オーディナリー・ワールド その3
「隕石だけの単細胞が…神を倒した者とは思えないな…」
そう話している間にも、三つの隕石は降り注ぐ。
アーリーが「神」と呼んだ者。ルクセルにだけ理解できる者。ルクセルは確信と共に完全なる覚悟を決める。
「単細胞ってのは聞き捨てならねぇな。これでも俺はなかなかの死に損ないだぜ」
「死に損ないではなくもはや屍だな」
その瞬間、隕石はアーリーの眼前に到達する。
アーリーは再び手を構える。
「出番だ!コリオッ!!」
アーリーに隕石が迫る手前、ルクセルが叫ぶ。
直後、アーリーから見て右から、月明かりを反射する三角形に近い形をした金属物体が突然目の前に現れる。
「行けェッ!『セヴンズ・スター』ッ!!!」
淡い赤色の髪をした可憐な少女、コリオ・バトラーが視界の隅に見えた。
その言葉の通り、コリオの『セヴンズ・スター』は七つの鏃を操り、鏃に触れた物体を反射、つまり跳ね返す能力。いくら高速で迫る隕石であろうと、鏃を破壊することはできず跳ね返される、絶対反射の能力。
カンカンカンッ!――と軽い金属音が響き、隕石は跳ね返される。
「小癪な…」
三つの隕石を一度跳ね返したところで隕石はアーリーには当たらず空の彼方に進むだけだが、鏃は七つ。
二度目の反射が行われ、隕石がアーリーの頭頂部にめり込む。
「ッ…!」
あまり怯まない様子のアーリーだが、頭はズタボロにされ、今にも崩れ落ちそうだ。
「それが…どうしたというのだ」
アーリーはどこから発声しているのか、見るにも耐えない姿で声を出す。
「なッ、何あいつ…!?」
「やっぱり不死の能力。再生か、接合か…」
ルクセルは息を飲み、足元に置いておいた大きめの麻袋を持ち上げる。
それほど小さくも大きくもない何かが入った袋。心なしか底の部分が赤黒く変色しているような気もする。
「くたばりやがれ!!アーリー・エクトスッ!!!」
ルクセルがアーリーに近づき、袋から何かを取り出す。
赤黒く生々しい形をしたそれは、人間の脚だった。無情にも膝から下だけが切り取られ、血を流している。
「ふぅ~…」
その間にもアーリーの頭が「再生」していく。
ルクセルはふくらはぎの部分を鷲摑みにし、叩きつけるようにアーリーに向かって切り取られた脚を振りかざした。
「この時代には「本人の意思に関係なく勝手に発動する」能力がある!それは9割程度が死後も発動するという。不死のオメーを倒すには俺たちの能力じゃあ不可能だから「こいつ」の力を借りなきゃなんねぇ」
「まさか…」
アーリーの頭が完全に再生する直前となり、むき出しの眼がルクセルの持っていた脚を睨む。
「そのまさか、殺し屋野郎の『インサイド・アウト』だッ!」
切り取られた脚はスラックのものだった。
ルクセル曰く、スラックの『インサイド・アウト』はルクセル達のいる「この世界」と「生物の存在しないもう一つの世界」を自由に行き来する能力。
「発動条件はッ!影を踏むことだァッ!!」
スラックの脚がアーリーの影に触れようとする直前、アーリーが握っていた手をルクセルの目の前で開く。
開いた手の中には、四つほどのシールのような薄い何かがあった。例えるならまるでミートボールのような絵が印刷された物体。
「『ペイパー・ゴッド』はあらゆるものを紙にして封印する能力。もう一度触れればそれは紙になる直前の状態で復活する…」
それは「紙」。アストラを紙にしたときのように薄く、印刷されたような紙。
「残念だったな」
紙にされ、封印されたのはルクセルの放った隕石だった。
先程手を薙ぎ払った際に消えたと思われた隕石は紙になり、アーリーの物となっていた。
そして紙の封印は解かれ、四つの隕石は再始動する。
「なッ…!ウォァァァァーーーッ!!!!」
「もっと速く!『セヴンズ・スター』ァアッ!!!」
二発の隕石がルクセルの喉と左胸を貫いた。
『セヴンズ・スター』が辛うじて跳ね返したのは非情にも一発のみ、跳ね返した隕石はおかしな方向に吹っ飛んでいく。
そして放たれた隕石は四つ。つまり最後の一つは結果的に誰に向かうのか。
「ヴッ…!!」
コリオの左肩が抉られる。
今にも千切れそうな左腕と鈍い痛みが体中を駆け巡り、コリオは崩れ落ちるようにしてうつぶせになった。
「がはッ…!!ぁ……」
ルクセルは喉を貫かれたため声さえ出なくなり、血をこれでもかと穴の開いたペットボトルのように噴き出す。
自らに自らの隕石が当たるのは初めてのこと、その痛みは到底耐えきれる物ではなく、火が移らなかったのが不幸中の幸いと言えるだろうか。
ルクセルはその場に倒れ込み、激痛に悶える。
アーリーは影に触れそうになっていた脚を軽く蹴り上げると、脚はルクセルのそばに転がった。
「まずは一人。いや、念には念を…だ」
アーリーは無表情で手をルクセルの体に近づける。「紙」にするため。
パシッ!――その時、何者かがアーリーの手首を掴んだ。
「おっと。忘れていたよ」
手首を掴む力はどんどん強くなり、アーリーの手首は変色し、壊死したときのように潰されていく。
「名はなんと言ったかな」
バキバキッ!!―――手首は完全に潰され、アーリーの手が地面に落ちた。
しかしアーリーは視線も顔色も変えずに、腕を引っ込める。
「…アレクサンダー・コールマン。アレクって呼んでくれて構わないぜ」




