最後の砦 その3
ユノが目の前に、今ここにいる。
動揺を隠せるはずもなく、その可憐な姿を見つめる。
落ち着け、これがエリックの能力のはず。言動から推察するに、対象の意思に関係なく体を操る能力だろう。なら目標は本体。
煙も晴れてきた。今こそエリック本人をぶっ飛ばし、ユノを取り戻す。
「オイオイ無視は一番嫌いなやつだぜーッ!。既に鉄球はッ!あんたの股間に向かってるんだぜェーーッ!」
「はい?」
聞き間違いだろうか、ビクターの声であったのは確かだが、最後の方が上手く聞き取れなかったのかもしれない。
リアスは少し下がり、鉄球の位置を見極める。
幸い操られているユノは走ってはこない。まるでゾンビのように遅々とした動きで追ってくるだけ。
「来たッ!」
鉄球がすぐ前方に見えた。かなりの低空飛行だが、捉えられないほどではない。
破壊しても無駄、止まることはない。ネットのような物もない。
「一か八かだ!」
リアスは素早く傍にあったソファの上にあるクッションを二つ取り上げた。そして直前まで迫っていた鉄球と体の間に挟むようにして、クッションを配置する。
狙いは単純、威力を緩和すればいい話。当たるのは痛いだろうが、威力はかなり減るはず。
すぐにボスッと、気の抜けるような音が聞こえ、クッションがとてつもない力で押される。
「だけどどうすれば停止するんだ…!」
焦りのせいか、手の力が緩んできた。
「いくら止めたってよォー、一瞬でも股間に触れねーと永遠に止まんねーんだよォーー!」
腕を豪快に振り、二つの鉄球を再び投げた。
トドメを刺しにきた、徐々に鉄球が迫る。二人はリアスの入ってきた扉、アーリーの去って行った扉から動こうとしない。本体をやるというのは夢物語だったというわけか、体感温度がただの寒気に変わる。
さすがに1対2は無理だ。と自分の心に言い訳をし、目を閉じる。
「……」
手の力を抜き、クッションを床に落とす。
ビクターが股間に向かっていると言っていたが、今思えばビクターと言動から考えて、股間に向かう鉄球を創り出す能力。なのだったのかもしれない。
「………」
そんなバカなことを今更考えても意味は無い。それが事実だとしてもどうせ痛みはすぐに消えるんだから。
「…………」
もう死んだのか?と思いリアスは目を開ける。
柔らかい光が眼に入り、確かな生きている実感を味わう。
「…あれ、姉ちゃん」
「昔っから気の弱いやつだったけど、そんなすぐに諦めたら将来性皆無になるぜ。リアス」
真っ先に目に入ったのは、いつも通りの嘲笑うかのような笑みを浮かべるリルであった。
そしてリルが、操られているはずのユノの腕を両手で掴んでいる。ユノの腕の先には、鉄球が三つ、引き寄せられていた。
「そんな不思議そうな顔すんなよ。電力の出力調整ぐらいは簡単にできんだぜ。あとは筋肉に刺激を与えて能力のスイッチを強制的にオンにする。大事だからメモっとけよな」
やはり変わらずいつでもの呑気な姉だ。
「遅くなりましたリアス。あの執事もどきが厄介だったんで」
さらにフィオリが、ビクターの腕をワイヤーで捕らえている。
いつもの敬語なのかよく分からない話し方がなんだか懐かしく思える。
「おっとここで大本命が自らご登場。エリックさん、もっと増やしてくださいッス」
腕をワイヤーに引っ張られながら、ビクターがエリックを見る。
「…言われなくても既にやっている」
人間を操る能力、複数の人間を操ることも可能なのか。
すると瞬く間に、至る所からガサゴソといった音が響く。それは家具の裏や暖炉の中、爆弾で開けた穴に至るまで。
老若男女、そこら中からゴキブリのようにメイドや執事であろう者達が這い出してくる。
「ゾンビ映画の真似事なら私に任せときな」
「待って姉ちゃん。これは屍なんかじゃあない、まだ生きている人間なんだ」
緊張が広がってくる。
リルは自らの能力で一網打尽にするつもりなのだろう。正直に言ってしまえば、死んでいないという保証はどこにもない。ただの希望的観測にすぎない。
「じゃああのボケ老人をぶっ殺せばいいんだな」
「まあ…そういうこと」
すると突然、ユノがリルに向かって裏拳を繰り出した。
「おっと。標的が変わったみたいだぜ」
まるで何事もなかったかのように拳を受け止め、周りを観察する。
広い部屋が狭く思えるほどの人数。この前の幽霊を具現化する能力よりは少ないが、迂闊に攻撃できないことを含めればこちらのほうが不利だ。
さしずめ、リル&リアス対エリック。ビクター対フィオリ。
「奴隷共、あの二人から殺せ」
エリックの指示により、一気に奴隷と呼ばれている者達の目の色が変わる。
「戦争だ。ワールド・ウォーZだぜ」
「だからゾンビ映画じゃないってば」




