最後の砦 その4
無理矢理一話にまとめたら長くなってしまいました。誤字・脱字等あったらすいません。
大勢相手にするのは何回目だろうか。
お先に、と言い残して獅子奮迅。リルが大群に突っ込んだ。
一体フランスでどんな修羅場をくぐり抜けてきたのかは想像もつかないが、もう能力いらずではないかと思えるほどの身体能力。
アクション映画並の動きでもうバッタバッタと奴隷共を吹っ飛ばしていく。
本当にゾンビなのか、いくら吹っ飛ばされても奴隷は立ち上がる。
「リアス!オメーも一応能力は使えんだろーがッ。往年のアラン・リックマンみてーな渋い顔してんじゃあねェッ!」
リルは縦横無尽に体を動かしながらリアスに向かって叫ぶ。
ふと何かこう…奴隷達の動きに引っかかるものがある。数は30人を下らない人数。だが先程のユノの動きと比べて全てがが大振りで雑。エリックの命令に従ってはいるが……。能力の欠点を突き止めるヒントになるかもしれない。
「大人数に勝つのは慣れてるよ」
妙に気が乗らないが、反発を使えると思い出したリアスは、足の反発を使い、天井近くまで跳び上がる。
奴隷も餌に群がる鯉のように下方に集まってはいるが、届くはずもない。
反発を繰り返す巧みな動きでリアスはエリックに近づく。
「我が奴隷はいくらでもある。二人共々今すぐにでも奴隷にしてやろうか?」
「遠慮する。一騎討ちはできなさそうだね」
エリックとリアスに挟まれるようにして新たに目の前に四人の奴隷が現れる。
やはり、どんどん動きがノロく荒々しくなっているような…
リアスは人混みをかき分けるかの如く、容易に四人を吹っ飛ばす。
「試してみる価値は…あるかなぁ」
リアスの腕が開き、体が無防備になったその時、エリックの手が伸びる。
予想どおり。一瞬戸惑ったが、避けておく。
「リアスッ!後ろだ!そっちじゃあねェエーーッ!!」
軽く、リアスの背中にエリックの暖かい掌が触れる。
「あのお方の手を煩わせてしまうとは……一生の不覚」
何故だ。目の前にエリックはいる。しかし背中に触れたのもまた、エリックであった。
一瞬で体中の力が抜け、短い眠りから覚めた時のような気怠い感覚が襲う。
「オラァアッ!!!」
「ゴハァッ!」
と同時に、リルの怒り任せのドロップキックがエリックを壁まで飛ばす。
「………」
リアスはピタリと停止する。眼の光は失われ、ただの命令を待つだけの奴隷となった。
「クソッ!」
リルは怒り、追ってくる奴隷を蹴り上げる。
「……あのボケ老人が…二人。どういうことだ…?」
リルが蹴っ飛ばした先にはちゃんとエリックが倒れている。
そして横にも背丈格好顔が全て同じ、エリックがいる。
「二つ持っている……ってわけでもなさそうだな」
あの老人の忠誠心なら、かっこつけの出し惜しみをするとは思えない。しかし分身と言うならば、二人のエリックのどちらかは最初はいなかった。いつ現れた?三人目の仲間がいるのか?
「まあいい。とりあえずはテメーをぶちのめすだけだからなァーッ!!」
母もリアスも、失うなんてことは決してあってはならない。目の色を変え、柳眉を逆立てる。
蹴りだけではエリックはやられず、吐血しながら立ち上がる。
「ゴホッ………後で始末しておかなくてはな…フフフ…。全ての奴隷共ォ…!その女を殺せェッ!!」
気迫と根性溢れるその宣言により、今まで顔を見せていなかった全ての奴隷が姿を見せることになる。
本当に全員が中国雑伎団出身ではないかと思うほどに、ありとあらゆる隙間から数え切れない奴隷が湧いてくる。全て死魚目で、全ての視線がリルに向いている。それはリアスも同様。
「オラァアアッ!!!」
猛攻一撃。見境なく暴れ狂い、少しずつだが道を開く。
だが圧倒的な人数の不利。
「ッ!……」
背後からの一撃に僅かによろけると、そこから津波のように奴隷達がリルに覆い被さる。
しかしそれでもリルは止まらず、巧みにすり抜け我武者羅に進む。
「邪魔だァッ!!あのクソ低脳をぶん殴ってやるァァアーーッ!!!!」
つい怒って躍起になるのはリルの悪い癖。
仲間を失いたくない。その一心。
「鬱陶しい………!!…アメ公のクソ野郎共ォ!早くそのアマを地獄に送れェエッ!!!!」
エリックも焦っているのか、大声を上げる。
奴隷が即座に反応し、床に落ちていた分厚い本をリルに当てた。
「…!」
頬から微量の血が流れるも、只管に耐える。
すぐにリルの目の前に、椅子やランプ。さらにはソファや火の付いたままの薪などの武器を持った奴隷が行く手前方を阻む。
絶体絶命。足を止めている間にも、奴隷がエリックを守るようにして前方に集まる。60人以上はいるであろう。
「フフフフハハハハハ!!!!!テメーはもうお終いだァアーーッ!!!貴様の腐りきった脳髄掻き回して市中引きずり回しにでもしてやっ…!…………ろ………ぅ…ぅ……。」
唐突にエリックが白目を向いて倒れる。
いきなりの出来事だったが、リルは驚かなかった。
「おせーよ。実姉を殺す気か?よく穴を突いたもんだぜ」
