルクセルはいつも小石大の隕石を的確に当てる攻撃だったはず。この数は異常としか言いようが無い。
その異常さがなんの「意味」を表しているのだろうか。
「……あの量じゃないと攻撃が通らない相手…もしくは捨て身の攻撃…」
「捨て身って…そんな……嘘よ…」
「メールが来たのはついさっきだ。もし捨て身だったのなら、あの隕石は相打ちのための攻撃。さっきのメールは最後の一通。たまたま全員近くにいたのが幸運だったな……いや、もしかしたらの話だがな」
そうだ、もしかしたらの話だ。迂闊に信じ込むのはよくない。あの長年戦い続けるルクセルが相打ちを選ぶ相手など、いるわけがないのだから。
隕石は未だ降り終わらない。疎らに間隔を空け、隕石は一点へと降り注ぐ。
一方ユノは、隕石の落下地点などではなく隕石の軌跡の尾と、落下の際の音を聞いていた。
「あれはモールス信号よ。あのおっさん、正しい使い方分かってるのかしら」
目と耳を澄ましているユノの言葉に、三人は思わず黙る。
ユノは頭が良い。モールス信号と分かったのもユノだけだし、解読できるのもユノだけだ。
ユノはメモ帳に隕石の地面に衝突する僅かに違う間隔と、不器用なモールス信号の音の長さを記す。
「わざわざモールス信号を遺しているということは……言いたくはないけど、相打ち狙いね」
スカイフォール国立研究所内 実験動物保管室
まるで刑務所のように無数に並ぶガラス張りの大きな牢には、様々な動物から人間。はたまた死骸までが入っている。それが五つほどの階に分かれ、吹き抜けになっている。
雪が積もったかのように白く清潔なことに変わりは無く、それに適応するように牢の中にいる生き物達は全く動かない。
E―5 特別管理房。
「もう時間が無い。君の能力は満点だ。だからこそ、この瓶の中にある物を君の能力で目視出来る固形物にして欲しい。さっさとやってくれれば、君を殺す必要はなくなる。待てなんてことは言わないでくれ、時は今、場所はここだ」
イトスはお淑やかで狂気に満ちた眼差しを、ガラス越しに牢の中にいる女性に向ける。
イトスの持つ円柱状の瓶の中にはなにも見えない。
「あなた……どうかしてるわ………」
女性は怯えた様子をしつつもイトスを睨む。
麗しい青色のハーフアップを加えた長髪。子供を生み育てたとは思えないほどの若くシャープな顔立ちと、出るとこ出てるスリムな体型。
惜しくも胸だけは子供に受け継がれなかったが、凛々しく強気な面影は子と同じだ。
「何故?」
「私の……私の家族を……あの人も、リアスも、リルも、そしてユノも…………全部を壊している」
女性の憤慨と恐怖が入り交じった鮮やかな瞳に、イトスは能面のような無情な目を合わせ、記憶を探ってみる。
そういえば、「あの男」の姓もペルフだったな。
「ハハハッ……弁明させてもらうと、わざとペルフの家系を狙っているわけではないんだ。偶然……そう、まさに運命だ。私は犠牲は惜しまない性格だし…運命という言葉も信じる。……君の能力と根気強さだけは評価するがね、早くやってもらわないと、ペルフの家系が残り二人になるぞ?」
「え……?」
女性はその言葉に胸を冷やす。
牢の中は薬品の匂いが充満し、イトスの声以外の音は聞こえない。精神を保つのさえ難しい時もあったが、子供達がいるからこそ、自分は生きている。生きる糧は子供との思い出だというのに、その一言は槍のように心に突き刺さった。
拉致されてから4週間ぐらいは立っただろうか。子供達が捜してくれているということは聞かされた。残り二人。つまり三人の子の内、誰かが亡くなったということ。
「リル・ペルフは死んだ、ビルに押し潰されてな。君も早く命令に従わないと、殺さざるをえなくなるぞ、ディアン・ペルフ」
イトスの言葉がトドメとなり、ディアンはその場で我を忘れて泣き崩れた。




