試し打ち
「顔はちょっと見覚えあるけど…」
不審の顔で疑問を浮かべる。
両方能力がないって時点で怪しい。世界に同じ能力を持つ人間はいないってのは常識で、ギリギリ互換があるぐらいだ。
「僕はちゃんと検査したよ!」
17年間を棒に振っていたはずがない、疑いはどんどんエスカレートしていく。
「私だって検査したわよ!」
少女は胸を張って言う。
検査っていうのはある程度の年齢になっても特異能力が分からない子供達が研究機関で検査すること。大体「発動条件が厳しい」とか「目に見えない」とか「効果が薄い」と割ときちっとした結果が返ってくる。
リアスの場合は「無し」。検査機器の反応が一切無く、何ヶ月か他の研究機関に回されたりもしたが結果は同じだった。
「じゃあ誰の能力だって言うんだ」
「うーん…」
すると扉が突然一気に開いた。
「ペルフ!さっきから何をしているんだ……って、初めまして…」
プレハブ小屋の扉からジョーンズが顔を覗かせた。
外で井戸端会議の如く論争する。
「ほう、つまり能力を持たない人間がもう一人いると。わけがわからないな」
眉を曇らせ考える。
この先生はいつもは怠そうで情けないが、こういうときにいたっては頼り甲斐が微妙にある。
「「こっちの台詞だよ!」」
2人の息はピッタリのようだ。
「ペルフ、君の能力はいわば「何も無い」能力と言ってもいい。だがこの世には同じ能力は存在しない……先程君の言っていた吹っ飛ばせる能力も踏まえて考えると…つまり、君にはホントは能力があり!助けたい女の子がそばにいると急に吹っ飛ばせるようになる能力!ってわけだ」
目を見開き何か閃いたかと思うとこの始末だ。
やはり頼り甲斐なんてなかったのか。
「先生、研究機関で電磁波とか脳波とか心理とかいろんな状況を想定した検査も一日中バカみたいにやりましたけど、「無し」だったんですよ。それを一ヶ月やり続けても全部結果は「無し」でした」
「そ、そうか…しかしなぁ…2人いるっていうのはありえないし…」
「この子が嘘ついてるんですよ!」
リアスは横にいた少女に指を差した。
「なっ…!心外ね!私だって一ヶ月…いや、二ヶ月は検査してたもん!」
頬を膨らませ、顔を背ける。
「まあそう意地を張り合わずに、しっかり整理しよう。2人共研究機関で検査しても「無し」。でもリアスには吹っ飛ばす能力が突然現れた。それは何故か?………そう!彼女こそ運命の相手だから!」
「…先生、真面目に考えてください」
呆れた表情で常識を見る。この男に相談したのが間違えだったのかもしれない。
「私はいつでも真面目だよ!よく考えてみたまえ、例えば小さい頃に結婚すると誓ったとか!」
そう言われると、リアスと少女は見つめ合った。
よく見るとますます可愛く思えてくる。紺色の艶のある髪、シャープな顔。全てが完璧だ。
しかし、見覚えが全くない。
「まあ、そのうち分かるときがくるかもしれない、連絡先でも公開しておいたほうがいいんじゃないかね?」
「はあ…」
ニヤニヤと中学生のようなことを言うジョーンズに思わず溜め息が漏れる。
「それは我々が少々困りますね」
「うむ、やはり年頃か」
「いや…そういう事じゃ………誰!?」
3人の会話に自然に入ってきた黒いスーツに身を包んだ男。3人は反射的にその男の顔を見る。
白髪の後ろに流した髪型に、丁寧に剃られた顎髭。皺の深く入ったその顔は老いとはまた違う優雅さを感じさせる。
「ユノ様、出発致しましょう」
重厚で劈くような声に押され、少し黙ってしまう。
「どうするの?」
リアスは窮屈そうに口を開き、少々の方を見つめる。
「いいよ、雇ってあげる。あと私のことユノって呼んでね」
「お、おいちょっと待ってくれ!さっきから意味が分からないぞ!あとずっと気になってたけどあの倒れてる男は何があったんだ!?」
「先生は見守っててください」
小馬鹿にした態度でリアスは前に出る。
「お取り込み中申し訳ないが、私共はここで…」