視線の先には、リアスがいた。
「大成功。あいつが奴隷奴隷って言ってて、なんとなくだけど引っかかったんだ。さっきだって、ちゃんと意識はあるし、ホントに少しだけなら声も出せた。本当に奴隷だったんだ。だけどあいつには鞭が足りなかった」
リアスは眼の光を取り戻し、普段通りに話し出す。
どうやら三つ目の指輪。毒針を射出する指輪を使ったらしい。毒針が刺さった場合、数秒で意識が無くなり、数分で死に至る。
それを受けたエリックはもう再起不能だ。
「鞭がねぇから、動きに妥協が見られてくる。一応は人間…ってことか」
リルは思わず微笑を綻ばせる。
「動かす人数が増えるほど無意識に命令は大雑把に解釈される。一気に全ての奴隷を動員しなかったのは、より精密な動きをさせるため。欠点が多すぎる能力。人間を無条件で操るんじゃあなくって、人間に「奴隷という意識を植え付ける能力」だ」
「…………ご名答…!それが私の『スレイヴス・アンド・マスターズ』だァッ…!」
重厚で濁った雄々しい声が耳に入る。
否応なく視線が引きつけられ、あの忌々しいシワの深い顔のエリック・クヌーゼンが目に入った。
今にも死にそうな顔で、異様に顔中の筋肉がピクピクしている。
「!…あの毒針を受けて立つとはイカれたジジイだ」
エリックの異常とも言える忠誠心と精神力に脱帽してしまう。
リアス以外の奴隷は動きを止めている。ユノは長い間奴隷にされていたせいか、眠ったような顔をしていた。
エリックも毒に耐えているとはいえ、毒はすぐに回る。形勢は逆転、もう勝利の道しか見えない。
「さあ…どうする?テメーを待つのは地獄だけだぜ」
その刹那。
プスッ――
リルの背後に迫る影。
リアスが、リルに毒針を当てていた。
意識はある。動きたくなくても、体が糸で引かれているように動いてしまうのだ。
暖炉の火が頬を火照らす。哀しみの感情があれど涙すら許されない。
「…馬鹿め…動かす人数を減らして支配力を高めればいい話…!これで遂に私の勝利は決定されるッ…!」
リアス以外の奴隷は全て倒れ、山となっていた。
「………」
無言で、人形のようにリルは倒れる。
絶望。毒針は容易く人を殺傷する。
「ヒヒッ!…フフフコケコウヒヒヒッ!」
毒に耐えている証拠なのか、不気味な高笑いを響かせる。顔は歪み、死というものに直面出来ていないようだ。
いや…このままにしておいたら生き延びるかもしれない。
リアスはアーリーの言っていた万が一の話を思い出す。
「!」
目を見開く。
そして、リアスは悠々と歩き出し、リルの前に倒れている奴隷の山を反発で遠くへ吹っ飛ばした。
その顔は悲しくも熱意に溢れていた。他の者達を除けたのは、あの能力の範囲内に入らなせいために。
エリックは顔をハの字にし、汗を垂れ流す。
「なはァッッ!!?何故だァッ!!奴隷は奴隷らしく命令に従っていろよォオーッ!!!」
「奴隷戦争は習ったか?……紀元前135年から紀元前71年にわたって3回も発生した遠い昔のローマで起こった奴隷による反乱。これは主への叛逆だ!奴隷は人間だ!人としての権利は失われることはない!お前の能力の最大の敵は、「強固で揺るぎない意志」ッ!!!そして「生への執着心」ッ!!!」
足を踏み出す。
意志とは必ずユノを救い母を捜し出す事。
そして、生への執着心とは、リルの『ザ・ハートブレイク』による心拍数の急激な増加から来る危機感。その二つが掛け合わさることで、ハッキリとした意識と行動が可能になる。
他の奴隷達にはそれがなかったがため、抗うことができなかった。まだ意識は朦朧とするが、やるべきことは単純。
地を蹴り、腕を振り、地面と足を反発させる。
「あのお方に仕えるこの私がァァアッ!!クッソォォオォォォォオオ!!!!」
「ウォォォオラァァァァァアアア!!!!!」
限界まで腕を振り、脱臼覚悟でラッシュを続ける。
槍のように鋭く、雨のように激しい拳がエリックの全身をまんべんなく殴り続けた。
何回拳をぶち当てたかはリアスにさえ予想もつかない。
エリックは壁を破り抜け、原形をとどめないままどこかに飛んでいった。しかし罪悪感は一切感じなかった。
再起不能になったエリックを見送ると、すぐにリルのもとに駆け寄る。
「っと危ない。能力発動してるんだっけ」
一蓮托生でもいいかな、と一瞬思ってしまう。
「姉ちゃん…」
一筋の涙が頬を撫でようとしたその瞬間。
「してねェよ。ってェ-な!」
「えッ!?」
ムクッとリルが起き上がった。
自分にしか見えていない?魂?幽霊?。恐怖で体が縮こまる。
「あのな……訓練ぐらいは受けてるんだよ。新米ならまだしもなぁ…あの毒針ぐらいは簡単に耐えられるんだぜ。まだちょっと意識が朦朧としてるけどよォ……あと5分くらいで元に戻るわ」
そうだ、リルが常人離れの仕事についているのを忘れていた。
「あ…そう。心配するだけ無駄だったね」
「あーやべぇやっぱこのタイプの毒針は耐えられねぇわ」
わざとらしく急にリルが倒れる。
「フィオリさんは…大丈夫かな」




