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完全無欠の革命歌  作者: ウエハル
共感の子供
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凍てつく悪鬼と月下の雄志 その2




パキッ!―――セオドアは自らの凍った右前腕を切り離し、瞬時に左の手刀でハリーの右腕を切りとばした。


「なッ……あ………!!?」


そしてセオドアは至近距離からの弾丸をも軽い首の捻りで回避し、バックへ距離を置く。


「これでお相子……というわけでもないか」


肩の辺りから月夜に消えた腕。人体の脆さを実感すると共に、現実の直視が辛くなる。

蛇口を最大限に捻った水道のように未だかつて無い量の血が溢れ、体が冷えてくる。


「………ガッ……クグッ………ォオ………!!!」


あまりにも速過ぎる出来事に動揺するこもできず、膝を崩して激痛に耐える。喉を鳴らした濁った声を上げ、血が出るほどに歯を噛み締めたところで、左手で右肩の断面を凍らせた。

痛みと冷たさが合わさり、意識がとびそうな程に目眩が起こる。


右前腕を無くしただけではセオドアは全く応えなかった。自分はどうだ?元々死ぬつもりで来た、このぐらいは耐えなければかっこ悪くて満足してあの世に旅立てない。


セオドアは自らの切断された右腕の断面を見つめる。


「凍らせるものかと思い込んでいたが……これは、非道な能力だ」


「ハァッ…ハァ………フフ……お前から非道って言葉を聞くとは……夢みたいだな…」


セオドアは右肘から先を失った。

てっきりセオドアは凍らせられて腕の感覚が無くなっただけかと思っていた。しかし、前腕がハリーの腹に残り、くっきりと能力の正体が見えるようになったことで把握した。


「「凍らせる能力」じゃあない……触れた物を見境無く「氷に変える」能力………か。…ちなみに一つ質問だ。そのロダンの彫刻のように美しい私の腕は元に戻るのか?」


「……宇宙の法則を乱せるんなら、出来ないこともないけどな。…だがその前に………地獄の門を拝ませてやるよ…!」




「宇宙に勝る存在、それが特異能力だ」


先にセオドアが向かったのはアクセルだった。

それも必然的。『イエローカード』はセオドアにとってかなりの敵となるであろう。


「私には試練も天敵も必要ない…!あるのは幸福だけだァッ!!」


アクセルの頭上から手刀を振りかざし、真っ二つにしようとしている。今のこの行動は速過ぎるために二人には目で捉えられていない。


その時であった。

バンッ!という鈍い音が耳を潜り、眩い弾丸が空を切る。


「!?」


セオドアは思わず驚いた。

弾が命中したのはアクセルの頭。セオドアではない、アクセルの頭だ。アクセルは弾丸に押され、頭から体を反る。


直後に大きくのけ反ったアクセルにセオドアの手刀が振り下ろされた。当初の狙いは頭頂部からであったが、急にのけ反ったために反応出来ず、アクセルの腰に振り下ろされた。

下半身と上半身が切り離される。


 

拳銃の弾は普通の人間には見切れない。 

光と同じ速度で移動すると時間がほぼ止まって見えるようになるという。それと同じように弾丸と同じ速度以上で移動すれば弾丸を見切るのは容易い事。

しかし、今のセオドアが弾速と同じ秒速数百メートルで移動できるのだろうか。先程は音速並の速度で攻撃を繰り出し、2時間半は戦っていた。セオドアはあくまでも人間、いくら人間離れした体力や耐久力があろうとも負傷は負傷、疲労は疲労だ。

すなわち、弾速のほうがより速く当たると判断したのだ。


「ウオオオオオオオオ!!!!打ち爆ぜやがれェェェエーーーッッ!!!!!」


苦痛と感嘆の雄叫びがアクセルの喉を潰す。

雄叫びは同時に『イエローカード』を発動させ、セオドアの動きを止めた。そして上半身のみとなったアクセルは地面に落ちる前に、死を恐れずに手を伸ばした。


「自分に当てるつもりすらないとは予測不可能だろ…!偶然なんかじゃあない、アクセルの策さ!引けェッ!アクセルッ!ピンを引けェェェエーーッ!!!!」


この作戦には最初は反対していた。リスクが高すぎるし、成功する確率も低い。セオドアの消えるタイミングに合わせるなんて無謀にも程があるし、ハリーに向かっていたら失敗。しかしアクセルは、ハリーに全てを任せた。押し付ける形で、自らを犠牲に捧げたのだ。



