パーシスタンス・オブ・タイム その1
ジェット機内にて。
アレク、コリオ、ジョーンズは、ユノを連れ去った男、スラック・スコットと対峙していた。
「おい、起きろジジイ」
アレクは熟睡しているジョーンズの席を蛮カラに蹴る。
「ぇあ…?」
情けない声と体勢でジョーンズは目を覚まし、立っているアレクとコリオを見てなんとなく立ち上がった。
「どうしたんだね…?」
頭を掻き、二人と視線の行く先を合わせる。先には、明らかに乗務員ではない怪しげな男が一人、立っていた。
「かなりマズいことになった…覚悟しろよ」
ジョーンズは察する。あいつは敵だと。こんなことに足を突っ込んでいたとは教師としてどうすればいいのかという心の中での葛藤は、半ば強制的に戦うしかないという決断になった。
自分のその仲間として、生徒達を守るべき責任がある。
「なんなの?あいつ」
コリオが子供みたいに無邪気に言った。
「さぁな…油断したら一発KOってことしか分からない……現在地とどこかを自由に移動する能力…」
「『インサイド・アウト』。それが俺の能力だよ」
アレクの言葉を補完し、スラックは唐突に携帯電話を取り出して弄くり始めた。
「いやなんかさ…カッコつけて飛行機なんかに一緒に乗ってきたけどさ、失敗したわ。お前らが暴れ回って墜落でもしたらもう敗北なわけよ。今さら思えば完全無敵の能力でもねぇなって」
携帯片手に、スラックはすぐ横の座席に目を向ける。
その座席に手を伸ばし何かを掴むと、それを無理矢理引きずり出した。
「運んでくんの疲れたんだぜ」
呑気に言い放つと、通路を封鎖するようにそれを放り出した。
人間。その人間の服装はいたって普通の若者という感じだが、目を血走らせ口と鼻から流れた血が固まっていた。完璧に死んでいる様子の人間には目もくれず、アレクはスラックを睨みつける。
「…覚悟は決めた…。来いよ、無法者」
「ふぅー……うし、先手必勝だぜ」
消える。おそらくそれは瞬間移動や透明化といったものとはかけ離れた能力。素人が加工したビデオのように刹那で霧消し、行き先は本人にしか分からない。
そして消えてから数秒の間を置き、スラックは再び、消えた場所とは全く違う場所に姿を顕現させる。
3人の背後をとったと思っていたスラックは、予想外にも3人と目を合わせた。
「といっても…一度でぶっ殺すのが前提の能力だし、工夫が必要…かぁ」
ため息に似た深呼吸をすると、スラックは足を一歩踏み出して再び姿を消す。
消えたと同時にアレクが座席の下から両手で何かを取り出した。
「…パラシュートだ、落ちるぞ」
「はぁ?」
「時間がない、死ぬか生きるかの賭けだ」
リュックのような物を背負い、ベルトを蜘蛛の巣の如く体に付けると、おもむろにアレクは右手で左胸の辺りに触れた。
触れることで発動する『ファイネスト・アワー』は自分に対しても発動はできる。
望む事は単純で明快、アレクは素早くジェット機の扉の取っ手に手をかけ、息を吸う。
「…ルァッ!」
ガンッ!!――と扉が壊れる音は立てたのだが、それが聞こえたのは一瞬。音速並の速さと感じ取れたその空気の流れは、気流とは全く思えない轟音と共に、3人を扉のもとへと吸い込む。
アレクが望んだ事は単純な力の増強。発動中のため痛みは無い、解除もできるが、解除した際に痛みが襲ってくるかさえアレクには分からない。ただただ山を掛けた。
「ちょっ!…キャァァァァア!!!」
「オォォオオオォオオ!!!!」
コリオとジョーンズは抗えず、アレクに連れられるようにして乱雑に機内にぶつかり、遂に外に放り出された。
それはほんの数秒で起きた出来事であり、数秒で起こすべき出来事。成功するかは運否天賦。奴の能力を完全に暴くため、やらなければやられる。
「ほっ」
そしてスラックが再び、今度は座席の背もたれに尻を乗せ、颯爽と現れた。だがかっこつけている暇はない。
扉が消え去り壊れた非常口が眼に入る前に、スラックは驚異的な力に引っ張られた。
「なッ!?」
そこは巨人の吸う場所。圧倒的な吸引力。機内の空気は外に吸われるように排出され、抗うことのできない自然の力がスラックを襲う。
「ウォオッ!!…このォッ…!オオオォォォォオオ!!!!」
外と機内の境界に差し掛かる寸前、スラックは微笑む。
「なーんてね」
ガコンッ!!――歯車が噛み合うようにして、そこにあるはずのない物が現れる。
アレクに壊され、外に吹っ飛んだはずの物が、普通のドアで言うドア枠を隙間なく封鎖した。
「そんなことするだろうと思ったよ、扉を『あっち』から持ってきといて正解だったな」
無いはずの扉が、そこにあった。
ドア枠のみのはずが、扉が突如出現しており、スラックは何気ない顔でそばにあった座席に座る。
「しかしあれだな…空気とか大丈夫なのかこれ…」
ガンッ!!―――
「大丈夫じゃあない、大丈夫だとこっちが困る」
「チッ…抜け目のない奴だなぁ」
「地獄へ道連れ、だぜ」