男はそう言うとユノに近づき、無言の圧力をかけた。上下関係があやふやになるくらいの目つきでユノを睨む。
「私もう独り立ちすることに決めたから、部屋くらい用意してよね」
「いけません…ユノ様は大切な会社の跡継ぎになるのですから」
男はユノの腕を掴むと、強引に引っ張った。その雰囲気は何者にも干渉できない重圧感があった。
「?…どうしたのよ」
ユノが鼻で笑う。何かおかしいということは伝わってきた。
リアスは少しずつ前に出た。
「ね、ねぇ…どこに行くの?」
こめかみに汗を浮かべ、男に言った。男は終始無言でユノの腕を掴み歩き出す。
「ご自宅に向かうのですよ」
視線を変えずに重圧感を残したまま言い放つ。しかしそれが決め手となり、ユノは男の手を振りほどく。
「……リアスッ!」
ユノが叫ぶと、リアスは戸惑うことなく男の背中に手を伸ばした。よく分からないがこの男は「敵」。
力を込めると、すぐに何かを放つ感覚があった。空気を押し出すような形容しがたい感覚。
それは「吹っ飛ばす」というよりは「反発させる」。
「!?」
しかし男はのけ反るだけで無反応。鼻血を出すわけでも吹っ飛ぶわけでもなかった。
「バレたならそれなりの行動をしよう……君には死んでもらわないといけない」
男は背筋を伸ばし体制を整えると、一瞬でリアスを蹴り飛ばした。
目にも止まらぬ速さの蹴りはリアスの腹に食い込んだ。
「あぐァッ!」
華麗なミドルキックは肉に食い込み、骨まで響いた。骨が折れたような痛みにリアスは悶絶する。
男は見下しながら近づいてくる。
「君の母親だが…まだ眠っているようだ。早く目覚めてほしいものだね」
この発言にリアスの眉はピクッと動いた。
生きているのか?拉致された?様々な憶測が頭を飛び交うと同時に再び蹴りが腹に食い込んだ。
リアスはサッカーボールのように蹴り上げられ、3メートルほど吹っ飛ぶ。
「っ…!」
リアスは一心不乱に立ち上がると、歩み寄ってくる男に手を伸ばした。
しかし何も出ない。17年間続けてきた「無」に戻ったのだ。
静けさが、手から出る「反発させる」感覚を打ち払ったかの如く何も起こらなかった。
「な…!?」
愕然とし、一驚を喫したリアスは何度も力を込めるが、それは無意味だった。
「ペルフ!この少女に近づくんだ!」
奥からジョーンズの声が響く。
そう、もとはと言えばあのユノという少女に出会ったときに使えた能力。近くにいないと発動できないのかもしれない。
「ふむ…理解し難い能力だ…」
しかしこの状況、そう簡単に少女のもとへ行けるとは思えない。この状況が生命の危機を感じたリアスの本心を行動させた。
「ウォォオーーッ!!!」
走る。ただ無計画で走り出したわけではない。
男の眼前でもなんでもいい、少女に近づき能力が発動できる射程圏内に入ればいい。命懸けの無謀な作戦かもしれない、しかしリアスは分かっていた。能力を完璧に理解したのだ。憶測かもしれないが、心には確証があった。
男との間が50センチ程になった所でリアスは「下」に向かって手を伸ばした。
ハンドスプリングの要領でリアスの体は上空に吹っ飛んだ。
「ちっ…」
それを男が許すはずもなく、頭上のリアスに向かって拳を伸ばした。察知したリアスは決死の思いで叫ぶ。
「ユノッ!君にだって能力はあるはずだ!「引き寄せる」能力が!」
直後、その言葉によって気づいたユノがリアスに向かって手を伸ばす。
学生証が張り付いたように取れなかったことも、リアスが胸に延々とくっついていたのも、全てユノ自身の能力だった。
力を込めると、空中にいたリアスが急に方向転換し、ユノの手に「引き寄せ」られた。
「よしッ!」
リアスはユノのもとへ突っ込み、抱き合う形になる。
「ねぇ、運命って信じる?」
ユノが微笑み、訊く。
「信じたり…信じなかったりかな」
リアスもつられて口角を上げる。
「なにそれ卑怯」
「予想外…としか言いようがないな……末恐ろしい世界だ。生身だけでは無理があるか…」
パンッ!――突然、破裂した風船のように男は弾け飛んだ。