一つのスイッチとなるピンが抜かれ、体中に巻きつけられた全ての爆弾が作動する。


多量の爆弾による衝撃波が瓦礫を紙みたいに吹っ飛ばし、塵が巻き上がる。耳が聞こえているのかすらも分からない大轟音は、どこまでも響き渡った。

地面にクレーターに似た穴を空け、塵や煙のせいか視界が悪い。


頼みました。忘れようとしてもその声がいつまでも脳裏に過ぎる。アクセルは死んだ。ここからはハリーがセオドアの脳味噌をミンチにして完全に抹消しないといけない。アクセルの犠牲が決して無駄にならぬように、報いるために。


「…………ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの有名な曲の多くは十分な聴力を失ってから作られた曲らしい。フィンセント・ファン・ゴッホだって死後に評価され始めたのは有名だ。人ってのは何かを失い…何かが見えなくなってから改めて物事の素晴らしさを痛感する。……私は腕を失い………君はアクセルという人間と腕を失った…………」


セオドアを抹殺する作戦の終了を告げる鐘だと信じていた。だがこんな浅はかな物では不可能だった。

いずれにしよセオドアはボロボロだ。体中に焦げ痕や傷口が見え、流血が片目を塞いでいる。


「……何かを失い何かを得る…………腕を失い覚悟を得る……人を失い効果を得る………私はお前達を排除することで安心を得る。これから行われるのは正当なる防衛だ…」


突然セオドアの背後の暗闇から手が現れる。


ガシッと、平然とセオドアは迫る手首を掴んだ。暗いせいか先は見えないが、ハリーに決まっている。


「!………これは」


「それは俺の右手だ……不本意だがお前みたいなタフガイをやるには…まず捕縛しかないらしい………」


セオドアが掴んだのは切り飛ばしたハリーの右腕だった。そしてハリー本体は前方にいた。

しかしまだセオドアは動揺しない。それほど余裕なのだろう、ハリーと睨み合い、無表情の威嚇が氷のように向かってくる。


「ハッ!」


ハリーは素早く拳銃を構え、弾を撃ち放った。

セオドアはすぐさま速度を上昇させ、地面を蹴った。


「何ッ!?これはッ!」


セオドアは足を滑らせた。

煙で見えていなかったのか、既に地面はハリーによってほとんどが氷に変えられていた。いわば地面はスケートリンク。ハリーに向かおうと斜めに地面を蹴ったために体勢を崩し、転んではいないが大きな隙を与えてしまった。

そしてその隙はすぐに使われる。


「このッ……!!」


「摩擦が少ないんじゃあご自慢の速さも意味無いな。お前は俺とアクセルの策にまんまとハマった。全ては計算通りだったんだよ。………午前2時14分、セオドア・ヴァン・ヴァリエート、確保」


セオドアの首根っこに弾が食い込んだ。

拳銃の弾はあらかじめ麻酔薬入りの注射筒付きの特殊弾に変えられており、普通は耐えるなんて不可能。

セオドアなら耐えられたかもしれない、しかし間近で受けた爆発が功を奏し、麻酔は疲労の蓄積されているセオドアに注射された。


「……ッ……こんなもので私を捕らえたと思うなよ………!!…私は不滅だッ……!!悔いて自戒するのはお前だッ…!!!」


遂にセオドアは倒れた。

計算通りなんてのは大半が嘘。倒れるセオドアを目の前にしてしてやったという優越感さえあればいい。


麻酔は確実に効いた。仲間も既に呼んでおいた。もう少しで到着するだろう。


「グレード、アクセル」


そしてハリーにかかっていたアドレナリンという名の無痛は消え、体力の限界が一気にくる。

やがて気絶し、ハリーはその場に崩れ落ちた。



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